動き出す錬金術師

123.シュベルトマン侯爵との面談

 ティショウさんたちがやってくる約束の日になりました。


 朝食が終わり弟子の指導が始まった頃、来客があったと聞き応接室に向かうと普段は着ないような礼服で身を包んだティショウさんとミストさん、それからこの前ギルドで見かけた虎族の方がいます。


 この方がシュベルトマン侯爵だったのですね。


「悪いなスヴェイン、アリア。朝早いうちから乗り込む形になっちまって」


「いえ、僕は構いません。ですが、おふたりの服装は?」


「ここに来る前、ギルド評議会に寄ってきましたの。これはギルド評議会に出席する際の礼服ですわ」


「ギルド評議会に? それはなぜです?」


「それはだな……」


「いい、ティショウ。それについては私から話そう」


 ティショウさんの話を遮り、シュベルトマン侯爵が説明をしてくれるようです。


「まずはあいさつをせねばな。私はビンセント = シュベルトマン。この地方一帯を治める侯爵だ」


「ご丁寧にありがとうございます。旅の錬金術師スヴェインです」


「同じく、魔術師のアリアです」


「……そうか。それで、ギルド評議会に寄ってきた理由だが、この本とこれらのポーションを提出するためだ」


 シュベルトマン侯爵が懐から出したのは、僕がヴィンドの街に残していった教本とユニコーンおよびペガサスの刻印が刻まれたポーションでした。


 そうですか、これらをギルド評議会に提出してきましたか。


 これでギルド評議会が味方なのか敵なのか、はたまた中立なのかがわかりますね。


「評議会も私が直接出向いたことに驚いていたよ。そして、その教本を使った錬金術教育の実践結果の報告、およびそれらのポーションを実際に飲んでもらった」


「なるほど。結果はどうでしたか?」


「全員、私が姿を現したとき以上の驚愕を示していたよ。我らの国では一般品質のポーションを安定させるのに三年かかると言われている。それが、わずか十日でできたのだからな」


「でしょうね。この国の錬金術師を教育するやり方は効率が悪すぎます」


「耳が痛いな。さらに追い打ちをかけたのが、そのポーションだ。今までとは違い、苦みも雑味なく非常に飲みやすい。我が領都で出来た一般品ポーションもそこまでではないが苦みや雑味が消えていると聞いた。その差はなんなのか教えてもらいたい」


 うん?


 それでしたらティショウさんたちに教えてますし、聞いていてもおかしくないのですが……。


 隠すことでもないし答えましょう。


「ポーションの味を決めるのは魔力水の品質と魔力水の素材となった水です。この国では湯冷ましが魔力水の原料となっているようですが、最低でも濾過水、先ほど出したポーション並に味をよくしたいなら蒸留水を使うべきです」


「なるほど。この知識はこの国で広めても構わないかね?」


「はい。可能であるならば、国中の全錬金術師に広めてほしいくらいです。僕も試しに湯冷ましで作った一般品質のポーションを飲んでみましたが、ポ-ションとは認められないほど味が酷かったので」


「本当に耳が痛い。しかし、この知識を国に売るだけでも白金貨が積み上げられるぞ? それなのに、無償で広めてしまっていいのか?」


「この程度の知識、僕の故郷では常識です。それ以上に、命を賭けて戦う皆さんには頑張ってもらわねば」


「聞いてはいたが隠し立てするような内容以外には本当に無欲だな。我々としては助かるのだが」


「それで、僕の教本をギルド評議会に提出してきたのはなぜでしょう? 彼らには錬金術の知識は無いはずですが」


「……お前がそれを言うのか?」


 なんだか疲れたようにティショウさんが一言口を挟んできました。


 なにかおかしなことを口にしたでしょうか。


「君の教本は錬金術の知識がない各ギルドマスターにもわかりやすいと太鼓判を押された。そして、この教本を今の錬金術師ギルドマスターに与えて二十日間だけ様子を確認し、錬金術師ギルドに改善の兆しが無ければ彼を更迭するともな」


 ……思った以上に大事になっていますよ。


 ですが、僕の教本があれば二十日間で改善なんて容易いはずです。


「スヴェイン。お前、その教本があれば改善なんて余裕だと考えてるだろ?」


「はい、ティショウさん。……違うのですか?」


「俺も含めたギルド評議会の見解は違う。あの男は本の内容を確認しようともせずに、自力で改善しようとし始めるはずだ。自分はなにもせず、構成員の錬金術師に指示を飛ばすだけでな」


「……そこまで酷いのですか?」


「うむ。ヴィンドの錬金術師ギルドマスターも酷かったが、この街の錬金術師ギルドマスターも酷いな」


 シュベルトマン侯爵が言うのでしたら、そうなのでしょう。


 僕たちに被害が及ばないのでしたら関係ありませんが。


「さて、ギルド評議会でのお話はわかりました。それで、シュベルトマン侯爵が僕たちとお話したいことはなんでしょう? 内容次第ではお手伝いできるかもしれませんし、そうではないかもしれません」


