354.ウサギのお姉ちゃんと第二位錬金術師たち

 私、エレオノーラが本格的な体験内弟子入門を始めてから一週間が経ちました。


 スヴェイン様とお約束したとおり、講習会の日はたっぷりとおやすみさせていただいて英気を養い、それ以外の日は魔法研磨あるいは講習の内容について勉強をしている毎日です。


 最初は圧倒的な気迫に気圧されたり衝撃的な光景に驚かされたりと大変でしたが、今は……なんとかかんとか吹き飛ばされないよう必死でしがみつき食らいついている状況なのでした。


 ですが、おかげで仕事にもメリハリができてしっかりと業務をこなせるようになり、子供たちの笑顔も一週間でまた増えた気がします。


 さて、今日は講習会翌日の見直し日。


 私のアトリエを訪ねてきてくれた第二位錬金術師の諸先輩方を相手に講習内容がわかりやすいかチェックです。


「……いかがですが、わかりにくいところとかはありましたか?」


「うーん……」


「あー……」


「参ったな……」


 あれ、これって私まずいことをしてしまったのかな?


「ええと、変でしたか?」


「ああ、いや。前に確認させてもらったときよりすごいわかりやすくて驚いた」


「俺もだ。よくこんなにわかりやすい授業ができるな?」


「これが〝スヴェイン流〟か……奥が深い」


 よかった、おかしなことはしていなかったみたい。


「あの、お茶を煎れますね」


「ああ、悪いな」


「済まねえ」


「サンキュー」


 私のアトリエですが、元は上位錬金術師が個室として使っていたもの……らしいです。


 私が入門したときには一掃されていたのでわかりませんが、やたらと広いアトリエを個人で利用させてもらっているため本当に申し訳なく……。


 これでも一番狭いアトリエを選んだのですが。


「それにしても、エレオノーラ。お前、ギルドマスターの内弟子になったんだって?」


「ひゃい!?」


 先輩の不意打ちにお茶をこぼしそうになりました。


 なんとかこぼさず済みましたが……危なかったです。


「私はまだ内弟子じゃないです! お試し中、候補止まりです!」


「いや、それでもすげえよ。俺らの代じゃないのは悔しいけど」


「しかもお前から頼んだんじゃなくて『カーバンクル』様方からの推薦だろう? お前の頑張りが認められた証拠だぜ」


 うう……。


 ギルドマスターの結婚事情がすぐばれたこともそうですが、なんで私の情報までそんな簡単に筒抜けなんでしょう?


「それで、どうなんだ? 指導って厳しいのか?」


「厳しいと言うよりもが違います。初日は見学だけだったんですけど、『カーバンクル』のおふたりに圧倒されてなにもできませんでした」


「ああ、やっぱりそっちの方がきついか。ギルドマスターの指導が厳しいとか考えられないもんな」


「『カーバンクル』様方って絶対に俺らとは努力のレベルが違うもんな。それを考えると、家では本気を出して当然か」


「それで起きたのが『ウサギのお姉ちゃんのおやすみ』なんだな」


「……それまで噂になってるんですか?」


「当然だろう? 講習会を休んだことのないエレオノーラがいきなり休んで、代わりにギルドマスターが全部取りしきったんだぞ? 話題にならない方が無理だって」


「ギルドマスターも『カーバンクル』様方も語らないけど、エレオノーラになにかあったってのは簡単に想像できるからな」


「それで、なにが起きたんだ?」


をまざまざと見せつけられてショックを受けました。それで顔色が真っ青になっていたらしく、ギルドマスター命令で休みに。私はギルドマスターとサブマスターが出勤した少し後に立ったまま気絶して、目が覚めたのは夕方でした……」


「……それはきっついな」


「そこまでハードだったのかよ」


 はい、あれは本当にきつかったです。


 普段は気軽に話してくれるユイですらあれだけの覚悟を持っているなんて夢にも思っていませんでした。


「……でもまあ、一日で復帰してくれてよかったよ」


「事務とサブマスターが話しているのを聞いちまったけど、『エレオノーラが再起不能になったらどうしよう』って本気で悩んでたからな」


「そこまでですか?」


「お前は知らないだろうが、錬金術師ギルドの講習希望者って今ものすごいらしいぞ?」


「生産職だけでもあふれているのに戦闘職、それも戦士系まで増えてきて選考している係はかなり頭を抱えているらしい」


「講習会が大好評なのは嬉しいが少し手加減してほしいそうだ」


 ええ……。


 子供相手の手加減ってどうすれば?


