53.ミスリル三種合金アクセサリー
僕たちはマオさんに案内され、店舗奥の作業スペースにやってきました。
そこで作業をしていた従業員の方々は、皆さん女性の方たちです。
マオさんは、こういった職人の世界で、肩身の狭い思いをしている女性たちを積極的に雇うらしいです。
もちろん、技術と人格を見て雇うかどうかと給料を決めているようですが。
「オーナー、その子たちは?」
「私の家に招いているお客様です。今日はこのネックレスの改良法を教えてくださると言うことで、こちらに来ていただきました」
「オーナー、そんな子供たちに私たちが悩んでいる問題が解決できるって言うのかい?」
「……私はできると感じています。少なくとも、錬金術のレベルはここにいる誰よりも上のはず。ひとまず彼のすることを見てください」
「……まあ、オーナーがそう言うのでしたら。でも、どうやるの?」
「そうですね、先に答えを示しましょう。まず、この合金ですが、銀100に対してミスリル1の割合ですね?」
「え……」
おや、僕が配合比率を答えたことで場が凍りついてしまいました。
ちょっと喋りすぎましたかね?
「オーナー、配合比率を教えたの?」
「い、いえ。銀とミスリルの合金だとは教えましたが、比率までは……」
「じゃあ、見ただけで比率を見抜いたの……?」
「嘘でしょう……?」
「僕も職人側なので鑑定すればだいたいわかります。それで改善点ですが、まずは銀100に対してミスリルの比率を2まで上げます。こうすることで、ほかの金属を合成したときの色彩変化が起こりやすくなります」
「え、え?」
「おい、誰かメモ、早く!」
「もう取ってるわ! でも、本当なの!?」
「では、実演して見せますね。マオさん、先ほどお店から持ってきたネックレスと……ミスリルと金を少しください。ミスリルと金は端材で構いません」
「いえ、実演でしたら純インゴットから作っていただく必要がありますわ。誰か、インゴットを!」
「もう用意してあります!」
「では、この作業台の上に錬金台を置かせていただいてと。作業をさせていただきますね」
僕はネックレスに対し、ミスリルと金を混ぜ込むように錬金を行います。
やっぱり、一度アクセサリーの形になっているものに新しく金属を均一に混ぜ込むのは難しいですね。
「ちょ、オーナー! あの子、すごい高等技術を使ってる!」
「私にはよくわからないのですが……そこまですごいことなのですか?」
「錬金術で物質を合成することはよくあるけど、アクセサリーのような繊細なものに、それも均一になるように素材を混ぜ込むのはとても難しいの! 私なんて真似しようとしたら、ネックレスが棒になるわ!」
「……やっぱり規格外ですね」
「それ、褒められたのでしょうか。ものは完成しましたが」
「褒めたつもりですわ。では、拝見させていただいて……うん、先ほどのネックレスに比べてわずかに金色になっているような?」
「それを光にかざしてみてください。それがその合金の真骨頂です」
「わかりましたわ。……って、ええ!?」
「どうしたの、オーナー?」
「ネックレスが……虹色に?」
「虹色? オーナー私たちにも」
「ええ、これは確認してもらわないと」
マオさんが従業員の方々にネックレスを渡して、それを順番に確認していっています。
そのたびに驚きの声があがっているのですが……大丈夫でしょうか?
