458.マジカルコットン:実演準備

 夕暮れ時になりお尻を散々蹴り上げられた工房員たちは解散。


 それぞれお尻の痛みを抱えながら帰路へとつきました。


 僕とセシリオさんはコットン・ラビットたちともう少しだけ話し合いがあるのですが。


「さて、セシリオさん。この魔綿花、どのくらいいります?」


「ああ、いや。どのくらいと聞かれましても……困りましたな。この様子では、工房員を総出にしても畑一面を採集できませんし」


「プー」


「クー」


「……失礼。コットン・ラビット様たちはなんと言っているのでしょう?」


「おそらく、明日以降は綿花を取るのも自分たちの仕事だから邪魔をするな、と言いたいんだと思います」


「それはありがたいのですが……素材だけそこの箱に入れていただけるのですかな」


「クー!」


「……スヴェイン殿」


「多分、場所さえ教えてくれれば、街中まで届けてくれるんじゃないかと。これから服飾ギルドまで案内し、素材箱をそこに設置し直せば毎朝そこに魔綿花が大量に放り込まれています」


「毎朝、ですか」


「毎朝です」


「それは……素材箱がいっぱいにならないのでしょうか?」


「セシリオさんだから教えます。その素材箱、容量五百倍です。綿花を大量に入れられてもよほどのことがない限りあふれません。あふれたら……服飾ギルドの責任で」


「……かしこまりました。正直、毎朝どれだけの素材が手に入るかも恐ろしい。最初の頃は手加減してもらいたいものです」


「プップー」


「おそらく、了解したと言っています。今日の大量生産である程度満足したのでしょう」


「物作りの聖獣様とは気難しいですな」


「なにを考えているか考えるだけ無駄です。話し合いも終わりましたし、ウサギを連れて服飾ギルドへ戻りましょう」


 僕たちはコットン・ラビットを何匹か連れてコンソール市街にある服飾ギルドまで戻ります。


 その門をくぐり抜けた敷地内、服飾ギルド建物の真横に素材箱を置くと、何羽かのコットン・ラビットを残し残りは帰っていきました。


「スヴェイン殿、この残ったコットン・ラビット様は?」


「おそらく、関係ない人間が魔綿花を盗み出さないようにするための見張りでしょう。魔綿花を取り出すときはセシリオさんが直接取り出すか、セシリオさんが取り出す係を事前に紹介するかしないとその辺に転がされることになります」


「わかりました。しばらくは私が直接管理いたします」


「セシリオ様、もうひとつお願いが」


「ユイ師匠、なんでしょうか?」


「明日、マジカルコットンの機織りから服作りまでの実演をいたします。糸紡ぎまでは普通の糸車で通常の糸と同じように行えますので先に用意をお願いいたします」


「承知いたしました。明日の何時くらいに?」


「そうですね……九時くらいにいたします。そうすればお昼休み前に一回機織りと簡単な服作りを実演できますので」


「ではその前に用意を済ませておきます。用意するものはほかにありますか?」


「機材は私が持ち歩いていますので大丈夫です。糸さえあればあとは私が」


「はい。それではお願いいたします」


「それでは、また明日」


「僕も念のため様子を見学に来ます。アリアは来ないように言い含めますが、弟子ふたりは連れて来ようと考えています。邪魔はさせませんので構わないでしょうか?」


「ええ、大丈夫です。明日はよろしくお願いします」


 明日の予定も取り付けたので僕たちは帰ることになりました。


 明日は来るな、と言われたアリアはふくれっ面をしていましたが少し抱きしめてあげれば機嫌を直してくれましたし、弟子たちも新しい技術に興味津々です。


 ただ、コットン・ラビットに何度もお尻を蹴り上げられていたサリナさんはつらそうで、僕の傷薬を支給してあげようとしたらユイに止められました。


 サリナさんはユイにすがりつきましたが、『この場でお尻を丸出しにして乙女の恥ずかしいところどころかお尻の穴まで見られながら治療を受けたいですか?』と脅されたら泣きながら謝って自室に戻っていきましたよ。


