679.滞在六日目:服飾講師訓練所

 昼食を食べ終えいよいよ服飾講師訓練所へ出発です。


 サリナさんは楽しそうにしていますがユイは落ち着きがないですね。


 そんなに心配なのでしょうか。


「ユイ、大丈夫ですか?」


「え、ああ、うん。私、結局講師資格を取って二年で講師も辞めちゃったし……怒られないかなと思うとつい……」


「カラムはそこまで狭量ではないですよ。彼もあなたの報告書は読んでいます」


「シャル様……そうですか?」


「むしろ、帰郷しているのに顔を出さない方が怒られます。不義理だとね」


「そうだと嬉しいのですが……」


「ユイ師匠、元気がありませんね? 普段とは大違いです」


「あなたも私の元を巣立ってから私に会いにくることがあれば気持ちがわかりますよ」


「そうですか?」


「そうです。ああ、緊張するなあ」


「いまから緊張してどうするのです。服飾講師訓練所までもうしばらく時間がありますよ」


「でも緊張するものは緊張するんです、シャル様」


「はあ。お兄様、少し緊張を解きほぐしてあげては?」


「さすがに動いている馬車の中で移動するのは危ないですよ?」


「……それもそうですね」


 緊張しっぱなしのユイを乗せた馬車は服飾講師訓練所まで到着。


 こちらでも名目上はシャルの視察となっているので出迎えが出ていました。


「ようこそおいでくださいました、シャルロット様。そして、お帰りなさい、ユイ。元気そうで何よりです」


「その……カラム所長、お久しぶりです」


「おや、珍しい。あなたがそこまで元気がないとは。昔なら私相手でも臆さず元気いっぱいに返事をしていたのに」


「ええと、その……私、服飾講師訓練所を卒業したあと結局二年あまりで講師を辞めてしまいましたし……」


「ああ、そのことを気に病んでいたのですか。あなたらしくもない。あなたの抱えていた病については私も承知しています。むしろ、防護系エンチャントの腕前だけが伸びなかったことを見抜けなかった私どもの落ち度。あなたに問題はありませんよ」


「ですが……」


「いつまでもくよくよしない! いまでは立派な旦那も持った夫人なのでしょう? 更に弟子まで取っていると聞きます。あなたがそのような態度でどうするのですか」


「……はい」


「やれやれ。本当に調子が狂いますな。そして、スヴェイン様。このお調子者の治療をしてくださった上、夫人として迎え入れてくださったこと感謝いたします」


「僕もアリアもユイには一目惚れでしたから。それから、ユイ。そろそろ復活しなさい。サリナさんもいるんですよ?」


「え、ああ、うん」


「ふむ、そちらの女性がユイの弟子ですか」


「はい。ユイ師匠の弟子、サリナと申します」


「ユイからはなにを?」


「……裁縫の基礎の基礎から生活系エンチャントすべての指導です。私、【付与術】しか使えませんので」


「指導期間は?」


「今年の秋の終わり頃で二年です。正確には正式な弟子に認めていただいたのは去年の夏の終わりでした」


「なるほど。ユイ、あなたもしっかり指導しているではないですか。自信を持ちなさい。それにコンソールでもまだまだ未熟者だった服飾師たちにシュミット式の基礎を一年で叩き込んできたのでしょう? 十分な成果です。あなたはまだまだ下級講師だったのですから、それだけ出来れば褒めることはあっても叱ることなど何ひとつありません」


「ありがとうございます、カラム所長」


「……それにしても〝ホーリーアラクネシルク〟ですか。それが扱えるようになったことだけは同じ服飾師としてどうしても嫉妬します」


「触ってみますか?」


「いえ、やめておきます。聖獣様の生産物と聞きますし文字通り山となっているのでしょうが布を無駄には出来ません。さて、これ以上立ち話もなんです。久しぶりに服飾講師訓練所の中を見て歩きなさい」


「はい!」


「ようやく調子が戻ってきましたな。シャルロット様たちもどうぞ」


 カラム所長に案内されて入った服飾講師訓練所。


 そこは細かく仕切られた部屋の中で裁縫や仕上げを行う訓練生たちでぎっしりでした。


 皆さん目が真剣で鬼気迫っています。


「これが服飾講師訓練所ですか……なんだか怖いです」


「ほほう。さすがはユイの弟子、ここを見て『怖い』と感じることが出来ますか。ここにいる者たちは皆、服飾ギルドを卒業したり各服飾職人の元で修行したりしてきた強者ばかり。そんな者たちが更に上の段階を目指す、そういう場です。ここにいる者はすべて仲間でありライバルなのですよ」


