459.マジカルコットン:実演

 ユイが織機に糸を通し、布を織るための準備を整えました。


 さて、ここからの作業が本番、どれだけの人がついてくることができるのか。


「では、始めます」


「「「!?」」」


 ユイが機織りを始めると同時にユイと織機から魔力があふれ出しました。


 彼女にしては使をしているので……実演用ですね。


 そのあとも黙々と機織りは進み、やがて一反のマジカルコットンが織り終わりました。


「これがマジカルコットンの機織りです。なにか質問のある方は?」


 ユイが質問を募りますが……半数以上は萎縮しています。


 そんな中、真っ先に手を上げたのはサリナさんでした。


「はい! ユイ師匠!」


「……仮弟子が最初というのが腑に落ちません。ですが、帰ってから聞かれるよりは百倍マシ。変なことを聞いたら下着を脱がしてお尻丸出しのうえで百叩きです」


「ひぃ!? あ、あの……霊木織機って魔導具なんですよね? ユイ師匠の魔力が多いのは知っていますが……私たちでも織れるんですか?」


 ユイはその質問にはすぐ答えず、じっとサリナさんを見つめます。


 サリナさんも冷や汗をかきながら目をそらさずにユイを見ていますね。


「ふむ。いい質問です。先に結論から。織機を最初に発動できれば誰でも織れます。織機を発動できなければその限りではありませんが、発動さえできればあとは決まった手順で織り続けるだけですよ」


「決まった手順……それは?」


「なんでも聞く前に少しは自分の頭で考えなさい」


「はい! ええと、発動自体は魔力を普通に流していた。そのあとは魔力を流し続けて……あれ? 魔力は漏れていたけれど、流し続けていた魔力に足りない? 残りの魔力は?」


「仮弟子、正解です。今回布を織る時はわかりやすいように。ですが、本来なら魔力を漏らさずに布を織るのが基本。自分の体と織機、それをひとつの円として考え魔力を回し続けるのです」


「よかったあ。あ、次の質問が。魔力の循環って魔力操作の延長ですか?」


「はい、それもあっています。自分の両腕を織機と接続。片方の腕から魔力を流し、もう片方の腕から受け取り続ける。言葉にすると簡単ですが、実際にやるのは非常に難しい技術です」


「なるほど、確かに難しそうです。次、質問……」


「あなたばかりの質問を受け付けるわけにもいきません。他の人の質問を受け付けます。それを聞いて自分の中で整理しなさい。その上でどうしてもわからなければ、シュミット講師を頼るように」


「はい……」


 その後もいくつか質問されましたが、ユイの表情は不満げでした。


 仮弟子と呼びつつもサリナさんの的確な質問に比べ、ほかの質問が的外れだったりずれていたりするためでしょう。


「質問時間はこれまで。これ以上質問があるならシュミット講師に聞くように。さて、完成したマジカルコットンで服を作ります。……ああ、仕上げ処理をしていない魔法布なので不用意に触ったら崩れ落ちますよ。くれぐれも勝手に触らぬよう」


 ユイは完成したマジカルコットンを持って作業台へ。


 それにあわせて工房員たちも移動を始めましたが……サリナさんはまたしても最前列を確保していますね。


 あと、ニーベちゃんとエリナちゃんもちゃっかり最前列にいます。


「さて、まずは……型紙を使わないで作れるサイズの服を作りましょう。布裁ちですが、この時点でも注意があります。布裁ちばさみにも適切な魔力を纏わせておかないと布が切った部分から崩れます。それほど大きな範囲は崩れませんが、服にはなりませんので気をつけて」


 僕は身長が低いので椅子の上に立たせてもらいながらの作業見学ですが、さすがはユイですね。


 布裁ちばさみに纏わせる魔力も適切、布を裁つ際にも迷いが一切ありません。


 ユイの作業姿を見る工房員は真剣そのもの。


 ニーベちゃんとエリナちゃんも本気のまなざしです。


 ふたりもユイが作業している姿は見たことがないですからね。


 そのままユイは縫合作業も開始、作業上の注意点も細かく説明します。


 そして、最後はエンチャント。


 二重エンチャントしか行わず、最後に仕上げ処理……魔力布を崩れさせないための魔力固着を行って作業終了です。


 ユイも人のことをとやかく言えないくらい意地が悪いじゃないですか。


「以上が魔力布を使った一連の服作りです。質問は?」


「はい!」


「……また、あなたが最初ですか」


 真っ先に手を上げたのはサリナさん。


 ニーベちゃんとエリナちゃんも聞きたそうにしていましたが、さすがに畑違いなのはわかっているので帰ってから聞くつもりでしょう。


 彼女たち、服飾まで手を出さないですよね?


「ユイ師匠! 最後の処理ですが、エンチャント前に行ってはいけないのでしょうか?」


「ダメです。魔力固着を行ってしまうとエンチャントがかからなくなります。無理にエンチャントを行おうとすれば魔力固着が剥がれますよ。再度固着し直せば問題ありませんが、固着が剥がれたかどうかを見極めるのは難しい。エンチャントの負荷で布が崩れる恐れも考えれば作り直した方がマシです」


「わかりました。あと、師匠の腕ならエン……」


「あなたの質問ばかり受け付けないとさっきも言ったはずです。これ以上はシュミット講師に聞くか帰ってから聞き直しなさい」


「はい……申し訳ありません」


 ユイ、エンチャントの時に手を抜いたことがばれないように質問を遮りましたね。


 当然です。


 


 その後もいくつかの質問が出て午前は終了。


 各自が食堂に向かい昼食休憩です。


 サリナさんはここでもユイに食い下がって質問しようとしましたが、一蹴されていました。


「ユイ。もう少し優しくしてあげてもいいんじゃありませんか?」


「ダメだよ、スヴェイン。あの子、甘えは抜けてきているし他人の技を盗む技術も覚えた。でも、まだまだ足りないんだから」


「そろそろ『仮』を取ってあげては?」


「免状を取ってきたら正式な弟子にしてあげる」


「本当に厳しい」


「甘ったれた期間が長すぎたもの、当然」


「……それで、ユイは携帯食料で食事を済ませてなにを準備しているのですか?」


「見てのとおりマジカルコットンの糸。午後は誰かにマジカルコットン作りを実践させるつもりだから」


「本当に厳しいですね」


「職人の私はだから」


「……糸紡ぎの作業、見ていてもいいですか?」


「小細工はしないよ? サリナの糸みたいな低品質にはしないけれど私たち基準の高品質にもしないから」


「いいじゃないですか。弟子たちも物珍しさに釣られて食堂に行きましたし」


「まあ、いっか。午後も手出し口出し無用だからね?」


「わかっています。お姫様」


「もう」


 さて、午後からの実践練習。


 どうなることでしょう?

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