355.難しい『普通の女の子の遊び方』

「エレオノーラさん、魔法研磨がうまくなってきたのです!」


「はい。ボクたちから見てもすごく上手になっています」


「私から見てもわかるくらい上達しているよ、ノーラ」


「ありがとうございます。ニーベ様、エリナ様、ユイ」


 エレオノーラさんが内弟子体験に来て今日で二週間過ぎ。


 最初は弟子たちの気迫に気圧され続けていた彼女も、今ではすっかり落ち着き自分の修行に取り組めるようになりました。


 その結果が魔法研磨の上達です。


「エレオノーラさん、頑張っていますね」


「はい! スヴェイン様がときどき指導されてくれるだけでこんなに効率が違うなんて驚きました!」


「そんな大それたことはしてませんよ。エレオノーラさんの頑張りです」


「そうでしょうか?」


「そうだよ、ノーラ。私から見てもノーラは頑張ってるもの」


「ユイに褒められると照れちゃうな……スヴェイン様、もっと練習したいのですが大丈夫でしょうか?」


「とりあえずあなたは夕食まで見学です。集中力も心配ですし、軽い魔力枯渇の症状も見受けられますよ。夕食が食べられない、なんて状況まで追い込ませてしまうと、今度は僕がリリスに叱られますからね」


「……仕方がありません。では見学しています」


「ねえ、スヴェイン。今度は私の魔法研磨を見てもらえる?」


「構いませんが……原石を砕く癖は直ったのですか?」


「……そこを見てもらいたい」


「仕方がありませんね。ではヒントを。魔法研磨はあくまでもです。あなたは魔力でガリガリ削ろうとしていますが……」


「なるほど! こするようにすればいいんだ!」


「正解です。時間はかかりますが、慣れれば早くなりますし通常の魔法研磨よりも美しく仕上がることもありますよ。頑張ってください」


「わかった、頑張る!」


「はい。無理をしない程度に。ニーベちゃんとエリナちゃんは……」


「負荷付きの高品質ミドルマジックポーション作成がしたいです!」


「お夕飯前とあとで二回試せますよね?」


「……あなた方もやり過ぎです」


 本当に内弟子になってからというもの歯止めがまた効かなくなってきました。


 この子たちを止める方法はなにかないのでしょうか?


 ん、そういえば……?


「エレオノーラさん、明日はギルドの休日ですよね?」


「はい。お休みの日です」


「予定は?」


「特になにも。宝石学の本を読み進めて、リリスさんに家事を少し教えてもらおうかと」


「申し訳ありませんが、明日のおやすみ、一日もらってもいいですか?」


「ええと、なにをすれば?」


「ニーベちゃんとエリナちゃん、それからユイにを教えてください」



********************



 昨日、スヴェイン様からお願いされて健全な遊び方を教えることになったんだけど……具体的にどうすればいいんだろう?


「お待たせしたのです、エレオノーラさん」


「お待たせしました」


「待たせちゃってごめんね、ノーラ」


「ああ、ううん。って皆いつもの格好なんだね?」


 私以外、三人が三人とも普段通りの服装です。


 バリエーションはあるんだけど……どうしてほかの服は着ないんだろう?


「ユイさんの服になれてしまうと、ほかの服はゴワゴワするのです……」


「あとは……防御力がね……」


「ゴワゴワ? 防御力?」


 確かにシャルからって理由でもらったユイの服はとっても着やすいけど、服に防御力って?


「えっとね、ノーラ。あなたも内弟子候補だから話しちゃうけど、私の服って特別な素材にガチガチのエンチャントをかけて仕上げてあるの。だから、普通の服に見えて魔鋼製のフルプレートなんかよりも頑丈なんだよね……」


「え?」


 魔鋼の鎧よりも頑丈な服……。


 そんなのあり?


「できればエレオノーラさんにも着替えてきてほしいのです」


「うん。ボクたちと出歩くとエレオノーラさんにも危険があるかもだから」


「スヴェインのことをよく知っている人なら錬金術師ギルドの紋章が入ったローブに手は出さないはずだけど……よそ者はね」


 スヴェイン様からは『外出するとき、常にローブを身につけるように』とご指導されています。


 それだけでもまだ足りない?


「このローブだけでも足りないの?」


「念のためだよ、念のため。竜宝国家コンソールにはエンシェントドラゴンが守りについている以上、エンシェントドラゴンが飛んでくるはずないけど……」


「可能な用心はできる限るするのです」


「はい。なにかあってからでは遅いので」


「……わかりました。着替えてくるので少し待っていてください」


 遊びに行くだけなんだよね?


 戦場に行くわけじゃないよね?


 私の着替えも済ませ、いざ出かけようとすると皆それぞれ聖獣様に乗り込みました。


 ユイまでスヴェイン様から借り受けているという聖獣様に乗っています。


「……聖獣様に乗っていくの?」


「私たちの外出はいつもなのです」


「今では契約聖獣たちが見えない守りについてくれていますが、余計な怪我人を出さないためにも威嚇は必要だって」


「……目立っちゃうけど我慢して」


「……わかった」


 どうしよう、既にからかけ離れている。


 私、どこに皆さんを連れて行けば?


