122.挿話-11 古い考えに固執するもの
「ダメです、オズモ様! こちらの商会からも今週のポーション仕入れは必要ないと!」
「こちらもです! 今まではどこの商会でも多少なりと発注があったのに……」
「ええい! なにをしている! さっさとポーションを販売せんか!」
ああ、クソ!
ここしばらく、冒険者がポーションを買わなくなってきていると言う情報はあった。
だが、一過性のものだろうと考えていたのに……なんだ、この騒ぎは!
「そうだ、冒険者ギルド! あそこはどうなっている!」
「冒険者ギルドは『しばらく買い取る必要はない』とのことです。事情を聞いても『高品質なポーションが大量に手に入ったから』という回答しか……」
「ええい、役立たずが! 冒険者ギルドこそポーションが必要であろうに、なぜポーションを必要としない!?」
「それは……わかりません」
「くそ! ティショウめ、なにを考えている! この前、話を断った仕返しか!?」
ともかく、街中の商会から納品を断られているいまの状況はまずい。
錬金術師どもがポーションを作っても、買い取ってくれる店がないのでは利益が出ないではないか!
「いかがしますか、オズモ様。このままでは……」
「ええい! まずは冒険者ギルドに行くぞ! どちらの立場が上か、わからせてくれる!」
私は幾人かの供を連れて冒険者ギルドへと乗り込んで行く。
冒険者どもは私を見て驚いているようだが……ふん、所詮は下等な一般市民よ。
伯爵家に生まれたこの私との身分差に驚いているのであろう!
「冒険者ギルドへようこそ。今日はどういったご用でしょうか?」
「ふん! ティショウに会わせろ。錬金術師ギルドのギルドマスター、オズモ様が直接出向いてやったとな!」
「はぁ……ですが、今はティショウ様とミスト様はほかの方と会談中です。今はお話しできません」
「なんだと! この私を差し置いてほかの人物との会談を優先するか!?」
「そこの判断は私にはつきかねます。ですが、今日のところはお引き取りになった方が賢明かと」
「うるさい! ティショウのやつはギルドマスタールームだな! 勝手に行かせてもらう!!」
私は階段を上り、最上階にあるギルドマスタールームへと到着した。
あの田舎者の部屋だ、わざわざノックなどしなくてよかろう。
「ティショウ! 入らせてもらうぞ! ポーションを買い取りしなくてもいいとはどういう了見だ!」
「ああん? オズモか。お前こそ受付を通してここに来やがったのか? 今は別の人間と会談中だぞ?」
「うるさい! 交易都市とてこの私より偉いものなどいるものか!」
「偉いもの、ねぇ。交易都市では平等なのが筋なんだが?」
「成り上がりの田舎者がよく言う! 私は伯爵家の三男だぞ!」
「はっ、伯爵家の三男程度だからこそ交易都市に身を置いているんだろう? 偉ぶりたいんだったら、故郷の領地へと帰りやがれ」
「言わせておけば……」
「本当に騒がしいな。この街の錬金術師のギルドマスターも」
「なに!?」
「この街の、と言うことはヴィンドのギルドマスターもうるさかったのですかい?」
「ああ、威勢よく吠えるだけが能の無価値な男だった。こいつも同類か?」
「さあて? 明日会いに行く男に比べることはあまりにもおこがましいですな」
「そうか。そうだろうな」
「誰だ! 私を侮辱するのは!」
「オズモ様、抑えてください! シュベルトマン侯爵です!」
「シュベルトマン侯爵だと……なぜ侯爵がこの街にいるのだ」
「少々訳ありでな。非常に優秀な錬金術師がいると聞き、この街まで追いかけてきたところだ」
「そうですか。そんな男、この街におりましたかな? お前たち、最近のギルド員の出入り状況は?」
「なにを勘違いしている? その錬金術師は錬金術師ギルドの所属ではなく、冒険者ギルドの所属だぞ?」
「な……ティショウ! 冒険者が錬金術師のまねごとなど、許されると考えているのか!?」
「まねごとじゃねぇよ、オズモ。あいつは元々錬金術師だったんだ。錬金術師ギルドに所属すると拠点を街中に作らなきゃなんねぇんだろう? そういう束縛を嫌ってこっちに流れてきたのさ」
「ふざけるな! そもそも冒険者が錬金術を行うこと自体がルールに反している!」
「ほう、どのルールだ? そんなルールはどこにもないはずだが?」
「この街の錬金術師ギルドは私がマスターだ! 私がすべてのルールだ!」
「バカか、お前。あいつは冒険者だって言ってんだろうが。冒険者ギルドが錬金術師ギルドのルールに従う理由なんざどこにもねぇよ」
この……田舎者が、言わせておけば!
