190.シャルロット公太女とシュベルトマン侯爵の会談

「本日はよろしくお願いいたします。シュベルトマン侯爵」


「こちらこそ、シャルロット公太女様」


 約束の期日となり、錬金術師ギルドのギルドマスタールームにて予定通りシャルとシュベルトマン侯爵の会談が開始されました。


 立ち会いは僕とミライさんだけです。


 シュベルトマン侯爵も供のものを部屋の外で待たせているあたり、今日の会談には極秘としたい話を持ち込んでいるのでしょう。


「さて、シュベルトマン侯爵。私はシュミットの人間、細かい話は苦手ですのでいろいろはっきり聞かせていただきます。この街の空気はどうお感じでしょう」


「そうですな。この街に入って最初に感じたのは軽やかさでしょうか。街全体の雰囲気が冬に訪れたときより遙かに良くなっております。そして、スヴェイン殿に案内されて各ギルドを訪問したときに感じたのは恐ろしいまでの熱量。それを活かせていない様子でしたがそのほかのギルドでは、燃えさかる業火の如き熱を感じさせていただきました」


「一部のギルド……鍛冶と服飾ですか。あの爺ども、講師費用に熨斗をつけてたたき返し、講師を引き上げさせましょうか」


「シャル、本音が出ています」


「……失礼いたしました。私もあれには困っておりまして」


「いや、ほかのギルドを見てしまえばあのふたつのやる気のなさは興ざめですからな。スヴェイン殿が先にあのふたつを案内してくれて本当に良かった」


「兄はそれも織り込み済みだったのでしょう。……兄は講師陣になかなかの無茶ぶりを毎回していると聞いていますが」


「ほほう、そうなのですかな? 講師の方々は目を爛々と輝かせてお題に立ち向かっていきましたぞ」


「シュミット家の長子に結果を見せられるチャンスなどほかにありませんからね。本国ではまだまだ修行中の人間がシュミットを出奔した長子に自分の成果を見せられる。こんな機会をいただいて燃え上がらなければ、本当に講師失格で本国に送り返すところです」


「スヴェイン殿から伺っていましたが、本当に公太女様もシュミットの人間なのですな」


「もちろん。シュミット家の人間として生まれた以上、最低限の嗜みは心得ております」


「なんでも剣術の腕前も素晴らしいとか」


「講師に来ている方々と〝シュミット流〟でお相手していただき、毎回一本折られているのです。その程度の腕前です」


「ですが、あなたは『賢者』ですよね? それなのにそこいらの剣士よりも強いとなると……」


「その程度はシュミット家として当然です。……話が逸れていますね。講師陣の素晴らしさはご理解いただけたと」


「ええ。停滞していた空気にあれだけの熱量をもたらせるとは、相当な腕前でしょうな」


「もちろんです。各ギルドの皆さんが必ず結果を出して見せます」


「流した血?」


「そこまでは伺ってこなかったと?」


「ああ、いえ。なにを指し示しているのか……」


「では、お答えいたします。の事です」


「な、それは……」


「ちなみに、こちらが各ギルドの皆さんからいただいた講師費用の一覧となっております。シュベルトマン侯爵にご覧いただくことはギルド評議会で許可をいただいております。どうぞ存分にご確認を」


「は、はい。……な、これほどとは!?」


「はい、皆様のギルドからはそれほどの金額をいただいております。それから、医療ギルドと冒険者ギルドからは離脱者がいないそうですが、それ以外のギルドからは数の差こそあれ去った者たちがいると伺っています」


「ちなみに、一番多かったのはどのギルドでしょうか?」


「ここ、錬金術師ギルドでしょう。兄が大嵐を巻き起こしました。前錬金術師ギルドマスターを始め、上位錬金術師たちは皆さん街を追われ、一般錬金術師たちも半数近くが街を去ったと伺いました。私どもが関わる前の話ですのでギルド評議会からの伝聞ですが」


「な、なるほど。ところで、錬金術師ギルドだけ講師代がないのは?」


「兄以上の錬金術師が本国におりません。そのため、この街へ錬金術師を派遣すること自体が不可能なのです」


「それほどですか……」


「シャルロット個人の意見としては兄にはシュミット公国に戻っていただきたいのですが」


「シャル、それは何度も断ってきたはずです」


「……と、にべもなく断られているわけでして」


「はは……それは」


「頭が痛い問題です。さて、もう少し踏み込んだ話をいたしましょう。シュベルトマン侯爵、あなたは?」


 本当に踏み込みましたね。


 さて、シュベルトマン侯爵。


 ここが分かれ道ですよ?



