570.『スキル限界』と『スキル進化』
「打ち止めが近いとはどういう意味かね、錬金術師ギルドマスター」
医療ギルドマスターが重々しく聞いてきますが……答えは変わらないんですよね。
「皆さん、【付与魔術】って覚えてますか?」
「なに?」
「それは……」
「覚えておりませんな……」
「そこが『スキル限界』の打ち止めです」
「詳しく話せるか?」
「ええ、もちろん」
さて、一拍間を開けて話してしまいましょう。
「スキル【付与術】と【付与魔術】では大きな差があります。それは施せるエンチャント容量の限界値、すなわち一定以上のエンチャントは必ず失敗するということになります」
「具体的には?」
「まずはどんなものにでも付与可能な【自己修復】これができません。これは容量こそそれほど使いませんが、高等エンチャントです。【付与術】の範囲では扱えない。【エンチャント強化】も同様ですね」
「もっと具体的な例はないのでしょうか。例えば鍛冶だと……」
「鍛冶ですと、【尖鋭化】と【頑強化】が限界ラインかと。【斬影剣】や【浄化】は不可能ですね」
「服飾は?」
「生活系エンチャントならほぼかけられます。ただ、防護系エンチャント、【斬撃耐性】や【衝撃耐性】はおそらく無理でしょう」
「宝飾でございますといかほどになりますか?」
「うーん、おそらく【生命力上昇】くらいから不可能なはずです。【体力上昇】の上位エンチャントですが段階的には数段階上ですし」
「しかし、ビクトリアは……」
「彼女たち、全員【付与魔術】持ちなんですよ。優秀すぎるが故に迫害を受けていた、というのもあながち間違いじゃなかったんです」
そこまで話せば評議会場は静まりかえりましたね。
旧国では【魔力操作】すら軽視されていたのです。
その先にある【付与術】なんて鍛えているはずもない。
「……気持ちを切り替えよう。そこまでのエンチャントはいけるのだな」
「はい、そこまでならいけます。逆に言えば講師陣の指導もそこまでいったら、エンチャントの指導はストップして細かい技術のみの指導に移り変わるはずです」
「となると、差別化はやはりエンチャント容量だったか。それの見極めをどこまでできるかだな……」
「それだけではありませんよ。エンチャントの相性によってはかける順番を間違えたらかけにくくなったり、そもそも不可能になったりする事がありますから」
「……そういうこともあるのか?」
「はい。鍛冶で言えば【鋭化】と【硬化】、【斬撃強化】を同時に施すときは今上げた順番じゃないといけません。【斬撃強化】を初めにやると残りふたつがかからず、【鋭化】と【硬化】を入れ替えれば【鋭化】がかかりません。この程度の知識は講師が教えているはずです」
「確かに、習いましたね」
「あと、服飾で言えば【防寒】と【防暑】。これも同時に施したいなら【防寒】が必ず先です。【防暑】のあとで【防寒】はかかりません」
「……それは初耳なのですが」
「……戻ったらこっそり講師陣に教えて広めるように指示してください。この事を伝え忘れていたことをユイが知れば、講師陣全員を工房で全裸にしたあげくお尻百叩き確定なので」
「承知いたしました」
「ということは宝飾にもあるのですかな?」
「申し訳ありません、宝飾はあまり詳しくないのです。いつも魔法金属と宝石に頼って基本的な相性無視のエンチャントしかしないので。ただ、必ず法則はあるので戻ったら講師陣に確認をお願いします」
「いえ、それだけの情報がわかれば十分でございます。感謝いたしますぞ」
うーん、宝飾の相性も知っておくべきでしょうか?