「これ以上、実のない会話は止めてもらいたい。ティショウ、それでは明日のことは頼むぞ」
「ああ。紹介だけはしっかりしてやるよ。そのあとの会話には加わらん。自分でなんとかしてくれや」
「厳しいな。だが、その通りだ。手間をかけさせる」
「いいってことよ。じゃあ明日、時間になったら迎えに行く」
「わかった。それでは失礼する。……退いてもらえるか?」
私たちはシュベルトマン侯爵の威圧に気圧されて道を空けてしまった。
いや、シュベルトマン侯爵などどうでもいい。
いまは、ティショウのやつに頭を下げさせねば!
「ああん? まだいたのかよ、オズモ。話は終わったんだろう。さっさと帰って砂の城でふんぞり返ってろ」
「貴様……田舎者の分際で好き勝手言いおって!」
「お前に用なんてなにもないからな。……いや、ひとつだけあったわ」
ふん、ようやく私の錬金術師ギルドにひれ伏すつもりになったか!
「お前んところと取引することは二度と無いだろう。冒険者ギルドは、粗悪品のポーションしか作っていない錬金術師ギルドとは絶縁する」
「なに!?」
「本当なら今ある在庫も返品したいところだが……金が返ってくるとも思えないからな。返品だけは許してやるよ」
「くっ……失礼する!」
これ以上、この男と話をしても無駄だ!
この男はギルド評議会にかけて更迭してもらわねば!
********************
そうして翌日、私の希望どおりギルド評議会が開催されることとなった。
あの男は今日シュベルトマン侯爵と用事があると言っていたからな。
自分のいないところで進退が決まる恐怖に怯えるといい!
「さて、今日のギルド評議会の課題だが……」
早速、議長の医療ギルドマスターが開催を宣言し議題を発表する。
医療ギルドマスターに言わせるまでもないことだが。
「『冒険者ギルドマスターの横暴について』ですな!」
「うん? なにを言っているのだ、錬金術師ギルドマスター殿?」
「なにをとは……どういう意味でしょう? 開催理由として私はそう提言したはずですが……」
「その提言は君が来る前に全会一致で却下されている。むしろ、これから進退を問われるのは君だ」
「は? なにをおっしゃっているのかわかりかねますな」
「そうか、残念だよ。改めて議題を発表する。『錬金術師ギルドとポーションの低質化』についてだ」
「な、なにをおっしゃいます! 我々のギルドでは日々精進してポーションを……」
「あの不味いポーションを量産しているのだな?」
「不味いとはどういう意味でしょう?」
「君は最近市場に流れている特級品ポーションを飲んだことはないのかね?」
「ええ、研究のために飲みましたとも。ポーションとは考えられないほど澄んだ味でしたが……それは特級品だからでしょう?」
「……例のものを錬金術師ギルドマスターの元へ」
医療ギルドマスターが一言告げると私の前にポーションとマジックポーションが一本ずつ並べられた。
これがどうしたというのだ?
