720.サリナの帰郷:二日目 祝いの席で打ち明けられた難題
「いやあ、エリナもニーベちゃんも成人して立派な姿を見せてくれただけじゃなくサリナもこんなに立派なドレスを作れるようになっているなんてなあ!」
「まったくだ! コンソールで鍛えられるとここまで変わるのかよ!」
「先生が違うからだよ、ベルトランお兄ちゃん」
「はいです。ユイさんが育てたからこそサリナさんもここまで成長したのですよ」
「そうですね。最初は醜態を晒し続けましたが秋の終わりからは努力を始めましたので」
「それは娘が申し訳ないことを……」
「その分、厳しくしつけましたので。結果は残しましたし上々でしょう」
いまは帰郷して二日目の夜、兄弟が可能な範囲で集まってのお祝いの席です。
お嫁に行っていたコリーナお姉ちゃんはもう子供が生まれていて参加できませんでしたが、それ以外の兄弟姉妹は勢揃いしました。
お兄ちゃんたちもそれぞれの親方が街を捨ててから新規ギルドに移って腕を磨いているらしく……でも、やっぱり不安です。
どうしよう、私はスヴェイン様のお世話になっているからある程度の事情を知っているしどこまで話していいのか……。
「うん? サリナ、あまり食べていないがなにかあったのか?」
「そうだな。心配事でもあるのか?」
「心配事と言えば心配事なんだけど……」
「どうしたよ。お前、師匠の元も卒業できたんだろう? 店までオーナーとして正式に任されるそうじゃないか。エリナを除けば一番の出世頭だぞ?」
「そうだよね。私はお爺ちゃんの宿を継ぐことになったからいろいろと勉強を始めているけれど……サリナは一からお店を始めたんだもの。すごいじゃない」
「そうだよな。俺たちだって、コンソールからの支援が入ったあと親方たちが街からいなくなって新規ギルドに入門したがそれ以降一気に腕が伸びている。コンソール流の指導についていくのは大変だが腕が伸びているのを実感できるのは楽しいぞ」
お兄ちゃんたちやイナお姉ちゃんも褒めてくれているけれど……私の心配事はそんなことじゃない。
この街で指導していることはコンソールの指導であってシュミット式の指導じゃないの!
それに気がつかないとまた街がだめになっちゃう!
「サリナ。心配事があるのでしたら話してしまえばいいのでは?」
「ユイ師匠?」
「そうだよお姉ちゃん。ボクたちは止めないよ?」
「はいです。止めません」
「話しすぎない限りは止めません。まあ、あなたの知っている事情は話しても問題ない範囲だけですが」
ああ、やっぱりユイ師匠もエリナもニーベちゃんもわかっていて話をしていなかったんだ。
そうだよね、ユイ師匠はスヴェイン様の奥様、エリナとニーベちゃんはスヴェイン様の直弟子だもの話せないよね。
私が覚悟を決めて話すしかないのか……。
「サリナ。あなたはなにを心配しているのですかな?」
「うん。お爺ちゃんやイナお姉ちゃんはともかくフレッドお兄ちゃんやベルトランお兄ちゃんはこのままだとだめになる」
「だめになる? どういう意味だ?」
「聞くけどこの一年間で【魔力操作】って習った?」
「【魔力操作】? どうして『鍛冶師』や『宝飾師』の俺たちが魔法系職業で使う【魔力操作】スキルを?」
「あと【付与術】は覚えている?」
「そんなの覚えているわけがないだろう? どうしたよ、サリナ。急に真顔になって変なことを聞いてきて」
「……変なことじゃないの。これ、私の『星霊の石板』」
「うん? どうしたんだ? 『星霊の石板』なんか取り出して?」
「いいから。確認してみて」
「お、おう。……すごいな【服飾】と【裁縫】が31まで上がってるじゃないか。俺なんて【鍛冶】が19だぞ?」
「まったくだ。俺の【細工術】も17だし【研磨】や【変形】だってそこまで……」
「そうじゃないの。もっと別の場所を見て」
「別の場所? ……ん? なんでお前、【魔力操作】なんて覚えている? しかも上限だ」
「【付与術】も覚えているし上限だな。これがどうかしたのか?」
「これがお兄ちゃんたち……ううん、この街がまただめになる理由。このままだと、三年後にはまた昔のようになっちゃう」
「……どういう意味ですかな、サリナ。もっと詳しく話してくだされ」
「話すよ、お爺ちゃん」
私は一呼吸置いてから次の言葉を続けます。
「私は昨日、服飾ギルドに行ってきたの。そこで昔の下働き仲間に会ってきた。みんな頑張った結果、縫製までできるようになっていてお給金が上がったことにも喜んでいたけれど……それを自分の服とかにつぎ込んでいたみたい」
「ん? それは仕方がないんじゃないか? 俺たちだって家計が裕福になったから食事や着る物に金を回せるようになったぞ」
「違うの。それはそれでいいことなんだけど……それだけじゃだめなの。本当のコンソール流の指導では仕上げにエンチャントを施せて当たり前なの。それをヴィンドでは教えていない。多分、ヴィンド以外に支援が入っているほかの街でもきっとそう。コンソールの決定は最後まで技術を教えない、これが答えだと思う」
「それって……」
