636.見習い錬金術師 トモ 15
「ネーヴちゃん、なにを悩んでいるの?」
ネーヴちゃんはエンチャントの価格表を見ながら悩んでいるみたいだけど……どうしたんだろう?
「あ、うん。とりあえず、【防汚】【防水】【防寒】【柔軟】【頑丈】はかけてあげたいと思うの。これだけで金貨六枚なんだけど」
「「金貨六枚!?」」
「これでも安い方だよ? 街中でエンチャントが三つかかっている子供服を買おうとしたら、それだけで金貨六枚とかになっちゃうもの」
「でも洋服代とあわせたら金貨七枚と大銀貨八枚だよね? お給金ほとんど全部使っちゃうよ?」
「初月の給金……というか、ある程度お金が貯まったらまずはジェニーの服を買うつもりだったから。ただ、あともうひとつが悩んでいて」
「あともうひとつ?」
「この【伸縮】ってエンチャントにするか、【シミ抜き】ってエンチャントにするか迷っているの。どっちか片方しかかけられないそうだし……」
「効果は?」
「【伸縮】は着ている人の動きに合わせて布が伸び縮みするんだって。【シミ抜き】はその名前の通り、シミができてもとっても落ちやすくするらしいの」
「……【シミ抜き】一択なのではないですの?」
「うーん、そうなっちゃうよね。ジェニーも長く着たいみたいだし」
「決まりましたか?」
「【防汚】【防水】【防寒】【柔軟】【頑丈】【シミ抜き】。これら全部かかりますよね?」
「はい。結構ぎりぎりですがかかります」
「ぎりぎり?」
「ああ、いえ。こちらの話です」
「それじゃあ、このエンチャント全部お願いします」
「わかりました。でも……全部で金貨八枚と大銀貨八枚ですよ? 錬金術師ギルド本部勤めでも初月は厳しいんじゃないですか?」
「お母さんからはまだ家にお金を入れなくてもいいって言われているので。残りは銀貨とか小銭しか残らなくなっちゃいますけど、ジェニーには喜んでもらいたいですし」
「わかりました。ナディネ、お会計を」
「はい。金貨八枚と大銀貨八枚。確かにちょうだいいたしました」
「では、私の番ですね。えい!」
サリナ店長が気合いを込めて魔力を流すと服全体を魔力が包み込んで魔力が六回浸透した。
そのたびに光っていたし、これがエンチャントを施すってことなのかな?
「それでは、【防汚】【防水】【防寒】【柔軟】【頑丈】【シミ抜き】のエンチャント終わりました。ご確認を」
「はい……確かに【防汚】【防水】【防寒】【柔軟】【頑丈】【シミ抜き】のエンチャント確認しました。サリナ店長ってすごいんですね。その若さでこれだけのエンチャントを施せるだなんて」
「いえ、私は師匠や環境に恵まれていただけですから。いま、服をしまう紙袋を用意しますので少々お待ちを」
サリナ店長は謙遜していたけど……師匠や環境に恵まれていただけじゃこんなことはできっこない。
きっとサリナ店長も頑張ってきているんだ。
「お待たせしました。ジェニーちゃん、そのワンピースは寒くなった時期のものだからね? いまから着て歩いちゃダメだよ」
「うん! ありがとうございます!」
「どういたしまして。それで、刺繍はどこまで進んだの?」
「ここまで進んだ!」
「うわあ、綺麗になってきたね!」
「うん、頑張ったの!」
「じゃあそろそろ縫い物を始めようか。道具は準備してあるから時間のあるときに来てね?」
「はい! よろしくお願いします!」
「よしよし。それで、お友達のお二人はなにか買って行かれますか?」
「ええと、私たちは弟も妹もいないので……」
「あわよくば私たち用の服があればと考えていたのですが、さすがにありませんわよね」
「……ふむ。錬金術師ギルド本部付き錬金術師なんですよね?」
「ええと、今のところは、ですが」
「なるほど。少し待っていてくださいね」
サリナ店長は店の奥の扉、おそらく家の中に通じる扉を開けると中に入っていき、しばらくすると女性エルフをひとり連れて戻ってきた。
この人、誰だろう。
「この子たちが、スヴェインの城に招かれている錬金術師の卵ですか」
「はい。少なくともジェニーちゃんのお姉さんは一カ月目で金貨八枚と大銀貨八枚を稼げるだけの腕前を持っています」