「品質を鑑定したまえ、錬金術師ギルドマスター。まさか、鑑定までできなくなっているとは言わないだろう?」
「当然です。……一般品質のポーションとマジックポーション? これがどうかしたのですかな?」
「それらは君が来る前に冒険者ギルドマスターとシュベルトマン侯爵が置いていったポーションだ。今の冒険者ギルドで一般的に売れているポーションだそうだよ」
「はっ! 瓶に細かい装飾が施されているだけの一般品質でしょう? それがどうしたというのです?」
「おめでたいな、君は。とりあえず、瓶を開けて飲んでみたまえ」
「ええ、構いませんよ。……ッ!? これは!?」
「ああ、私たちも冒険者ギルドマスターに飲まされて驚かされたよ。今までポーションとして飲まされていたのは、本当のポーションではないと言われている気がしてな」
「し、しかし、味が違うだけで普通のポーションとマジックポーションであることは変わりますまい! そこはどうお考えか!」
「ポーションが飲みやすい。それだけで我々医療ギルドがどれだけ助かるか、想像もできないとは……」
「商業ギルドとしては、今の錬金術師ギルドが製造しているポーションの仕入れは完全にストップしたいところですな。何カ月か前、特級品ポーションを作れる錬金術師を無能なギルド員のせいで迎え入れられなかったと聞いていたが、まさかこのような場所でその影響を感じるとは」
「ですが、我々のギルドと手を切るのは困るのではないでしょうか? ポーションの流通が停止すれば……」
「冒険者ギルドからは、必要とあれば次週に一万本程度のポーションを卸値で融通できると医療ギルドは打診を受けた。錬金術師ギルドが変わらぬのであれば私は冒険者ギルドにつこう」
「そんな……冒険者ギルドだけでなく、医療ギルドにまで一万本単位でポーションを融通できるなど、馬鹿げている!」
「実際、今週は冒険者ギルドに二万本のポーション、一万五千本のマジックポーション、五千本の低級品マジックポーションを収めてもらったそうだ。そして、それでもまだまだ余裕があると聞く。我ら医療ギルドの一万本を頼み込むくらいはなんとかなるだろうと言われたよ」
「商業ギルドとしてもお願いしたかったのですがな……さすがに、商業ギルドに卸すとなると何万本になるかわからないと却下されました。正論だけに反論できませんでしたな」
「だが、その錬金術師は冒険者だと聞きます! この街に必ずいるとは限りません!」
「それも含めて考えがあるようだったが……まあ、お前には関係が無い。お前に求めるのは現在の錬金術師ギルドを鍛え直すことだ。シュベルトマン侯爵からいただいた本をこちらへ」
医療ギルドマスターの元に一冊の薄い本が手渡された。
あの本がなんだというのだ?
「これはシュベルトマン侯爵から分けていただいた錬金術の教本だ。これを使えば見習い錬金術師でも十日ほどで一般品質のポーションが安定して作れるようになったとお墨付きをいただいている。そして、先ほど飲んだポーションほど爽やかではないが、味も悪くないそうだ」
「……それがどうしたというのですか?」
「お前にこの本を渡そう。これから二十日の間に錬金術師ギルドを立て直せ。それができなければ、お前は錬金術師ギルドマスターから退いてもらう」
「な、そんな横暴、許されると思うのか!」
「黙れ! お前が出してきた提言の方がよほど横暴であるわ!」
「くっ!」
「お前はその本を持ち帰り、二十日で結果を出せ。これはギルド評議会の決定である」
その後も私は再三反論した。
しかし、決定が覆ることはなく、私は本を持ち錬金術師ギルドへと帰ることになる。
「このような本に何の価値があるというのだ! あの頭の硬い老人め!」
もちろん、このような本は中身の確認などする余地もなく、火属性の魔法で焼き払った。
冒険者錬金術師程度にあのポーションができるのだ、私の優秀な錬金術師ギルドができないはずもない!
だが、結局二十日たってもポーションの味は改善せず、私は街を追われるように出ていくこととなった。
なぜだ、なにが悪かったというのだ……。
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