「あ、あっちの方から温かい感じがするのです」


「本当? じゃあ行ってみようか」


「え、あの?」


「ついていくしかないよ、ノーラ。あの子たちは動き出したら止まらないもの」


 ふたりを追いかけてたどり着いたのはアクセサリーを売る露店です。


 ニーベ様はその中から何の変哲もない銀の指輪を手に取り買うと、それを私に差し出してきました。


「あの、これは?」


「帰ったあとに先生から聞くといいのです。とりあえず、それは私から妹弟子へのプレゼントなのです」


「あ、ニーベちゃんずるい。……あっちからいい感じがする。ボクからもなにか送らなくちゃ」


「え、あの?」


 その次はエリナ様のあとをついていき、平民向けのアクセサリーショップへ。


 そこで少しだけお高めのイヤリングをエリナ様からプレゼントされました。


 やっぱり、帰ってからスヴェイン様に詳細を聞くように教えられて。


 そのあとも、姉弟子おふたりの買い物は止まりません。


 武具屋に入ったかと思うと、『薬草を採取するのに便利です』と言われて採取ナイフをプレゼントされたり、宝石商に行くと小さな欠片のような宝石を大量購入されていました。


 ユイはユイで武具屋では『こう言う武器にあわせるにはああいうデザインもありね』とか、宝石商では『この宝石ならあの色の布地よね』とか完全に職人目線です。


 どうしよう、もう少し女の子目線で楽しいんでほしいのに。


 そんな感じでいくつかのお店をはしごしたあとに昼食。


 さすがにお昼は普通のお店で食べ、デザートまで注文していました。


 ここまで変わったお店に突撃されるとどうしていいのか……。


 昼食を食べ終わったあとは図書館へ。


 ここで女性向けの本を読むのかと思えばすべて薬草学や魔物学の本ばかりです。


 ユイはユイで服飾デザインやアクセサリーデザインの本ばかり。


 あの、もう少し普段のお仕事や修行から離れたことをしても問題は……。


 そして極め付きは宝飾ギルドにまで顔を出したことです。


 私ですら入ったことがないのに姉弟子のおふたりは気軽に入っていくし、ユイもアクセサリーを吟味しながら店内を歩き回っています。


 姉弟子たちは宝飾ギルドのギルドマスター様とも話をしていますし、もうなにがなんだか……。


「うん、今日も一日楽しめたのです!」


「そうだね。今日は掘り出し物探しをしなかったけど、十分に楽しかったかな」


「……ノーラ、大丈夫?」


「……うん、ちょっと自信がなくなってるだけ」


 申し訳ありません、スヴェイン様。


 ユイを含め、この三人に健全な年頃の女の子の遊び方を教えるなんて私には無理です……。



********************



「やはりダメでしたか……」


 夕食後、エレオノーラさんから今日一日の報告を聞き、想像通りの結果となったことを再確認してしまいました。


「申し訳ありません、スヴェイン様。せっかくお願いされたのに」


「いえ、ダメで元々という感じでしたから。それよりもエレオノーラさんの貴重なおやすみを潰してしまい申し訳ありません」


「そんな、恐れ多い。……ところで、ニーベ様とエリナ様からアクセサリーをいただいたのですが、これはなんでしょう?」


 エレオノーラさんが見せてくれたのは、一見何の変哲もないアクセサリー。


 しかし、これはまた、なぜエレオノーラさんに送ったのでしょうか?


「それは『妖精の卵』がついたアクセサリーです。うまく孵すことができれば妖精の力を借りることができるようになりますよ」


「『妖精の卵』ですか? どうすればよろしいのでしょう」


「ゆっくりと温めるように魔力を注いであげるのです。そうすれば、やがて妖精が孵ります。ただし、妖精が孵ったあとももとのアクセサリーを粗末にしてはいけませんよ。妖精たちが逃げて行ってしまいますから」


「それって、常に身につけた方がいいのですか?」


「そこまでする必要はありません。部屋に飾ったりマジックバッグにしまっているだけでも十分です。ときどき磨いてあげるとなお喜びますが」


「わかりました。大切に育ててみます。でも、なぜ急にプレゼントされたのでしょう?」


 さてそれが本当に謎です。


 そんなことをする風習はこの地にはないはず……ああ、シュミットの職人にはあると聞きましたか。


「おそらくふたりはシュミットの職人たちの真似事がしたくなったのでしょう」


「真似事……ですか?」


「はい。ユイから聞いたのですが、シュミットの職人は最初に弟子入りした職人のもとを巣立つとき『妖精の卵』のついたアイテムを渡されるそうです。あのふたりもそれを聞いて真似したくなったのではないかと」


「私、卒業するようなことをなにもしていないのですが……」


「多分、魔法研磨の修行が一段階進んだお祝いでしょう。あまり深いことは考えずにプレゼントはプレゼントとして受け取ってあげてください」


「わかりました。大切に育てて保管します」


「ええ。それからシュミットでもふたつめ以降の『妖精の卵』は自力で見つける事になっています。一度妖精を孵せばなんとなく感覚がわかるはずなので、あなたもを楽しんでみるといいかもしれませんよ」


「……私も段々普通の女の子の遊びを忘れて行きそうです」


「……申し訳ありません」

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