「それでこんなに真剣……」


「ユイが所属していたときはもっと鬼気迫っていましたが」


「ユイ師匠が?」


「当然です。ここに所属している者が講師になるには早い者で六年はかかります。その道程をわずか十一歳で入所試験に合格してきた少女が十三歳、つまり二年で卒業し講師資格を持って飛び出していった。前代未聞の卒業スピードでしたよ。無論、修行内容も厳しかったですが」


「修行内容……どんなことを教えているのですか?」


「基礎的な裁縫術からエンチャント、仕立ての技、魔法布の取り扱いなどです。ちなみに卒業試験で使う布はレインボーウールですよ」


「レインボーウール? 意外と易しい?」


「いえいえ。それをで服に仕立て上げるのです。魔法金属なら取り扱いが繊細になるとはいえレインボーウールを使うのは容易い。ですが、普通の金属では


「え、それじゃあどうやって?」


「そこからは、ユイ。あなたが答えてあげなさい」


 工房ひとつひとつを感慨深く、懐かしそうに見つめていたユイですがカラム所長の言葉で現実に引き戻され、説明の続きを始めました。


「あなたにはまだ教えていない……と言うよりも【付与魔術】がないあなたには無理な技術なので教えませんが、のです。そうすれば布とはさみや針が接触することなく服作りが出来ます。それが答えです」


「そんな技術あったんですね。でも、レインボーウールの素材はどこから? あれは聖獣様の羊毛ですよね?」


「聖獣様である虹色羊の羊毛もレインボーウール素材になりますが、モンスターであるブラッドシープの羊毛も特殊処理を行えばレインボーウールになるのです。昔はそれが一般的でした。もっとも、ブラッドシープから毛刈りをするのも命がけなので非常に高価な魔法布でしたが」


「なるほど。マジカルリネンやマジカルコットンは?」


「それは自生しているものを見つけられるかで決まっていました。マジカルリネンこそここ十数年は栽培可能となっていますが、マジカルコットンはコットンラビット様がいらしてからです。それもシュミット公国では四十羽程度しかいないため生産が消費に追いついていません」


「よく理解できました。ありがとうございます」


「よろしい。ちなみにその上、マジックスパイダーシルクやレッドスパイダーシルクなどは魔物の巣から手に入れる素材になります。魔法布はどこまでいっても高価なんですよ」


「ふむ。きちんと師匠も出来ているようでよかった。いずれはマジックスパイダーシルクなども取り扱わせるつもりですか?」


「どうしたものかと。シュミットでも貴重品ですよね? コンソールに輸出していただけるほどの量を確保できるのかと」


「それは確かに。コンソール付近ではオーガスパイダーやレッドオーガスパイダーの群生地は見つかっていないようですね」


「見つかっていません。そもそも霊木織機や霊木糸車すら作れていないんです。出回るには十年単位の時間を見ないと」


「そちらも険しそうだ。入手可能な霊木は?」


「スヴェインが探せる範囲で見つけられたのは聖獣樹だけでした。もっと深い森林の奥や山奥に行けばあるかもしれませんが……輸送コストに見合いません」


「ままなりませんな。コンソールだけで魔法布を完結させるには十年どころか三十年の時間を見なければいけないかもしれません」


「いえ、十年で完結させます。そのための教育の場を用意している最中ですので」


「……ほう、それは面白そうだ。シャルロット様、その話、私も聞いて構わないのでしょうか?」


「構いませんよ。お兄様もいいですよね?」


「もちろん。どこで話しましょうか」


「では私の部屋で。コンソールも面白い街になりそうですね」


 僕たちの考えている構想、つまり学園国家構想をカラム所長に話したところ、服飾講師訓練所としても乗り込みたいと前向きでした。


 シャルもいっそのことだからすべての講師訓練所を巻き込むかとか言い出しましたし……土地は余っていますけれどシュミット式で侵略するのはやめてくださいね?


 あと、ユイは訓練の休憩時間にこの間会えなかった職人時代の先輩と再会することが出来たようです。


 ユイには先を行かれたけれど絶対に追い越すとも宣言されて。


 ユイも喜んでましたし、服飾講師訓練所訪問はいい刺激になりましたね、

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