 ユイ、少しは手加減しましょう。


 翌日、約束の時間になって服飾ギルドを訪ねると……やはり皆さん椅子に座るのがつらそうです。


 ユイは既に職人モードに入っているのでそんな些細なことは無視し、セシリオさんから魔綿花の糸……マジカルコットンの糸を預かりましたが。


「ふむふむ。まだ作りが荒いですが……仕方がないでしょう。魔綿花と綿花では扱い方が違いますし、シュミット講師から指導を受けながらでもこれだけのものを作れたなら十分合格点です」


「よかった……」


 安堵の息をこぼしたのは……なぜかサリナさんでした。


 これ、サリナさんの作品でしたか。


「仮弟子。あなたが作ったんですか?」


「はい! 私が作りました!」


「失敗は?」


「していません! それが最初です!」


「……まあ、認めましょう。今後は嫌になるくらい魔綿花が大量入荷します。シュミット講師から認められた人はそれを使い、ひたすらマジカルコットンの糸を作るように。出来映えが十分なら交易品になります」


「え、交易品? のではなく?」


「魔法布が高いのは扱える職人数の問題もありますが、素材の少なさの問題が更に大きいです。この国では……想定を遙かに上回る魔綿花畑ができてしまいました。シャル様が認めるだけの品質になればシュミットに売ることだって夢ではないですよ」


「すごい……シュミットに売れるものが作れるだなんて」


「こんな低品質なものじゃ買ってもらえませんけどね。これなら魔綿花を直接買ってもらう方が早いです」


「……ですよね」


「現実がわかったならたゆまぬ精進を。さて、これからマジカルコットンを織ってみせましょう」


 ユイが取り出したのは


 マジカルコットンを織るだけならで十分なんですが。


 これを見てサリナさんだけではなく、ほかの同じ織機を見たことがあるはずの職人たちも目を見張ります。


「あ、あの。ユイ師匠。その魔力に満ちた織機は?」


「あなたでもその程度の魔力視はできるようになりましたか。これは聖獣樹の織機。その名前の通り、聖獣樹を加工して作った織機です」


「聖獣樹……そんなものがないとマジカルコットンって織れないんですか?」


「いいえ、違います。本来なら、もっと低位の霊木織機……霊樹の織機くらいで織ることができます」


「え、じゃあなんで聖獣樹の織機を?」


「今後も含め、この街で一番簡単に手に入る霊木織機が聖獣樹の織機だからです。私やスヴェインが調べた限り、この近辺で霊木は聖獣樹しか手に入りません。手に入れようとすればどこか離れた街から交易で手に入れる必要があります」


「ええ……でも、聖獣樹の織機って相当難しいんじゃ?」


「はい、霊木織機は難しいです。でも、練習するだけの手間暇をかけるなら織機職人に腕を磨いていただき、最初から聖獣樹の織機を作っていただいた方がマシです。ほかにも様々な上位魔布や金属布を作るためにも使えますから」


「あの……ユイ師匠。ちなみに、それって金貨何枚ほどで買えますか?」


「私がシュミットで買ったときは白金貨五十枚でした。これだって、コンソールへと講師に来ることが決まった際に無理を言って特別に譲っていただいたものですよ?」


「……私の考えが甘すぎた」


「そう感じたのならもっとあがきなさい。さて、仮弟子との会話が長くなりました。これからマジカルコットンの織り方を実演します。もっと近くで見て構いませんのでこちらに来なさい」


 その言葉を皮切りに一斉に動き出す工房員たち。


 サリナさんもそのひとりで、最初から近くにいたため最前列にいますね。


「……仮弟子が最前列というのが気に食いませんが、まあいいでしょう。これからマジカルコットンの織り方をみせます。霊木織機は魔導具の一種。危険なので織り始めたら一切手が触れないように気をつけなさい」

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