「なるほど。あとは心構えさえしっかりしていれば本部から追い出されることもありませんね」
「あの……失礼ですが、あなたは?」
「ああ、申し遅れました。スヴェインの第二夫人でサリナの師匠、ユイと言います」
「スヴェイン……ギルドマスターの奥様!?」
「これは、とんだご無礼を!?」
「気にしないでください。スヴェインはこの程度のこと気にしませんので。さて、サリナ、私を呼んだ理由は?」
「はい。例の布に【自動サイズ調整】をかけてケープコートを作ってあげればこの子たちの服も私のルールに反しないんじゃないかと」
「……ふむ。スヴェインの城に招かれていると言うことは十三歳以上なのでしょうが、全員背が低い。その上で例の布を使い大きめのサイズでケープコートを作りますか。それならばあなたのルール、〝子供服専門〟からも逸脱しないでしょう」
「やった!」
「ですが、例の布を使うとなると相応の金額にしなければなりません。この子たちに支払えますか?」
「ええっと、【自動サイズ調整】【汚れ完全無効】【破断無効】【快適温度常備】【耐寒】【耐暑】【伸縮】【柔軟】【防水】をかけてあげたいんですけど」
「事前にエンチャント内容を相談したことは褒めてあげましょう。ですが、高度エンチャントも含む九重エンチャント。安くはできませんよ?」
「……やっぱりダメですか?」
「当然です。あなたのことですから商品見本となるケープコート自体は作ってあるでしょう。それを見せてあげなさい」
「はい……でも、それって余計期待させません?」
「それはこの子たちが決めることです。早く商品見本を」
サリナ店長はまた奥の工房へ戻っていき、奥から一着のコート、ケープコートを持って来た。
私たちの体のサイズには少し小さめだけれど……それでもまだ着ることができそう。
「とりあえず、それを着てみて。【自動サイズ調整】と【伸縮】だけはかけてあるから」
「はい……あれ、コートが大きくなった。それに伸び縮みする」
「服のサイズが変わるのは【自動サイズ調整】の効果なの。これがかかっていればある程度のサイズは大きくなったり小さくなったりできるから」
「へー。指輪以外にもかけられるんですね」
「布にかけるにはそれなりに難しいらしいよ。他の子にも着させてあげて」
「あ、はい。ネーヴちゃん、どうぞ」
「うん。うわあ、体にぴったりフィットして動きやすい」
「ネーヴちゃん、早く私にも貸してくださいな」
「うん、メアリーちゃんも試してみて」
「はい。これは……とてもいいですわ!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。でも、師匠。さっき言った場合のお値段っていくらになりますか?」
「例の布を使うのです。最低価格が金貨五十枚スタート。それに【汚れ完全無効】【破断無効】【快適温度常備】の技術料を上乗せして金貨八十枚です」
「「「金貨八十枚……」」」
ほしいけれど……コート一着にそのお値段はきつい……。
諦めるしかないかなあ。
「勘違いしているようですが、本部勤めをしている限りあなた方の稼ぎなら無駄遣いしない限り秋の中頃までには貯まるでしょう。それに先ほどあげた三種類のエンチャントをかけておけば、ワインだろうと汗染みだろうと血だろうと汚れることはなく、木片だろうとはさみだろうと破れることはなく、コート内は常に快適な温度が保たれます。【耐寒】と【耐暑】もかけられるので一年中着ていられるコートになるでしょう」
「本当ですか?」
「ええ、本当です。特注品になるので完成は発注からしばらく待っていただきますが、支払う金額に見合ったものを約束いたしましょう」
「……どうする、ふたりとも?」
「うーん、お金が貯まったら考えてみよう?」
「そうですわね。金貨八十枚なんて大金、早々に貯まるはずがありませんもの」
「発注は気が向いたらで構いませんよ。とりあえず、この弟子には許可を出しましたから」
「だって。お金が貯まったら考えてみてね」
「「「はい」」」
金貨八十枚かぁ……。
金銭的な目標はできちゃったけど、そんなに貯まるのかな?
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