419.《神霊の儀式》

 ここが神獣の泉、そしてこの赤い花が満月華ですか。


 伝承では白い花と聞いていましたが、当てになりませんね。


『聖獣郷の主よ。満月華の色が気になるか?』


「はい。とても。伝承では白と聞いていたのですが」


『満月華は満月の日のみ赤に染まる。理由は我々もわからない。ただそういうものだとしか言えないな』


「解説、ありがとうございます」


『うむ。さて、最後の試練の登場だ』


 湖面が光り輝き、それが集まっていくとやがて光の玉を形作って剣となりました。


 あれが。


「運命剣、デスティニー」


『そうだ。あれを自ら胸に、心の臓に突き立てれば試練は完遂。覚悟が足りなければただの剣として胸を貫かれて死ぬ。覚悟が足りていれば新たな力を得ることができる』


「承知いたしました。デスティニー、こちらへ」


 アリアはなんのためらいもなくデスティニーを呼び寄せ、それを握り絞めます。


 少しくらいはためらいを見せてもいいでしょうに。


『ふむ。覚悟は決まっているか』


「そのようなものとうの昔に。ここに来る前は怯えもしましたが、それだけでございます。先生として、師匠として、先達として。その背を弟子に見せないわけに行きますまい」


『その覚悟しかと見届けた。あとはその剣を突き立てる覚悟のみだ』


「はい。スヴェイン様、約束は果たしてくださいね?」


「いくらでも」


「よろしくお願いいたします。では!」


 アリアはデスティニーを勢いよく胸の中央部、心臓に突き立てました。


 服からは血がにじみ出し、その体もよろめき始めます。


 でも、


 アリアの体に突き立てられたデスティニーはアリアと融合し、姿を消し去ったのです。


 アリアも多少ふらつきこそしているものの、ただそれだけで目の焦点などはしっかりしている模様。


 これは……成功ですね。


『さすがだ。覚悟も資質も十二分に足りていた。普通ならばもっともがき苦しむのだが、それすらないとは見事しか言えぬ』


「私とてスヴェイン様の妻。夫の前でみっともない真似はできません」


『そうか。星霊の石板を確認せよ』


「はい……確かに『エレメンタルロード』。見届けました」


『うむ。そして、神級職になった者への褒美だ。受け取れ』


 星霊の石板の上に現れたのは白銀のローブに僕と同じような杖、それから。


「魔装剣……でしょうか?」


『少しばかり違う。それは星霊剣。使い方は魔装剣と同じだがそれもまた神具。人など容易く消し飛ばしてしまう。扱いには注意せよ』


「はい。お心遣い、感謝いたします」


『よろしい。それから、そこの幼子たち。こちらに来い』


「はい」


「なんでしょう」


『今のが『神霊の儀式』。受ける覚悟は変わらぬか?』


「当然なのです」


「先生が身をもって示してくださった道です。通らないわけにはいきません」


『そうか。では私からのプレゼントだ』


 神獣様はその口に小型のナイフ、運命剣デスティニーを作り出すとふたりの手の甲を浅く切りつけました。


 傷口は残らず、ふたりもなにが起こったかわかったいないようですが……僕もなにをやったのか。


『星霊の石板を確認するがいい』


「はいです。あれ、職業が……」


「『錬金術師』から『道歩む者』になってる?」


「私も同じ職業です。これって?」


『お前たちの師匠、スヴェインの劣化版だ。『隠者』には遙か遠く及ばぬが様々な技能が伸びやすくなっている。スキル上限とやらも大幅に伸びた。お前たちの師匠はお前たちが知らぬ間にいろいろ小細工をしていたようだが、もうその必要もない。これからも一層の精進に励め。そして、『神霊の儀式』を受けることができるようになったとき、すぐにでも駆けつけよ。お前たちの新しい運命はもう既に切り開かれる時を待つのみ。そのときまで、師匠の教えに従い自らを鍛えて待つのだ』


「「はい!」」


『さて、今日はこれで終わりだな。帰りも送ってやろう、ついて……』


「お待ちください、神獣様!」


「ユイ?」


 今まで黙って様子を見守るだけだったユイが突然大声を上げて神獣様の行く手を阻みました。


 いったいどうしたのでしょう?


