52.スノウフラウ宝飾品店
「冒険者の皆様、大丈夫でしょうか?」
コウさんの馬車に乗って移動する最中、アリアはずっと同じようなことばかり言っています。
よほど今回のことが心配なのでしょう。
「心配しなくとも大丈夫ですよ、アリア嬢。この程度の事態には冒険者たちは慣れているものだからね」
「そうですか? ……でも、やはり命がけなのは心配です。治癒魔法が使える方も少ないようでしたし、魔物の傷の正しい治療法を知らない方も多そうですし」
「それについては私の方が驚かされたよ。よくマーダービーの傷に対する対処法を知っていたものです」
「これも師匠から聞かされていたもののひとつです。マーダービー、デススコーピオン、ヴェノムフロッグなど猛毒系のモンスターを相手にする場合、どのように戦い、どうやって負傷者の治療をすればよいのかを学びました」
「ずいぶん実践的な内容を学ばされたのですね……」
「はい。僕たちが住んでいた地域にはどのモンスターも生息していませんでした。ですが、こうして実際に役に立ったのですから無駄ではなかったということです」
「確かに。ほかにジャイアントマーダービーについて、知っていることはありますか?」
「そうですね……今回襲われたのが群れであった場合、早急に巣を見つけて排除する必要があります。数十匹の群れが固まって移動するときは新しい巣を作る時か、数匹では倒せないような獲物を倒しに行くときくらいですから」
「ふむ。では、巣を排除できた場合は安心できるのでしょうか?」
「はい。少なくともしばらくは安全でしょう。ジャイアントマーダービーは行動範囲が5キロメートルから8キロメートルほどになりますが、巣同士の距離は30キロメートル以上離れるのが一般的です」
「その理由は?」
「ジャイアントマーダービーは別の巣に所属している同種を見つけると、テリトリーへの侵入者として排除してしまうのです。そのため、本能的に巣わけをする際に最低30キロメートル以上は離れるのが一般的です」
「よくわかりました。ちなみに、その話は師匠から学んだだけでしょうか?」
「師匠の話が基本ですが、書物にもまとめられていると思います。確か……フォル・ウィンド著の『猛毒性魔物特性集第二巻』にジャイアントマーダービーの記載があったはずです」
「フォル・ウィンド氏の著書ですか。家人に言って調べさせても構いませんか?」
「はい。もちろん構いません。むしろ、猛毒性のモンスターについては少しでも知識が広がってほしいところです」
「では、帰ったら調べさせましょう。我が家の蔵書の中にあったはずです。……そろそろ娘の宝石店『スノウフラウ』に着きますね」
「わかりました。アリア、ほしい宝石はありますか?」
アリアにもそれなりにお金は持たせていますが、ほとんどは僕が持っています。
ほしいものがあったら僕が支払わなければ。
「うーん、本当は真珠がほしいのですが内陸で真珠は手に入らないでしょうし、オニキスか白色系の宝石を買いたいです」
「おやおや、アリア嬢もこういうときは年頃の少女ですな?」
「……コウさん、アリアは魔宝石の素材として宝石をほしがっているのです。真珠は聖魔法を込めるのにもっとも適した宝石で、オニキスは闇魔法、白色系の宝石は光魔法です」
「……スヴェイン殿、普通のアクセサリーとしてなにか贈られては?」
「アリアからは『結婚するまでアクセサリーはいらない』と言われました。錬金術で作って贈れば喜んでくれるでしょうが……」
「おふたりも大概難儀な性格ですね……」
「そう思います……」
そうこうしている間に、馬車はマオさんのお店に到着しました。
マオさんのお店はあまり建物は大きくありませんが、しっかりした作りになっていますね。
警備員もきちんと配備されていますし、これならコウさんも安心なのでしょう。
「ようこそ、スヴェイン様、アリア様」
「お邪魔させていただきます、マオさん」
「失礼いたします、マオさん」
「駆け出し商人のお店なのでまだ品揃えはあまりよくありませんが、どうぞご覧になってくださいな」
マオさんは『駆け出し商人』などと言っていますが、品揃えはそこそこいい感じだと思います。
廉価な宝石からちょっとお高めな宝石までと言ったところですね。
……さて、どれを仕入れて帰りましょうか?