「きっとエンチャントを扱う分野ではエンチャントを教えない。他の分野では……多分、シュミットの技術を一部しか伝えないか教えない。それくらいのことはしているはず」
「つまり、このままだと……」
「いまはコンソールが支援としてみんなのお給金も支払っている。でも、それだって三年間の期限付き。それが終われば全部自分たちで稼がなくちゃいけなくなる。コンソールが潤っている最大の理由は、ほかの街と絶対的な技術力の差ができていることによる高付加価値品の生産と販売。でも、ほかの街はそれぞれの街で装飾や表現技法は異なってもそれだけの商品しか作れないの。それだと街の中ではお金が回るけれど外には売れない。街の中にあるお金だって少しずつでも出ていくわけだから、支援がなくなった後そのままだとお金がなくなっちゃう。そうなると、またみんなが貧乏なヴィンドに逆戻りなんだよ……」
私がここまで話すとみんなが黙ってしまいました。
お爺ちゃんでさえも。
気にしていないのはユイ師匠にエリナ、それからニーベちゃんの三人。
つまり、この三人にはいまの話は予測できていたと言うこと。
ギルド評議会の話は直接聞いていなかったのでしょうが……予想の範囲内なんでしょう。
「ユイ様、エリナ、ニーベちゃん。いまの話、本当ですかな?」
「私はスヴェインの妻です。夫は竜宝国家コンソールの最高意思決定機関ギルド評議会の一員。ですが、その内容を軽々しく話してくれません。でも、ある程度の予測はつきます。いまの話、おおよそあっているかと」
「ボクもそう思うよ、お爺ちゃん。コンソールって言う街はそんなに甘くない」
「はいです。努力するものには門戸を開きますが甘えるものは容赦なく蹴り落とすのです。それが竜宝国家コンソールのやり方なのですよ」
「……どうやら、私ですら甘えが出ていたようですな」
「そうだね。街の中でお金が回るようになっちゃってたからそれで思考停止していたのかも」
「エリナ……に聞いても答えは教えてくれそうにないな。サリナ、どうすればいい?」
「このままじゃいけないんだろう? お前ならどうすればいいと考える?」
フレッドお兄ちゃんとベルトランお兄ちゃんが聞いてくるけど、そんなの答えはひとつしかない。
「コンソールに一度きて。コンソールにくれば【魔力操作】も【付与術】も銀貨で買える程度の当たり前な教本だから。それから値段は高いけど買える範囲でシュミットの教本も。鍛冶にしろ宝飾にしろ技術はコンソールより上のはずだから」
「……わかった。ギルドでなるべく早く休みを取ってコンソールに行ってこよう」
「その上でどうすればいいんだ?」
「最低でも【魔力操作】スキルは上限まで鍛えて。その上で講師の皆様に相談すれば話を聞いてくださると思う」
「講師の皆様? シュミットから来ている講師じゃなくてもいいのか?」
「コンソールから出張できている講師の方でもある程度のエンチャントは扱えるはず。逆を言えばその程度もできない人間は講師に選ばないはずだから」
「……そういや鍛冶ギルドでコンソールから派遣されている講師の方も二カ月交替だったな」
「宝飾ギルドもだ。単純に長くコンソールを離れないためかと考えていたが、俺たちの前でエンチャントを使わないため」
「間違いないよ。長期間コンソールから離れていてエンチャントの腕前が鈍ることを恐れての処置だと思う」
「……想像以上の大事ですな」
「これ、ほかのギルド員にどう伝えりゃいい?」
「話をしても信じてもらえるかわからんぞ」
「ほかの人に話をする必要はないと思う。まずお兄ちゃんたちが実践してみせて。あとに続いてくれるかどうかが勝負だよ」
「それも悪い気がするが……話をしたところで信じてもらえるかわからないか」
「実際に結果を出して見せるしかないよな……」
「サリナ。エンチャントが関係する分野はわかった。料理はどうすりゃいい?」
「料理は……ごめんなさい、わからない。講師の皆様に直接相談してみて。課題を出されるかもしれないし、同じようにコンソールで学んでこいと言われるかもしれない。もし、料理に必要な本があるんだったら私が購入して送るから……」
「いや、娘に頼るつもりはない。なんとかあてを見つけてコンソールやシュミットの本を手に入れてみせるさ」
「私が一歩先に行ってしまってごめんなさい。でも、みんなにも失敗してほしくないの」
「いや、お前がコンソールで技術指導を受けていてくれたおかげで現状を理解できたんだ。感謝こそすれ恨みはしない」
「そうだな。俺たちも金が回って裕福になってきたから甘えていたんだ」
「金がなかった頃はもっと貪欲だったよな。これからも技術と知識は貪欲に求めないと」
「そうですな。助かりましたぞ、サリナ」
「ううん。……話しても問題ない内容でしたでしょうか、ユイ師匠、エリナ、ニーベちゃん」
「問題があったら止めています」
「大丈夫だよ」
「問題ないのです」
よかった、みんなが間違いに気がついてくれて。
できれば服飾ギルドのみんなにも教えたいけれど……無理だよね。
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