346.ウサギのお姉ちゃんと師匠の本

「うーん、宝石を回転させながら削る。つまりふたつの魔法を同時発生。なかなか難しいです」


「あっ! また原石を砕いちゃった……」


 今日も今日とてギルドのお仕事。


 エレオノーラさんは講習会の翌日、つまり見直し日にユイを誘うようになり見直しをなるべく手早く済ませるようになりました。


 そして空いた時間は僕のもとで魔法研磨の学習。


 習ってはいますが、基本的に教えを請うことはせずに自力学習、どうにもならなくなった場合のみ僕に声をかけてきます。


 ユイもまた本気の職人モードで僕のもとへ通うものだから追い返すこともできず、錬金術師ギルドのギルドマスタールームはふたりの学習部屋でもありますね。


 ミライさんも『真面目に勉強してますし、来客時以外はいいでしょう』と言ってますからいいのでしょう。


 そもそも、僕のもとをおとずれる来客などほぼいませんが。


「うーん。どうしてもできません。すみません、ギルドマスター。お手本を見せてください」


「お手本ではなくやり方を学んだ方がいいのでは?」


「ダメです。少なくともここギルド本部では『基礎以外の技は盗むもの』です」


「その基礎ができていないんですよ?」


「……やっぱりですか」


「はい。そもそも魔法を二重発動するのは高等技術。僕やそっちで原石を削っているユイならなんとかなりますが、エレオノーラさんでは不可能でしょう」


「……私、魔法研磨はできないでしょうか?」


「二重発動は上位宝石では必須になりますが、簡単な宝石では必須ではありません。考え方を変えるのです」


「考え方……」


「エレオノーラさん。あなた、純粋魔力だけで宝石を浮かせられますか?」


「その程度ならいくらでも……」


「では。親指と人差し指の間に挟むようにして浮かばせてください」


「……はい、できました」


「では、それに風を当ててください」


「はい……あ! 回転した!」


「以上です。あとは風の刃と風力の強弱で削り方を変えてください」


「……こんなこと気が付きもしなかった」


「……やっぱりサンディさんには〝スヴェイン流〟を一から指導し直してもらいましょう」


 彼女がいないところで彼女の不幸は確定です。


 安らかに眠れ。


「ギルドマスター。ついで……と言っては失礼なのですが、次の質問よろしいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「宝石の〝硬度〟ってあるじゃないですか。魔法研磨ではどの程度が適正なのでしょうか?」


「うーん。それでしたら、この本を」


 僕は書架に収められた本の中から『宝石学』の本を取り出します。


 あまり得意じゃないんですよね、宝石学は。


 ユイではないのですが、僕も純粋魔力を通して宝石の形や硬さを調べますから。


「ギルドマスター! その本って高いんじゃ?」


「ん? 写本ですし大したことないですよ? 実際、申請を出せばいくらでも貸し出し可能ですし」


「えっ?」


「はい?」


 あれ、このことは最初に説明したはずですが……。


 そういえば、誰も借りに来たことがありませんね。


「まあ、いいでしょう。とりあえず、その本を読んでください。宝石の種類や硬度、カットの仕方や処理方法が詳しく載っていますから」


「そういうことでしたら……失礼いたします」


 エレオノーラさんは恐る恐るといった様子で本をめくり始めました。


 写本だから気にしなくていいのに。


「え、これって……こんなにわかりやすく? 図解もたくさん! それに色つきの図まである!?」


「宝石学ですからね。色の判別は大切なんですよ」


「え、ノーラ。見せて見せて」


「うん、ユイ。ほら」


 このふたり、いつの間にこんなに親しく?


