常識を覆す側と覆される側
121.挿話-10 ユニコーンとペガサス
「はぁ、そうか。スヴェインはこっちの困りごとを予期してたと」
スヴェイン様から、ポーションを受け取りティショウ様に報告いたしました。
すると、どこか疲れた様子でティショウ様はつぶやきましたわ。
「そうなりますわね。まったく、これでは本気で錬金術師ギルドと戦わなければなりませんわ」
「おい、物騒なことを言うもんじゃ……いや、一般品ポーションに一般品マジックポーション、低級品マジックポーションまで抑えちまえば、錬金術師ギルドの連中は干上がるか」
「はい。それ故に決断しなければなりませんわ。このユニコーンとペガサスを本当に売り出すかどうか」
「はっ。そんなの決まってんだろうがよ!」
「では、錬金術師ギルドとの対立も辞さないと?」
「冒険者のためだ! 冒険者ギルドがほかのギルドに怯えててどうするってんだ!!」
「本来ならば対立ではなく協調を選びたいものです。ですが、最初にこの話を蹴ってきたのは錬金術師ギルドですからね」
「そういうこった。ギルド評議会が難癖つけてくるだろうが、こっちにはこっちの大義がある。そこまで口出しされる覚えはないってもんだぜ!」
「かしこまりました。現在、ユニコーンとペガサスは鑑定師たちが全力で検品しているところです。検品が終わった後、販売を開始しても?」
「いいや、こういうのはド派手にインパクトを与えにいこうぜ!」
********************
「なあ、なんだろうな。今日の重大発表って」
「知るかよ。なんでもポーション類の販売に関してだそうだが……」
「カーバンクル印の最高品質品が売りに出されたりしてな」
「まさか。優秀な錬金術師の弟子のようだが、さすがにそこまで早く最高品質に届くかよ」
「でもまさかってこともあるよ。……おっ、ミストさんが来たようだ」
考えていたよりも多い冒険者たちがギルドに集まっていますわね。
それだけ、今日の発表が気になるということでしょうか。
確かに一大発表ではありますけど。
「皆様、お待たせいたしました。当冒険者ギルドより冒険者の皆様へ、重大な発表がございます」
私の一言で更に場の熱が高まってきたようですわ。
これは気合いを入れていきませんと……!
「まず最初の重大発表ですが、カーバンクル印の最高品質ポーションがご用意できました」
「は?」
「おい、マジかよ?
「冒険者ギルドを通してるってことは嘘じゃないだろ?」
「そこまで優秀なのか? その錬金術師の弟子って」
「ご質問はいろいろあるでしょうが、この場ではお答えいたしかねます。最高品質ポーションは供給量が今のところ少なく、先着順で発売するわけには参りません。よって、これから三日間購入希望者を募り、抽選販売とさせていただきます。販売数は一セット二本で二十五セット。販売金額は一セット金貨一枚になります」
「最高品質二本で金貨一枚? 高くないか?」
「いや、カーバンクル印だぞ? あの飲みやすさで最高品質なんだ。一本大銀貨五枚は安い部類だろう」
「そうね。と言うか、高いと感じるなら買うのは止めなさい。私たちが買ってあげるから」
「な!? 買わないとは言ってないだろう!」
うんうん、なかなかの盛り上がり具合ですわね。
さて、次の爆弾を投下いたしましょう!
「さて、次の発表です。聞いての通り、カーバンクル印は生産者の能力上昇にあわせて高品質化してしまいました。それは同時に、一般品質以下のポーションしか手に入れられない層へは大きな負担となりますわ」
「確かにな。俺たちもカーバンクル印の味を知ってから、普通のポーションを飲みたくなくなったからなぁ……」
「まったくだ。でも、錬金術師の弟子って言うことは販売してもらっているポーションも練習中にできたものだろう? さすがに一般品質までカバーしろ、なんて言えないぜ」
「その通りだな。普通のポーションを売っているのは錬金術師ギルドだろう? そのカーバンクル印の師匠に頼んででも、錬金術師ギルドは不味くないポーションの作り方を教えてもらうべきだ!」
「そうだぜ! そうすれば、若い連中も恩恵を受けられる!」
ああ、いけませんわね。
この方向でヒートアップさせては、錬金術師ギルドとの対立が想定以上に早くなってしまいます。
こちらはこちらで準備があるので、抑えてもらいませんと。
「皆様、静粛に。確かに普通に売られているポーションを製作しているのは錬金術師ギルドですわ。だからといって、殴り込みをかけるのは問題ですのよ」
「……まあ、それはそうなんだが」
「若い連中に無理してあのクソ不味いポーションを飲ませ続けるのもなあ……」
「あたしたちだって、カーバンクル印が足りないときは我慢して不味いポーションを飲んでるし……」
「ですわね。そこで朗報です。カーバンクル印の錬金術師の師匠が直接、一般品ポーションと一般品マジックポーション、それから低級品マジックポーションを卸していただけることになりましたわ!」
「本当か!」
