224.サブマスターとギルドマスターのお話

「なるほど。それでおふたりも錬金術師ギルドに」


 毎週恒例のカーバンクル買い取り日。


 僕たちはそれを忘れて錬金術師ギルドへと来ていました。


 おかげでミストさんにはコウさんのお屋敷から錬金術師ギルドまで来ていただくことになり大変申し訳ありません。


「すみません、ミストさん。またカーバンクルの買い取り日を忘れていて」


「ごめんなさい」


「反省しています」


「いえ、私は馬で移動しています。それほど時間はかかっておりません」


 馬で移動しているとはいえ、ミストさんもサブマスター。


 お暇ではないでしょう。


「それで、これからは毎週こちらに?」


「そういうわけでもありません。アリアの指導予定もありますし、弟子がどう動くかはかなり不定期です」


「ふむ。それでは、今後は一度コウ様のお屋敷に行き、いなかったらこちらを訪ねましょう」


「そうしていただけますか?」


「この程度の手間は惜しみません。……なにやらカーバンクルの納品数も増えていますし」


「先生の指導時間が増えたのです」


「指導していただけていると、つい」


「当ギルドとしては嬉しいのですが。無理をしていませんか?」


「最近は魔力枯渇を起こさなくなってしまいました」


「先生からはもっと最大魔力を上げるようにと指導を受けているのですが……」


「スヴェイン様、前々から何度か話を伺っておりましたが魔力枯渇と最大魔力になにか関係が?」


「ああ、そういえば話したことがありませんでしたね。実は……」


 ミストさん、ついでに同席していたミライさんにも魔力枯渇と最大魔力量の関係性を教えます。


 ふたりとも大層驚いていますが。


「スヴェイン様!? このような大事な話、世間話程度に教えてくださらないでください!」


「そうですよ! これって一大革命になりますよ!?」


「そう言われてみればそうかも知れません。ですが、一度の魔力枯渇で増える最大魔力は微々たるもの。子供の間から鍛えないと大きな差になりません。そして普通の子供では魔力枯渇の気持ち悪さに耐えきれず、そう何回も試さなくなるでしょう」


「ですが……この話、魔術師ギルドに報告してもよろしいですか?」


「構いません。ただ、年齢が幼ければ幼いほど効果が出やすく、マジックポーションなどで強制回復させた場合は効果がありません。その注意事項も忘れずにお伝えください」


「難しいですわね。魔術師ギルドに入門する年齢では効果が薄いですか……」


「できれば『交霊の儀式』直後から始めるのが効果的ですね」


「なるほど。そんな子供では魔力枯渇の気持ち悪さに耐えられませんね」


「でしょう?」


 とはいえ、この話は黙っているわけにもいかないらしく、魔術師ギルドへと話すことにしたそうです。


 ミストさんのお仕事が増えてしまいました。


「ところでギルド支部の方は順調ですか?」


「いまは事務員の採用面接中です。さすがに事務員はギルドマスターのお手を煩わせる程でもないので、私が一手に引き受けていますが」


「それではミライ様が大変では?」


「二次審査と三次審査で不合格になるものが多いので」


「ああ、あの」


「はい。私のことを若輩者と侮るような方は事務員でもいりません」


「相変わらずお厳しいこと」


「問題は結果として事務員が足りるかどうかなんですよね……」


「選考基準が厳しいのでは?」


「『昔の』錬金術師ギルドに戻すわけには行きませんので」


 ああ、あの騒ぎからももうすぐ一年ですか。


 本当に早いものです。


「では、数以外、質の面では準備万端と」


「はい。合格者はあらためて商業ギルドにお願いし、徹底した事務員教育を施していただいています。商業ギルドも乗り気で引き受けてくださいました。将来の商材がかかっているということですからね」


「ミライ様も本当にこの一年でたくましくなられましたね」


「ギルドマスターが相手ですから、図太くならないと生き残れません」


「……本当にたくましくなられましたこと」


 ミストさんでもそう感じますか。


 僕だけでなくてよかったです。


 そんな話をしているとドアをノックする音が聞こえてきました。


「どうぞ。開いてますよ」


「失礼します。……申し訳ありません。来客中でしたか」


「なにか問題でも?」


「いえ、『カーバンクル』様たちにご指導をお願いしたかったのですが……」


「ふむ。ふたりの用事は終わりました。ふたりはどうしたいですか?」


「教えに行きます!」


「そうですね。必要とされているのでしたら」


「では、ふたりを連れ出すことを認めます。よろしく」


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 あれは一般錬金術師のひとりでしたね。


 弟子たちも指導を喜んで引き受けている様子ですし、まあしばらくは様子を見ましょう。


「おやおや。あの『カーバンクル』もいまは立派な講師ですか」


「予定より二年も早く成長してくれましたからね。僕がなるべく錬金術師ギルドに来られるようにと連れ出したのですが……あのふたりの指導は僕よりも人気になってしまい」


「私はまだ高品質ポーションしか納めていなかった頃からの付き合いですが……そうですか。もうそんなに立派に」


「成長が早すぎて困ります」


「師匠としては嬉しいのでは?」


 どうでしょう?


 最近は師匠としても悩み事があるんですよね……。


「この頃、僕が新しいことを指導しようとすると拒否するようになってしまって。弟子を教えるのも難しいです」


「あら、最近そうだとは伺っていましたがそれほどですか」


「ギルドマスターの教え方ですからね……」


 ん?


「ミライさん、僕の教え方ってなにか問題がありますか?」


「一般……いえ、いまは第二位錬金術師の方々から言わせると『ギルドマスターの指導は答えも出てくるので受けるのをためらう』そうです。ギルドマスターの手をなるべく煩わせないというのもギルド構成員全体の共通認識ですが、一般錬金術師以上になってくると自分で研究するのも楽しくなってくるとか。ギルドマスターに講義をしてもらうと研究する余地がなくなるんですよ」


「……なるほど」


 そう言われてみるとそうかも知れません。


 僕は答えを見せてからそこにたどり着くまでの道筋を教えるやり方です。


 それではすべてがわかってしまい、面白くないですよね。


「そういう意味では『カーバンクル』様方の指導はちょうどいい程度だそうです。ニーベちゃんの指導は感覚的すぎる、エリナちゃんの指導は理論的すぎる。両極端ではありますが、よほどの問題がない限り答えは教えないそうです。なので、研究にも熱が入るんだとか」


「本当にギルドマスターの名が形無しですわね」


 うーん、いい塩梅というのも難しいものです。


 なにも知らない見習いには答えを示さないといけない、それは全体の共通認識なのでしょう。


 ですが、独り立ちしたあとは自分たちの頭を使うことを優先する。


 実に好ましい限りです。


 好ましい限りですが……。


「こうなってくると、僕もたまには指導がしたいです」


「諦めてください」


「諦めになった方がよろしいかと」


 ふたり揃って否定されました。


 どうしてこうなってしまったのか……。

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