ただ、魔法金属をふんだんに使い武具錬成で作ってしまう僕の場合、相性も変わっているはずだし……難しいです。
「それで、これ以上『コンソールブランド』を発展させるにはどうするべきかね?」
「わかりやすいのは『サリナのお店』ですね。彼女は買っていく商品に対してエンチャントの最大容量を量り、それの範囲内で可能な範囲のエンチャントを別料金で付与しています。一般的な街の『コンソールブランド』の値段が高い理由は見極めが甘く、容量を限界まで使えていないか容量の限界を超えエンチャントに失敗しているかのどちらかでしょう」
「つまり、サリナと同じサービスをすべてのお店で施せるようになれと?」
「すべて、とは言いません。ただ、一流の仕立屋では扱えるべきでしょうね。〝シュミットの賢者〟の教本には講師陣から教えられていない様々な生活系エンチャントも載っています。それを読み解き、エンチャント容量を見極められるようになれば、一生ものの服だって作れますから。破れなければ」
「なるほど。買った商品に好きなエンチャントを必要なものだけ追加料金を支払いかけられる。最高の『コンソールブランド』だな」
「そうなります。サリナさんの師匠がユイであることも要因ではありますが、サリナさんはとにかく〝シュミットの賢者〟の服飾学で勉強を続けてきました。特殊な服以外なら見極めを失敗することもほぼないでしょう」
「しかし、それだけではいずれエヴァンソンに並ばれます。それはどうするべきか」
「そこで出てくるのが、【スキル進化】です」
「スキル進化……【鑑定】が【神眼】になるようなものか」
「はい。【付与術】が進化すれば【付与魔術】です。幼い頃から【付与術】を安全な範囲で学ばせて条件を達成……【付与術】を限界まで鍛えてから『星霊の儀式』に臨むことで【付与魔術】が手に入ります」
「しかし、子供にどうやって付与魔法を……」
「でしょうね。なので考えた教育法がこれです」
僕は『ストレージ』の中から本を、子供向けの技術書を取り出し皆さんの元に配りました。
最近は『ワープ』で配ってもそういうものだ、と受け入れられてしまっています。
「これは……『【瞬光】の使い方』?」
「中身も非常にわかりやすく……エンチャントがひとつだけ載っていますね」
「エンチャント名【瞬光】、効果は魔力を流すと一瞬だけわずかに光る。そしてエンチャントが消える。ですか」
「これもシュミットの教材でございましょうか?」
「いえ、僕の手作りです。著者が『ゼファー』になっているでしょう?」
「うむ。確かに」
「その【瞬光】というエンチャントも古代文明から復元した
「……なるほど、確かにこれでしたらお子様たちでも興味を持ってエンチャントを施してくれますね」
「手引きもわかりやすく付与される内容も単純。そして、付与された結果を発動させても安全です。そして、発動すればまた消えるので何度でも付与を試すことになる。実にいい教材だ」
「スヴェイン、こんな技術書があったなら……俺らの準備ができていなかったな、うん」
「そういうわけです。子供に物ごとを教えるには、まず大人の準備が必要なんですよ」
「しかし、これだけの技術書だ。これを使って【付与術】をマスターするまでいかほどの時間がかかる?」
「試したことがないのでなんとも。ただ、【付与術】も上がりやすいスキルです。マスターするだけなら毎日練習し続ければ三ヶ月で可能かもしれません」
「我が国で『星霊の儀式』を行うのは夏の二月目。来年十歳になる子供たちに配布しても今ならまだ間に合うか」
「はい。僕の見立てが間違っておらず、子供たちが毎日飽きずに練習を繰り返してくれれば間に合うでしょう」
「よし、採決だ。この本の全子供たちへの配布に異議のあるものは挙手を」
この提案、異議のあるギルドは……どこもありませんでした。
あとは注意点と補足事項だけですね。
「注意点として簡単なエンチャントとは言え魔力を消費します。魔力枯渇には気を付けるように配慮をしてあげてください。あと、最初は付与に成功したかどうかを鑑定できません。でも、興味を持って鑑定し続ければエンチャントの鑑定もできるようになると記してあります」
「つまり、【神眼】への道を指し示す技術書でもあるわけか」
「子供たち。特に幼い子供たちが様々なものを鑑定し、いろいろな結果がわかれば面白がって止めないでしょう。問題は魔力枯渇ですけどね」
「……その可能性、否定できませんな」
「子供たちのことは聖獣たちが特に気にかけていますが、大人たちも気にかけるように手配を」
「わかった。そのように手配しよう」
「スヴェイン、やっぱりお前はいろいろと隠し球を持ってるな。ほかにスキル進化の隠し球はないのかよ?」
「この場で明かせるものはありませんね。進化できるスキルってあまり多くないですし、生活……というか将来的に渡ってどの職種でも有効なのは【神眼】と【付与魔術】なんですよ」
「なるほど。ちなみにシュミットではどうやって鍛えているのかね?」
「さあ? ユイなら知っていそうですが……彼女なら服飾系の初級エンチャントから始めたと言い始めそうですし」
「この技術書、公太女様に売らねえのか?」
「もう売りつけてきました。対価も用意してくれるのを約束してくれましたが、もっと早く教えろと文句代わりの大魔法が数発飛んできましたよ」
「仲がいいのか、悪いのか……」
「ともかく、今の時点で渡せる技術書はこれくらいです。ぜひ有効活用してください」
「そうさせていただく。スヴェイン殿の学園国家案も出そろったことだ。本日のギルド評議会はこれで解散とする」
さて、これで次の世代からになりますが更に上位のエンチャントを目指すための土台もできてきました。
あとは……更に複雑になってしまった学園国家の模型をアリアが再現できるかですね……。
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