「……ふむ。シュベルトマン侯爵の覚悟は堅いようですね。兄には『兄のお眼鏡にかなわない相手とは会談しない』と告げてありましたが、確かに兄のお眼鏡にかなう相手です」


「お褒めにあずかり恐縮です」


「ですが、良いのですか? 一地方が独立して動いて。我がシュミット公国は元をただせばグッドリッジ王国の辺境伯領。国としてやっていけるだけの体制があったからこそ独立の道を選びました。失礼ですが、この地方にはそれだけの力はないかと」


「お厳しい。ですが、確かにその通りです。なので、シュミット公国には先に我が国と友好関係を結んでいただきたいのですが」


「ふむ……お兄様。お兄様からみて、この国の上層部は信用たり得るとお考えになりますか?」


「いいえ。まったく信用できないでしょう」


「その根拠は?」


「シュベルトマン侯爵が冬に謁見を申し込んだのに夏場まで解放されなかった事が理由です。その際、僕が作った特級品ポーションを二十本ずつとポーションの簡単な作製手順を示した本を手土産にしていただいていたのですが」


「なるほど。それではダメそうです」


「そ、そうなのですか?」


「この国では錬金術が特に遅れているのでしょう? それなのにと会談するだけ無駄というもの」


 いいますね、シャルも。


 僕も同意見ですよ。


「少なくともグッドリッジ王国の国王は兄が六歳で特級品ポーションと薬草栽培の方法を献上した際、その対価として賢者セティ様をシュミット辺境伯へと講師に出してくださいました。グッドリッジより遅れている国で、特級品ポーションを献上されてなお動けないようでは話す価値など一切ありません」


「む……」


 シュベルトマン侯爵もこれには言い返せないのでしょう。


 謁見の結果は聞いていませんが、話さないと言うことは面白くない結果なのでしょうから。


「一応、国として体裁は保つとしましょう。お父様へこの国の上層部と交渉に当たってもらうとします。その際は供のものを多めにつけてもらうとしましょう」


「お待ちください、供のものを多めにつけると戦争を仕掛けられたと……」


「供のもの、と言いましても人ではありません。。下手な手出しをすれば王都が一夜にして滅びますよ」


「『国崩しの聖獣使い』の噂は本当か……」


「『国崩しの聖獣使い』?」


「お兄様の俗称です。ちなみにアリアお姉様は『精霊に愛されし魔女』です」


「失礼ですね」


「ええ、まったく」


 塗り替えたいのですが、こんな国にまで広まっているのであればどうにもならないでしょう。


 人間相手というのはめんどくさい。


「それで、我が地方との交渉は?」


「お父様が話を開始としましょう。そうすれば大義名分が立ちます」


「ありがたい。あとは……」


「各ギルドへの言い聞かせと費用を捻出させることはシュベルトマン侯爵から指示をお願いいたします。私どもで『デモンストレーション』程度はいたしましょう。ですが、ギルドの説得などは不得手でして」


「僕たちに任せるとギルドの体制を破壊して一から作り直すことになりますよ」


「それは避けていただきたいな。説得は私が強権を使ってでもなんとかしてみせよう」


「お願いいたします。……そうそう、錬金術師ギルドは本当に急がないと立て直しができないほど屋台骨が腐り落ちますよ?」


「それはどういう意味でしょうか?」


「兄が定期的に職業『錬金術師』未満の錬金術師系統の者たちへ錬金術指導をされているのはご存じですか?」


「はい、聞いております。まだこの目にしたことはありませんが」


「でしたら、今週開催予定ですので確認した方がよろしいかと。最近は


 それは僕も初耳でした。


 ミライさんを振り返れば彼女も首を振っていますし、どこ情報でしょう。


「お兄様、ご自分が開催している講義の事ぐらい把握していてください」


「申し訳ありません。それで、どこからの情報ですか?」


「宿屋ギルドからの情報です。?」


「それ、問題じゃないですか? シュベルトマン侯爵」


「大問題だ。スヴェイン殿、いや、錬金術師ギルドマスター。その講義はどのようなペースで行われているのかね?」


「ええと、大講堂を二週間に一回しか借りられないためにそのペースでしか……」


「この街ではたいした意味を持たないがギルド評議会を通して私からも大講堂運営部に申し入れを行う。週一回のペースにできるかね?」


「そのペースであればなんとか」


「さて、錬金術師ギルド関係で大火事が起こりつつある現状は把握していただけましたね?」


「ええ、嫌というほどに把握いたしました。どうすればよろしいでしょう?」


「錬金術師ギルドの門戸を開けられないのであれば? そのための錬金術師ギルド支部を建設準備中ですし」


「錬金術師ギルド支部というのも初めて聞きました。それについてもいずれじっくり聞かせていただきましょう」


「はい。……ですが、それだけの人が集まりそうならばギルド支部の規模をもう一回りか二回り大きくしてもいい気がしてきました」


「失礼ながら、ギルドマスター。建築ギルドからはあれ以上大きな建物は無理だと言われています」


「残念です」


「なので第二支部を建てる計画も視野に入れましょう。まずは第一支部の様子を見てですが」


「そうしましょう。ミライさん」


「……ね? コンソールが錬金術師たちをすべて吸収しそうでしょう?」


「とても有意義な時間でした。我が地方への協力、前向きに検討していただきたい」


「シュベルトマン侯爵のお人柄は気に入りました。あとは各ギルドのやる気次第です」


 あちらの話はまとまったようです。


 なお、この数日後に開催された錬金術講習会の様子を確認したシュベルトマン侯爵はジェラルドさんと結託し、半ば脅しに近い方法で大講堂の使用許可を取り付けましたし、おそらく領都への指示であろう早馬も飛ばしました。


 シュベルトマン侯爵もいろいろと動き出しましたね。

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