『娘子よ、何用か?』


「お気に障ったのでしたらご容赦ください。ですが、私も『神霊の儀式』を受けとうございます」


『ほう。なぜ?』


「はい。私はスヴェインの助けを借り、今では神話素材まで扱えるようになりました。ですが、いまだに職業は『服飾師』。かなうことならば、『服飾天』を目指したく」


「『服飾天』です?」


「聞いたことのない職業です」


「『剣術師』の上に『剣聖』があるように、『服飾師』の上にある……とされている職業です。ただ、その職業はセティ様が存在を教えてくれたのみ。いまだ誰ひとり就いたことのない職業であります」


「リリスさん」


「そんな職業が」


『重ねて問おう。なぜ『服飾天』など目指す? 神話の素材を扱えるのであればそのような称号、飾りに過ぎぬ。そのために命を張るのは愚者の証ぞ?』


「正直に申します。私もスヴェインの妻。スヴェインは『隠者』、アリアはたった今『エレメンタルロード』となりました。職業だけ上を目指すのが愚の骨頂なのはよく知っております。でも、私も高みを目指したい。高みに登った証がほしいのです」


『ふむ……』


 ユイ、そこまで考えていたんですね。


 ですが、覚悟は決まっていても今のユイでは……。


『許可できぬな』


「なぜです!? 覚悟は」


『覚悟はしかと見せてもらった。だが、今のお前では『天』に届いていない』


「え?」


『届いていないのだよ。『服飾天』には。それほどまでに『天』は遠い』


「そん、な」


 ユイは力なく崩れ落ちますが……かける言葉もありません。


 彼女にとってもこの機会は逃せないものだったのでしょう。


『お前はワイズマンズ・フォレストと契約しているな?』


「はい。ノウンと契約しております」


『ならばそやつを頼り『天』をつかめ。神獣から許可が出た、と伝えれば『天』への道筋も答えてくれる』


「本当でしょうか!?」


『嘘は言わぬ。だが、『天』への道程は『聖』などとは比べものにならぬほどに険しい。心してかかれ』


「はい!」


『ほかに、質問があるものは?』


「では恐れながら私から」


 次はリリス。


 神獣様と話せる機会などありませんからね。


『なにかな?』


「『聖』の上に『帝』があるというのは真実でしょうか?」


『まことだ。ただ、その道程もまた果てしなく遠い。お前でもまだ『武帝』には届いておらぬ』


「ありがとうございます。私には分不相応な望みとわかっただけでも十分でございます」


『『帝』は目指さぬのか?』


「はい。私はスヴェイン様たちのメイド。この命尽き果てるまでスヴェイン様の一族のお世話を続ける所存です。今から『武帝』を目指す余裕はございません」


『それもまた道か。諦めではなく別の道を究めようとするのも素晴らしい。ほかに質問のあるものは?』


「はいです! 先生と同じ『隠者』にはなれませんか?」


「僕もそれが知りたいです。ボクたちの目指すものは決まっています。でも、同じ道を歩めるならそこを目指したい」


 次はニーベちゃんとエリナちゃん。


 でも、その答えは僕も知っているんですよね。


『答えは否だ。『隠者』を含めたいくつかの神級職には『星霊の儀式』でのみ就くことができる。お前たちも努力を怠ることはないだろうが道はない。苦しいだろうが諦めよ』


「残念です……」


「はい。ひょっとしたら、と考えたのですが」


『お前たちの目指す道は遠回りとは言え『隠者』に通じるもの。必至に食らいつけばいずれはその背に届くかもしれぬぞ?』


「本当ですか!」


「そう言われると勇気がわいてきました!」


『うむ。それくらい元気な方がよい。ほかに質問は……なさそうだな。では、戻るとするか』


 こうして無事終えることのできた神霊の儀式。


 ただ、願わくば弟子たちをあまり焚きつけてほしくなかったのですが……。

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