「でも毎回五十人ずつ、午前午後の二回に分けてなんだろう? 大変じゃないのか?」


「大変ですけど……やりがいもありますし楽しいですよ?」


「そうなのか? 許可が出たら次の講習会、俺たちも補助で参加していいか?」


「構いません。むしろ、私の手が届かない範囲を手伝ってもらえれば助かります」


「よし、早速……誰に相談すればいいんだ? 事務か?」


「ギルドマスターだと思います。今の私ってギルドマスター直下扱いですから」


「わかった。ちょっと行ってくるわ」


「はい。よろしくお願いしますね」


 次の講習会は先輩方が手伝ってくれるのかあ。


 子供たちも楽しんでくれるといいなあ。



********************



「ウサギのお姉ちゃん、来たよ!」


「あれ、知らないお兄ちゃんたちもいる?」


「スヴェインお兄ちゃんとも違うよ?」


「このお兄ちゃんたちのことはあとで説明してあげるね。まずは皆それぞれ席に着いて!」


「「「「はーい!」」」


 なんだ、このプレッシャー!?


 ギルドマスターから『一度行ってみるのも勉強でしょう』と言われて来てみたけど、始まる前から元気いっぱいだぞ!?


「このお兄ちゃんたちは私の先輩錬金術師なの。今日は私を手伝いに来てくれたんだ!」


「そうなんだ!」


「教え方も上手?」


「うーん。そこまではわかんないけど、私に錬金術の基礎を教えてくれたのはこの先輩たちだよ!」


「「「わーい!」」」


 エレオノーラ!?


 これ以上、プレッシャーをかけないでくれ!!


「それじゃあ、まず初めての子は手を上げてね。魔力水の作り方を説明してあげる! 他の子たちは魔力水を自由に作り始めていいよ!」


「「「はーい!」」」


 初めてだっていう子供たちはエレオノーラのところに群がり、魔力水の作り方を楽しそうに学んでいやがる。


 それ以外の子供たちは、本当に好き勝手に魔力水を作ってるしなんだこれ!?


「ねえねえ、お兄ちゃん。私、魔力水の作り方まだまだ下手なの。作り方を教えて?」


「ああ、いいぞ。ちなみにお嬢ちゃんの職業は?」


「私? 『魔法使い』!」


 いきなり『魔法使い』かよ!?


 ハードル高いぞ!!


 ともかくエレオノーラの足を引っ張らないように頑張らねえと……。


「うわぁ! お兄ちゃん、魔力水を作るの上手!」


 なんだよ、この錬金台!?


 めっちゃ魔力の通りがスムーズだし、軽く魔力水ができちまうぞ!?


「あ、ああ。でも、これじゃあわかりにくいだろう」


「うーん、そうかも。今度はもっとゆっくりやって?」


「おう、任せろ」


 俺は悪戦苦闘しながらこの子に魔力水の作り方を指導していった。


 同じようにエレオノーラの様子を見に来た連中は……それぞれ苦戦しているな。


 そんな中をエレオノーラはぴょんぴょん跳び回ってるし、本当にだぜ……。


 今回で講習四回目だっていうこの子供にポーションまで作り方を教え込み、午前の部は指導終了。


 マジで疲れた……。


 弁当は持って来てるが、とてもじゃないが食べる気にはなれねえわ。


「ありがとうございます、先輩方。おかげで助かりました。……ところでお昼は食べないんですか?」


「いや、疲れてそれどころじゃない……」


「エレオノーラ、いつもひとりでこれをやってるのか?」


「はい!」


 嬉しそうに答えるな……。


 午後の部も手伝ったがそれで俺たちは完全にノックアウト。


 申し訳ないが片付けをするというエレオノーラの手伝いはほとんどできなかった。


 マジでウサギのお姉ちゃん、恐るべし……。



********************



「どうでしたか? 昨日、講習会に参加してみて」


「俺たちには無理です」


「一日一回、一週間に一日でも体が持ちません」


「あれを週に二日、午前と午後に二回ずつやってるエレオノーラはすごいです」


「……本当はエレオノーラさんにも一日一回に収めてほしいんですけどね。もうそんなレベルの申込数じゃなくなってるんですよ」


「マジですか」


「はい。エレオノーラさんが頑張れば頑張るほど子供たちのネットワークで話題になって新規の申し込みが増え、順番待ちが増える状況に」


「ギルドマスター、一度申し込みを制限しては?」


「それはそれで子供たちの不満が爆発します」


「……ほかのギルドって大丈夫なんですか?」


「ギルドによっては定員割れがいよいよ深刻化しているみたいです。僕のところに文句が飛んできますが、『指導員を育てろ』と言い返すとさすがにそれ以上言えなくなるみたいですね」


「……ウサギのお姉ちゃん、大丈夫なんすか?」


「後任、見つけられるかが心配なんですよ……」


「俺らも心配です……」

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