「本当ですわ。ただし、週ごとにまとまった数を仕入れているとはいえ冒険者の人数も多いです。ひとりに対する一日あたりの販売数は制限させていただきますわ」
「いや、それでも構わない! それで、今週の納品数は? 若い連中の懐事情でも買えるレベルの値段に収まるのか!?」
「はい。初週の仕入れ数は一般品ポーションが二万本、一般品マジックポーションが一万五千本、低級品マジックポーションが五千本ですわ」
「は……? 合計四万? それだけのポーション生産力があるのか、その師匠には……」
「ありますわよ。実際にポーションを作っているところを拝見させてもらったこともありますが、一瞬で素材がポーションに変わっていましたわ。あの師匠ならば週に四万本の納品も余裕でしょう。売れ行きを見て納品数を増やすともおしゃっていましたので」
「……マジかよ。マジかよ! これで、若い連中にもあのゴミみたいなポーションを飲ませずにすむ!」
「ですわね。ポーションの値段ですが、カーバンクル印のときに倣ってポーションとマジックポーションは普通に販売しているものから銀貨一枚値上げ、低級品マジックポーションは大銅貨一枚値上げですわ」
「その程度ならなんとかするだろう。それ以前に、その程度ができなければ、この先も生き残っていけない」
「まったくだぜ。それに、あのポーションの味を知っちまったらゴミみたいなポーションには戻れないっつーの」
「その通りだよ。もう狩りに出ている駆け出し連中にも知らせてやらないとね!」
反応は上々ですわね。
それでは、最後の爆弾を投げ込むといたしましょう。
「最後のお知らせです。カーバンクル印のポーションについて特級品が仕入れられる可能性が出て参りました」
「うぉぉ! 本当かよ!」
「ええ、カーバンクル印の師匠様がおっしゃっていましたわ。あとはスキルレベルと気づきの問題だと。スキルレベルの方はご本人たちに頑張っていただくしかないとして、気づきの方がうまくいけば近々販売できるようになりますわよ!」
「本当に重大発表だぜ! それで、ミストさん! 値段はいくらを考えているんだ!?」
「値段ですが、市場で流通している特級品ポーションよりも安く、金貨二枚を想定しております。こちらも最初は抽選販売からですわ」
「ギルドの危険任務であれば特級品を金貨一枚で携帯して行けるが、普段から自由に持ち歩けるというメリットは大きいな」
「そうだな。さすがに、ポーション一本にそこまで金をかけられるやつはCランク上位になっちまうが……」
「それは仕方がないだろう。だが、手が届くところに特級品があると言うことは目標にもなる。悪いことではない」
「ああ、いいことだと思うよ! さあ、重大発表とやらも終わったようだし、割のいい仕事を見つけてポーション代を稼がないと!」
「あ、ずりぃ!」
重大発表を終え、冒険者の皆様は三々五々、思い思いの行動に移りました。
早速、最高品質の購入申し込みをするもの、依頼を探して冒険に出るもの、今から販売を予定しているユニコーン印とペガサス印のポーションを待ちわびるもの。
ポーションひとつでここまで雰囲気を変えるとは、さすがとしか言いようがありませんわね。
********************
「大盛況だったようだな。ここまで歓声が聞こえてきてたぞ」
「ええ、それはもう。ユニコーン印とペガサス印も爆発的な売れ行きですわ」
「売れないはずがねぇだろう。カーバンクル印の師匠がわざわざ冒険者のために一般品質や低級品質のポーションを作ってくれているんだ。それに、カーバンクル印の飲みやすさは噂としても広まりすぎちまってる。同じ飲みやすさのポーションが買えるとあらば、すぐに飛びつくもんだぜ」
「ええ、本当に。……さて、そうなりますと、錬金術師ギルドからの仕入れはどうなさいますか?」
「あ? とりあえず在庫があるうちはストップでいいだろ。ユニコーン印とペガサス印が売り切れれば普通のポーションを買っていくやつらも出るだろうが、そんなに売れないと俺は読んでいる」
「私もですわ。それに、一週間で二万本のポーションですが、在庫としてギリギリもつことでしょう」
「そうだな。明後日だったか、コウの屋敷に行くときにはポーションをそれぞれ今週の倍納品してもらえないかお願いするとしよう」
「かしこまりました。……ですが、あの売上金額をギルド口座に預けているだけでいいのでしょうか?」
「本人たちがいいって言ってるんだからいいんだろう。それに【ブレイブオーダー】からも聞き取りをしたが、確かにひとりあたり白金貨二十枚以上を支払っているそうだ。金には困っていないだろうさ」
「個人がそんな大金を持つというのも困りものですわね……」
「それは俺も考えた。だが、口を出せる問題じゃねぇからな」
たかがポーション、されどポーション。
冒険者の命を支えてくれる大切な水薬。
この常識をたったひとりで塗り替えていくスヴェイン様はなにをお考えなのでしょうね?
……おそらく深いことは考えていないでしょうが。
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