273.『宝石保護』『圧力分散』

「ふむ。今のシュミットでは魔法研磨をそうやっているのですか、実に興味深い」


 今日は錬金術師ギルドの方には一日休みをいただき(一番悲しがっていたのがミライさんなのは捨て置いて)サンディさんに『魔法研磨』の実演をしていただいています。


 お題はアレキサンドライト。


 この原石を見た瞬間に『無理です!!』と叫ばれましたが何事も挑戦、お願いして引き受けていただきました。


 ただ、サンディさんが来ていることは宝飾ギルドへとすでに伝わっていたのです。


 でも、そのサンディさんがということもあり、宝飾ギルドがコウさんのお屋敷に乗り込んでこようとしました。


 仕方がないので実演場所は宝飾ギルド内です。


「……申し訳ありません。アレキサンドライト、傷だらけです。罅までは入る不始末。どうかお許しを」


「いえいえ。無理をお願いしたのはこちらの方。それに挑戦する意思がなくては先に進めませんよ?」


「ありがとうございます……ですが、アレキサンドライトは自分より三枚は格上です」


「では、これを研磨できるように頑張ってください。小粒な石でよければ練習用に差し上げますので」


 僕のその申し出に湧き出す……いえ、騒ぎ始めたのは宝飾ギルドに来ていたシュミットの講師たちでした。


「サンディさん! いくらあなたとはいえ抜け駆けは許せません!!」


「そうです! 私たちだってスヴェイン様から融通していただけるのは純オリハルコンだけなんですから!」


「高級宝石を魔法研磨で鍛える機会など……なぜ、我々はシュミットにいなかったのか!?」


 その言葉を聞き宝飾ギルドのギルド員たちにも混乱が走り始めます。


 当然でしょうね、普段は上品で皆の憧れであるシュミット講師陣が取り乱しているのですから。


「……わかりました。あなた方にも練習用の小粒な石でよければお売りします。ただし、腕前的に無理な宝石は買っていかないこと。僕だってこの街から出歩けなくなって以降、なかなか宝石調達が難しくて頭を悩ませているんです」


「スヴェイン様はどうやって宝石調達を?」


「拠点の鉱山で探していました。最近は僕が帰ることができないので代わりに聖獣や精霊たちが掘ってくれていますが、僕が掘っても聖獣たちが掘っても良質で大粒な石はなかなか出ません」