「すごい、すごいよ、オーナー! これならうちの店の看板商品にできる!」
「でも、どうして光が当たることでネックレスの色が銀色から金色に変わるのかしら?」
「ミスリルの影響ですよ。僕も宝飾関係まで詳しくはないのですが、ミスリルをある程度以上配合した合金は光の当たり具合で色が変わるんです。冒険者の方々の武器などでも起こる現象ですね」
「なるほど……ですが、スヴェイン様。この技術、私の店で使っても構わないんですの?」
「構わないですよ? おそらく技術登録もまだ行われていないでしょうし、新技術として商業ギルドに登録してきた方がよろしいかと」
「わかりましたわ。皆さん、私はこれから商業ギルドに登録へと行って参ります。ちなみに、スヴェイン様。この現象は金だけで起こるのでしょうか?」
「いいえ、金以外の合金でも起こります。例えば銅でしたら赤みがかった銀色のグラデーションが発生しますね」
「……そちらの見本も作っていただけますか?」
「構いませんよ。マオさんたちには家に泊めていただいているお礼もありますし」
「……いささか以上に見返りが多すぎるのですが。それはまた後日相談させていただきます。材料の用意はできましたわ」
「では、始めますね。……はい、できました。ちなみに、金を混ぜるときは銀100に対してミスリル2に金1、銅を混ぜるときは銀100に対してミスリル2に銅5が目安です」
「メモは取りましたね?」
「バッチリです、オーナー」
「では、私は商業ギルドに行って参ります。お父様は……」
「私は……お前に付いていこう。昨日の今日だ。お前ひとりで行って舐めた真似をされては、私の商会の信用にも関わる」
「心強いですわ。ですが、その間スヴェイン様たちはどうなされますか?」
「構わないのでしたら、このお店の錬金術師に指導をさせてください。この技術はかなり繊細なコントロールを要求されますので、しっかり指導をしないとなかなか身につかないかと」
「ですが、そこまでしていただくのは……」
「マオ様、スヴェイン様の本音は『誰かを指導してみたい』ということです。いままでは指導を受ける側でしかなかったので、実際に指導をする立場になったときにどうすれば効率がよいのかを確認したいのですよ」
「アリア様……。わかりました、そういうことでしたらお願いいたします。なるべく早く戻りますので。あなたたちもスヴェイン様にしっかり指導をしていただきなさい。彼の腕前は見届けたでしょう」
「「「はい!」」」
「よろしい。では、お父様。参りましょう」
「うむ。よろしく頼みます、スヴェイン殿、アリア嬢」
**********
商業ギルドでの新規技術登録は2時間ほどで終了いたしましたわ。
やはり、昨日のポーション騒ぎで大失態を犯したことと、この街でも大店の分類に入るお父様が直々に出向かれたことが大きかったようですわね。
帰りの馬車の中でこっそりと『ある程度の数が量産できるようになったら私の店にも卸してほしい』などと言い出すあたり、この技術は本当にあたりの分類かと。
そして、馬車が私の店にたどり着き作業スペースに戻ると、嬉しそうな顔を浮かべて倒れ込んでいる錬金術師と、喜々としてインゴットからアクセサリーを作成している宝飾師と彫金師がいましたわ。
なんでしょう、この光景は……。
「あの、ただいま戻りましたわ……」
私が声をかけると、一斉に全員の目がこちらを向きます。
その目はこれまでになく、ギラギラと輝いていますわね。
「オーナー、お帰りなさい!」
「見てください! 例のインゴット、完璧に作れるようになりましたよ!」
「いやー、きつかったです。と言うか、あの子供たち、本当に厳しいですよ……」
「そんなに厳しかったのですか?」
私の目から見ていると、スヴェイン様たちはあまり厳しいというイメージがわかないのですが。
「いや、厳しいです。本当に鬼でした。インゴット合成に失敗してもすぐに分離して再合成をやらされますし、魔力切れを起こしそうになったらマジックポーションを飲まされますし……」
「いままでも『修行だ』と言ってインゴットを100本とか連続で作らされたことはありましたが、それとは比較できないくらい厳しかったです」
「昔、見習いで出された親方の修行がぬるいなんて思う日が来るとはね……」
「本当よ……」
「……その、ご苦労様でした」
見た目に寄らず、スパルタなのですね。
そういえば宝石を選んでいたときも喜々として選んでいましたが、品質のいいものだけを瞬時に厳選していましたわ。
「いやぁ、でも苦労した甲斐がありましたよ、本当に」
「はい、おかげで店の錬金術師は全員が金と銅の合金インゴットを作れるようになりましたから」
「この2時間で錬金術スキルのレベルが10上がったとか泣いてる子もいたけどね!」
「それは言わないでください!」
「10……か」
お父様も顔が引きつっておられますわ。
きっと私の顔も似たようなものでしょう。
「それで、おふたりはどこに?」
「奥の方で仕上げ役の彫金師や宝飾師とデザインの話し合いをしていますよ。お互いに知っているイメージが違うのでよい刺激になっているみたいです」
「わかりました。それではそちらに行かせていただきます」
店の奥に行くと、本当にデザインの話し合い……というより勉強会をしていましたわ。
特にアリア様の描き出すペガサスやユニコーンのデザイン画は、本物を間近で見たことがあるのではないかと思うほど繊細です。
スヴェイン様もリスに似た聖獣様のカーバンクルやワイズ様のデザイン画を描いてくださっており、従業員たちはやる気をみなぎらせております。
私が声をかけたことで勉強会はお開きとなり、従業員たちはとても残念そうな声をあげていましたわ。
……スヴェイン様とアリア様はデザインの講師ではないのですよ?
なにはともあれ、私のお店の看板商品が出来上がりそうなのは事実ですわね。
妹の件もありますし、スヴェイン様とアリア様へのご恩が膨れ上がって返しきれませんわ……。
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