「スヴェイン様、そちらにあるブラックオパール。私がいただいてもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ。それでは僕は……」
僕たちは目についた宝石で、魔宝石に加工できそうなものをいろいろと買いあさってしまいました。
お店の値段としては割と良心的な値段設定だったのですが、それでも金貨4枚分も買ってしまったのは申し訳ないです。
「……申し訳ありません、マオさん。久しぶりに宝石店に来たせいでたがが外れてしまいました」
「あの、営業の方は大丈夫でしょうか?」
「え、ええ。大丈夫ですわ。まさか、これほど売れるとは思いもしませんでしたが」
「マオ、腰がひけているぞ」
「お父様、私のお店で金貨が必要になるほどのお買い上げですのよ? それは腰がひけますわ?」
「お前にはいずれ私の商会を継いでもらわねばならないのだ、この程度のことで……」
「では、お父様。お父様の商会で一度の買い物に白金貨百枚以上が使われたらどうですの?」
「む……それは……」
「まさに、その気分ですのよ? 私のお店でメインにしている客層は銀貨数枚から大銀貨2枚程度まで。そこに金貨が4枚も舞い込めば驚きますわ」
「それもそうか。それで、今日は午後からの営業だったはずだが……店は開けられるか?」
「大丈夫ですわよ。まだ仕入れてきた宝石は残っております。……ただ、近々もう一度仕入れに行かなければなりませんわね」
「申し訳ありません、私の我が儘で……」
「お客様として正当な金額をお支払いいただいているのですからお気になさらずに。……でも、冬が来る前に宝石の仕入れをして帰ってくるのは、急ぎませんといけませんわ」
「そうだな。急な予定になるが、数日中には出発するか?」
「そうですわね。今度は南にあるヴィンドの街に行ってみましょう。あちらの仲買人ともコネを作って起きたいところですし」
「わかった。紹介状を用意しておこう。……スヴェイン殿たちはこれからどうされる?」
「2階にはなにがあるのでしょうか?」
「2階は私の店の職人が作ったアクセサリーが並んでいますわ。見ていきますか?」
「はい、見せていただけますか?」
「もちろんです。行きましょう、アリア様」
マオさんとアリアが並んで2階へと上がって行きました。
アリアはなにを考えているのでしょう?
「……スヴェイン殿、アリア嬢はアクセサリーに興味がおありか?」
「人並みにはある……はずですが、外出時はモンスターとの戦いに備えてつけたがりません」
「ふむ……ともかく、私たちも行きましょう」
「ですね。行きましょう」
僕とコウさんも2階に上がると、ふたりはネックレスを選んでいました。
見た限りではどれも癖がなく、普段使いに問題なさそうなものばかりです。
「アリア、ネックレスを選んでいたのですか?」
「はい。私たちが作ろうとすると……ほら、持ち歩いている素材が素材ですから」
「ああ、なるほど」
ミスリル以上の素材しか残ってませんからね、金属は。
僕たちの暮らしている盆地には鉱物を掘れる採掘場所が何カ所かあるのですが、ミスリル以上の鉱石しか採掘出来ないんですよ。
掘れた鉱石は精製してインゴットにしてありますが、おいそれと出せるものじゃありませんよね。
「これなんてすごくいい感じですよ。銀に少しだけミスリルを混ぜ込んでさびにくく肌にも優しい作りにしてあります」
「どれどれ……本当です。腕のいい職人さんがいらっしゃいますね」
「ありがとうございます。おふたりとも、鑑定レベルが高いのですね」
「ええ、それなりには」
「いろいろ作るには高レベルの鑑定で、素材の状態を調べる必要がありますので」
「なるほど……それにしても、そのネックレス、なかなか売れなくて困っていましたの。いいものだと思うのですが……」
「例え素材がよかろうと華がなければ売れないという証拠だ。同じように物作りをするスヴェイン殿たちだからこそ良さがわかるが、一般人にはただの高めなシルバーネックレスにしか見えないだろう」
「……悔しいですが、お父様の言うとおりですわね。なにか別の目玉商品を考えないと……」
うーん、目の付け所は悪くないんです。
あと一歩、もうひとかけらのアイディアが足りないだけで。
「(スヴェイン殿、あなたならこのネックレスの改良方法がわかるのでは?)」
「(はい。ですが、それを教えてしまってもよいのでしょうか?)」
「(娘はまだまだ勉強不足だ。まずはこういう手本もある、と言うのを示してほしい)」
「(わかりました。それではお教えしますね)」
今もネックレスを手に頭を悩ませているマオさんに対して、軽い口調で話しかけます。
「お困りですね、マオさん」
「ええ、困りましたわ。これは私の店の職人が1年かけて考え出した渾身の一品ですの。それが、ただの高めなシルバーネックレスとしか考えられていなかっただなんて」
「もしよろしければ改善方法をお教えいたしますよ。これもなにかの縁ですし」
「本当ですの!? でも、そんな簡単に改善できるのでしょうか?」
「はい。とりあえず、1本もって来てください。職人さんはどこにいますか?」
「店の奥が職人の作業スペースとなっていますわ。そこで錬金術師や彫金師、宝飾師が働いておりますの」
「ではその方々にも見てもらいましょう。案内をお願いいたします」
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