 年齢も近いですし、ユイに同性の友人が増えることはいいでしょう。


 できれば、健全な遊び場も教えてもらってほしいところです。


「うわぁ。こんなに詳しくわかりやすいだなんて……スヴェインの書斎にも同じ本があったけど知らなかった」


「ユイも気になる本があったら書斎から持ち出していいですよ。持ち出されるとまずい本は魔法錠のかかった扉の中ですから」


「わかりました。うーん、私はやっぱり服飾しか勉強してこなかったからそのツケかなあ」


「でも、私の服もユイが作ってくれたんだよね? すっごく着やすいし助かってるよ」


「ありがとう。職人冥利に尽きるよ」


「……それにしてもこの本、本当にすっごい。私の買った宝石図鑑がオモチャみたい」


「ねえ、スヴェイン。これの服飾系ってない?」


「残念ながら。僕の手元には僕が得意とする分野……と言うか、弟子に教える範囲の分野しかありません。ほしい場合は師匠にどうぞ」


「え?」


「師匠……って、セティ様!?」


「はい。ああ、著者名が違いましたね。フォル = ウィンドの著作本はすべてセティ師匠の書いた本です」


「うわぁ、うわぁ! 私、見習い時代にお金を貯めて『服飾初級編』だけ買いました! セティ様の本だったなんて……」


 セティ師匠、本当に何でもできますね。


 まさか服飾まで本にできるとは。


「ギルドマスター、ちなみに錬金術の本って?」


「入門編から上級編まで。入門編は魔力水など基礎知識。初級編はポーションなど。以降、中級がミドルポーション、上級がハイポーションです。ただ、中級編以降は完全な製法を載せていませんが」


「あの……読ませていただく事って?」


「いくらでもどうぞ」


「では、失礼します……うわ、こっちもわかりやすい! あれ、でも……」


「基礎はその本ですが、それを応用したのが僕の教えです。似ていて当然ですよ」


「あの、失礼します」


 エレオノーラさんは廊下へ出て行き……第二位錬金術師たちを連れて戻ってきました。


 第二位錬金術師の手には僕の書いた魔力水の作り方があります。


「ギルドマスター、押しかけてすいません」


「いえいえ。何用で?」


「エレオノーラからギルドマスターの師匠の本があると伺い……」


「ありますよ。そこの書架に収められている本、すべてです」


「……マジか。あの、それって高いですよね?」


「コンソールの図書館で買ったときは一冊金貨四枚でした。希少性よりも今のシュミット公国から運んでくることが問題だったようです」


「一冊金貨四枚……あれ? 俺らの給金を考えるとそこまで高くない?」


「馬鹿言え。俺らがいつの間にか高給取りになってるんだよ。普通、金貨四枚の本なんて超高級品だぞ?」


「……だよな? でも旧国の金翼紫どもが書いた本なんてもっともっと馬鹿高かったぞ?」


「あー。確かそれ、資料室の奥にある蔵書保管庫にぶち込まれてたな」


「俺らの金銭感覚も大分ヤバいな……じゃなくて。俺らもその本、読んでいいですか?」


「どうぞ。申請さえ出せば貸し出しもしていますよ?」


「いや、さすがに希少本を……」


「原本は巡り巡って僕の家にある書斎になぜか収まっていますのでご心配なく。写本はギルドマスター用のアトリエにも弟子たちが読むために二冊ずつ置きっぱなしですし、ここにも置いています。希望があるのでしたら、皆さんのアトリエにもすべての本を置きますよ?」


「ああ、いや……とりあえず入門編を貸してください」


「はい。自由に持っていってください」


「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」


 第二位錬金術師たちは錬金術の入門編を持って部屋から出て行きました。


 借りたければいくらでも貸し出したのですが……。


「エレオノーラさん、あれは一体?」


「あの、実はですね。私たち、その書架の本は読んじゃいけないものだとばかり……」


「読まれたらまずいものをその辺に出しておきませんよ?」


「ですよね……」


「とりあえず宝石学の続きをどうぞ。ユイが続きを読みたくてうずうずしています」


「あ、ごめんね、ユイ」


 その後、戻ってきた第二位錬金術師たちのお願いで各アトリエに一セット、魔法学以外の本すべてを置くこととなりました。


 それからは全員で読みあって基礎の見直しや知識の習得をしているそうですが……早く言えばいいのに。

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