「本当でございますな、スヴェイン様?」


「本当の本当に宝石を買いに行きますよ?」


「私たちでも練習用の石となると、商業ギルドを介して一カ月に数個手に入れば運がよかったレベルです」


「ええ。その代わりコウさんのお屋敷やサンディさんに迷惑はかけないこと。サンデイさんには弟子たちの指導に集中していただきたいので」


「かしこまりました」


「節度は守ります」


「その代わり、約束の遵守は忘れずに」


「はい。ほしければ錬金術師ギルドまで。それでは帰りましょう、ニーベちゃん、エリナちゃん、サンディさん」


「はいです!」


「いいものを見せていただけました」


「……こんな不甲斐ない姿を『いいもの』と言われてしまう自分が恥ずかしい」


 宝飾ギルドの騒ぎは……宝飾ギルドの講師に任せましょう。


 とりあえず、コウさんのお屋敷にあるアトリエまで戻ったら次の作業です。


 ……その前に。


「サンディさん。そのアレキサンドライトは差し上げます」


「い、いえ! このような高価な宝石いただけません!」


「それはあなたが磨き上げたものです。教訓にするもよし記念にするもよし、好きにしてください」


「……うぅ、さすがは『努力の鬼才』、容赦がない。わかりました、自分の未熟を忘れないための戒めにします」


「結構です。さて、弟子たちを待たせてしまいましたね。次の秘術……というか、いままで教えてきた技術の延長線上にある技を教えましょう」


「はい!」


「次はなんですか!?」


「『付与魔術』です。ああ、エンチャントも教えますがそちらではありません。


「おお、遂に!」


「いままでは下位魔法ばかりでしたから!」


「あ、あの、それって私が見てはまずいのでは……」


「サンディさんにも覚えていただきます。【付与魔術】のスキルは持ってますね?」


「はい。レベル30を超えているとだけ」


「十分です。……とはいえ、いきなり高位魔法を教えるのは危険ですね。あなた方のことです、技術を覚えて素材があればすぐに試したくなるでしょう?」


「な、なんのことですか?」


「そ、そんなことは」


 思いっきり目をそらす弟子ふたり。


 もう一年にもわたる付き合いです、考えなどお見通しですよ。


「なのでまずは下位魔法の復習も兼ねて『宝石保護』や『圧力分散』の知識と技術です。それが完了し、魔法研磨ができるようになったら高位魔法に進みましょう」


「本当です!?」


「頑張って覚えます!!」


 現金な弟子です。


 あ、目を輝かせている方がもうひとり。


「『宝石保護』、『圧力分散』……どちらも最上位ジュエリストしか閲覧を許されていない知識を教えていただけるなんて……」


「サンディさん? 夢見心地なのはいいですが、戻ってきてください?」


「はっ! 申し訳ありません。つい……」


「まあ、いいでしょう。僕の教え方はあまりよくないと何度もお説教をされてきていますが、時間もないので答えから。まずは『宝石保護』をやります。ニーベちゃん、『ライト』用の水晶を」


「はい!」


 ニーベちゃんは自分の机から大急ぎで水晶を複数個持ってきました。


 自分たちも試す気満々ですね。


「では『宝石保護』の実演から。ゆっくりやります。三人とも、よく見ていなさい」


「「「はい!」」」


 ……弟子がもうひとり増えた気分です。


 さすがはシュミット、新しい知識と技術には貪欲。


「……できました。さすがにこれ以上ゆっくりやると宝石が壊れます」


「うー。ゆっくりなのはわかりましたが……」


「ボクたちが再現するにはまだ……」


「私ならできそうですね」


 さすがはサンディさん。


 シュミットの講師だけはあります。


「では、サンディさん。どうぞ」


「はい。さすがにゆっくりやると宝石を壊しそうなので手早くやってしまいます。構いませんか?」


「はいです」


「それでも勉強になります」


「それでは……えい!」


 ……さすが、シュミットの講師。


 一回見ただけで成功ですか。


 いやはや、呼び寄せた価値があるというもの。


「見えましたか、ふたりとも?」


「速かったです。でもスヴェイン先生よりわかりやすかったのはなぜですかね?」


「ボクもそう感じました。不思議です」


「えぇ……スヴェイン様、私、失敗してますか?」


「いいえ、失敗していませんよ。おそらく、僕の魔力パターンが影響しているのでしょう」


「スヴェイン様の魔力パターン?」


「はい。セティ師匠に言わせると僕の魔力波長は『清流のごとく綺麗で穏やか、故につかみ所がない』そうですから」


「……それっていいことでは?」


「セティ師匠は調律に苦労していました。ですから」


「一概に穏やかなものがいいというわけではないと」


「はい。さて、ふたりとも。『宝石保護』のやり方は理解できましたね?」


「「はい!」」


「では実践です。水晶ならたくさん買い置きがあるでしょう? 失敗を恐れずに頑張ってください」


 ふたりは早速とばかりに水晶を持ち出し『宝石保護』を試し始めました。


 そして何十回と失敗と成功を繰り返し段々精度を増していきます。


「スヴェイン様、本国からもうひとつ取り寄せてほしいものが」


「付与板ですよね? あれなら僕が作れるようになってます。二日ほど待ってください」


「よろしくお願いします。さすがに、このペースだと先生が生徒に抜かされます」


「あはは。シュミットの講師が形無しですね」


「なんてを育てているんですか、まったく……」


 その後、三日かけてふたりは『宝石保護』をマスター、サンディさんを泣かせました、物理的に。


 さらにそのあとに教えた『圧力分散』ではサンディさんの方が早かったのですが……目の下にクマができてましたよ。


 なんだか、すみません本当に。

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