「うむ、その話をせねばな。では、 = 殿、 = 令嬢。あなたたちはこの国でなにをしたいのだ?」


 ふむ、僕たちの正体についてもリサーチ済みですか。


 それくらいのことが出来ないと領主失格でしょうがね。


「はい、では端的に。僕たちの目的は弟子の育成です。ほかにもいろいろとお手伝いや人助けなどをしていますが、それらはすべて弟子を育成するですね」


「本当か? そなたたちの力があれば、国を滅ぼすことさえ容易だと聞くぞ?」


「そうですね……確かに出来るかもしれませんわ。でも、それに何の価値がありましょう」


「価値?」


「ええ、価値です。襲ってくるということでしたら仕方がありませんのでお相手いたします。ですが、そうでもないものを滅ぼす意味とは?」


「……確かに、そう言われると意味が無いな」


「そういうことです。私たちはわざわざ理由もなく国を滅ぼすような真似はしませんよ」


「そうか、ならば安心した。次の話だが、その弟子の育成のついでで構わない。この国の錬金術師を鍛えることは可能かね?」


「錬金術師を鍛えることですか……正直、気乗りしませんね」


「理由を伺ってもよろしいか?」


「おそらく、古い考えに染まっているものは頭が固いと考えられます。そんな人たちが今更僕みたいな若僧相手に教えを請うなど出来るとは思えません」


「ぬう……確かに。では、古い考えに染まっていない子供たちを教育するのはどうだ?」


「それでしたら可能ですが……僕はあくまで旅の錬金術師。つきっきりで講義は出来ませんし、弟子の育成ついでとなるとあまり教えられませんよ?」


「そちらも難しいか……国の錬金術を底上げするいい機会だと感じたのだが」


「シュベルトマン侯爵、なにもスヴェインがつきっきりで教える必要はないんじゃないのかい?」


「ティショウ、どういう意味だ?」


「なに、スヴェインの教えに賛同できる錬金術師を国内で募ればいい。そいつらにスヴェインの錬金術を学ばせて、更にそいつらが子供たちの教師となる。これならいけるんじゃないのか?」


「ふむ、検討する余地はあるな。問題はスヴェイン殿の教えに賛同する錬金術師がどれだけ集まるかだが……」


「ああ、そっか。冒険者みたいに実力を見せつけて従えってわけにはいかないよなぁ」


「実力を見せつけて……それならば、いけるか?」


「シュベルトマン侯爵?」


「スヴェイン殿、大至急で悪いのだがユニコーン印とペガサス印の特級品ポーションを急ぎで作っていただけるか? 数量は……出来るだけ多くの方が望ましい」


「シュベルトマン侯爵よ、お前、スヴェインの生産能力を侮りすぎだぞ?」


「うん? それはどういう……」


「具体的な数はいくつぐらい必要でしょう。百や二百であればすぐにご用意出来ますが」


「百……いや、二十本ずつもあれば十分だ。国王や大臣たちに献上する分なのでな」


「わかりました。新しくこの場で作製しますか? それとも在庫に装飾を施したもので構いませんか?」


「え、ああ。出来ればこの場で作っていただきたい。私自身が目の前でポーションを作ってもらったという証人になりたいのだ」


「わかりました。それでは、材料はこちらに用意してあります。ご確認を」


「う、うむ。最高級品の薬草に魔草、それに魔力水!?」


「これらの材料がないと特級品が出来るのはまぐれ当たりを望むようなものですよ。では始めます……終わりました」


「は、速い。しかも、確かに特級品ポーションが完成している……」


「この程度は何万と繰り返してきた作業です。アリア、瓶詰めをお願いします」


「はい、わかりました」


「それでは、今度はマジックポーションを……こちらも完成です」


「極めた錬金術師というのは、これほどなのか……」


「僕程度では『極めた』などとはおこがましい。まだまだ研鑽の途中ですよ」


 本当に、どこまで突き詰めればいいんでしょうね?


 いまだに、ミドルポーション系は特級品が安定せず、ハイポーション系になると最高品質すら安定しません。


 それぞれ、足りないピースがあるのかもしれませんが……探すのは楽しいものです。


「これだけできてまだ研鑽の途中か……我が国の錬金術師など遠く及ばない存在だな」


「ええ。ミドルポーションの特級品さえ安定しない身です。もっともっと精進せねば」


「……基準が高すぎんだよ、お前は」


 そうでしょうか?


 錬金術師を志すならこの程度は目指してもらいたいものです。


「スヴェイン様、瓶詰め作業完了いたしました」


「お疲れさま、アリア。では、装飾を施して完成ですね」


 全部で四十本しかないので装飾するのも簡単です。


 さて、これはどうすればよいのでしょう?


「シュベルトマン侯爵、このポーションはどのように献上なさるのですか?」


「その点は心配せずともよい。私がマジックバッグを持ってきているのでその中に一度しまわせてもらう」


「わかりました。ほかに話し合っておきたいことは?」


「薬草の育て方を教えてもらうことは可能だろうか? 優秀な錬金術師が育っても、薬草類がなければ成り立たぬ」


 薬草の育て方ですか……。


 教えてもいいのですが、困りましたね。


「スヴェイン様、なにも今決めなくともよいのでは?」


「……そうですね。シュベルトマン侯爵、この件は今後も話し合うといたしましょう」


「おお、ありがたい! それでは、次なのだが……」


 そのあともシュベルトマン侯爵からはいくつかの要望を出されました。


 すぐに回答できるもの、環境が整わないとダメなもの、教えるわけにはいかないもの、様々ありましたがシュベルトマン侯爵本人は誠実そうなお人柄ですし、親交を深めていく過程で見えてくるものもあるでしょう。


 カーバンクルであるプレーリーが警告を発せず、神眼でも嘘をついていないと見破れていますからね。

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