338.竜の帝たる少女

「……本当に、ほんっとうにうらやましいです」


 ユイ。


 スヴェイン様がただひとりの存在。


 私、アリアは幼い頃にスヴェイン様に甘えすぎたため、滅多なことでは弱みを見せてはもらえません。


 ミライ様は……あまりにも未熟すぎますね。


 彼女にはもっと精進してもらわねば。


 努力を怠るようなら順位を変えて、それでもダメなら蹴り出しましょう。


「アリア様、よろしかったので?」


 リリスが聞いてきますが……答えは変わりませんね。


「スヴェイン様がユイに甘えることを許したことですか?」


「はい。第一夫人としては?」


「夫が自分から『甘えたい』と言い出したのです。それを拒むほど、私は狭量ではありません」


「私も甘えられたいです……」


「ミライ様はもっと自分磨きに精を出しなさい。このままでは本当に第二夫人の座を分け与えさせますよ?」


「はい! がんばります!」


「アリア先生、かっこいいのです……」


「やっぱり、『』になると変わるんだ?」


 そこの弟子ふたり。


 なにを言い出しているのですか?


「あなた方、いつからそんな耳年増に?」


「リリスさんが教えてくれるのです」


「ボクたちも将来、変な男に引っかからないようにって」


「リリス……」


「情操教育は必要ですよ? その辺は苦手でしょう?」


「いえ、必要ですし、苦手なのもその通りですが……」


 ダメです、このメイド。


 主人や女主人の一歩先を行く。


「それよりもアリア様。スヴェイン様より『竜の帝』を預かったのです。なにかやることがあるのでは?」


「……それもそうですね。するべきことを済ませましょう」


 ……そういえば、このメイド、『竜の帝』について知っていましたか?


 知識としては知っていても、私たちが『竜の帝』だとは教えていなかったような……。


「いろいろと聞きたいことはあります。ですが、それらはすべて後回しです。まずは帝としての宣言を」


 放っておけば竜たちは無制限にこの地に集まり続けるでしょう。


 空一面が竜に覆われてもらっては困ります。


『竜たちよ聞きなさい。我は竜の帝の妻。竜の帝の代弁者』


 我ながら白々しい。


 とはいえ、すべて事実ですから続けましょう。


『この地に集い集まりつつある竜たちよ。今はひとたび止まりなさい。この地は既に数多の竜にて守られています』


 正直、これ以上の竜は過剰戦力もいいところ。


 少し加減をしていただきましょう。


『あらためて、竜の帝の妻より命じます。竜たちよ、その意思をこの大地に向けなさい。あなた方が守るべき原石たちは数多いるはずです。あなた方はそれらの元に向かいなさい。そして、聖竜の名に恥じない活躍を。この地の守りは現帝と前帝。それに既に集いし竜たちで事足ります。あなた方はほかに目を向けなさい。以上です』


 私の命に帰ってくるのはものすごい大音量の鳴き声。


 ……これ、外がパニックを起こしていませんよね?


「先生、なにを命じていたのですか?」


「はい。ボクたちにはわからない言葉でした」


「『竜言語』と言います。竜たちの間でのみ使われる言語ですよ。私も竜の帝の欠片を持っていますから竜言語を話せるのです」


「なんだかかっこいいのです!」


「本当です!」


「あまりいいことばかりではありませんよ? ときどき、竜言語で話しかけてくる竜がいますから……」


 まったく、私たちは人なのですから念話なり人語なりを使いなさい。


 上位竜ならその程度、基礎知識として持っているでしょうに。


「それで、このあとどうするんですか? アリア様?」


「少しはしゃっきりしなさい、ミライ様。このあとは基本的に籠城です。この家は様々な防護結界に守られています。更にカーバンクル五匹が多重結界を重ねていますし、古代竜エンシェントドラゴンでも破れはしません。安心しなさい」


「……それだけ、この家が狙われるって言っているような」


「ギルド評議会の錬金術師ギルドマスター、錬金術師ギルドサブマスター、『カーバンクル』ふたりがいる家です。狙われないはずもない」


「ですよねー」


「万が一攻め込まれたところで、室内にいる様々な聖獣たちがすぐさま無力化いたします。私たちはどっしり構えていればいいのですよ」


「安心できる材料がない!」


「……本当に第三夫人に格下げしますか?」


「それは許してください!?」


「はあ。ともかく、私たちにできることは籠城です。ギルド評議会からも『来るな』と命令されましたし、立てこもる以外やることがないのです。……ニーベちゃんとエリナちゃんは、スヴェイン様から錬金術でもなんでもいいから指導を受けるといいですよ」


「……そこまで平常運転でいいんです?」


「さすがのボクたちでもためらいます」


「気にしなくて結構。魔法訓練はできませんが、爆発の恐れがない範囲の訓練なら許してくれるでしょう」


 その程度の日常生活を送らせなければ、この子たちの精神は摩耗しますからね。


 なんだかんだ言っても十三歳になるかどうかの子供たち、しっかりケアをしなくては。


「うーん、じゃあスヴェイン先生が起きてきたら相談です」


「スヴェイン先生、どれくらい寝ていますかね?」


「五時間から六時間は寝ているでしょう。ユイの消耗が予想以上に激しすぎました。それにあわせてスヴェイン様も休むでしょうし、しばらくは起きてきませよ」


「そうですか」


「それではそれまでなにをしていましょう?」


「……そういえば、あなた方の着替えは?」


「バッチリです!」


「先生方に教えられていたとおり、五日分の着替えは常にマジックバッグにしまっています!」


「なら結構。非常事態には常に備えるのですよ」


「「はい!」」


「この師弟……」


「さて、スヴェイン様たち抜きになりますが昼食にいたしましょう。簡単なものになりますがよろしいですか?」


「はい。リリス、よろしくお願いします」


 さて、竜たちはどう動きますか……。


 各自の判断に委ねましたが、あまり派手にほしくないものです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る