312.挿話-23 技術書と頑張り屋のお姉ちゃん
次のステップがなにを指すのかわからないまま、ペガサス様に乗せられてシュミット公国大使館へ。
そして、豪華な部屋へと通されたあとシャルロット公太女様がおいでになりました。
「お兄様、早すぎます」
「おや、シャル。今回は公太女モード抜きですか? ここは正式な面会場所のはずですが」
「今更お兄様とそのギルド員相手に着飾るつもりもありません。今回ご用件があるのはそちらの方ですね?」
「はい! エレオノーラと言います!」
「緊張しなくてもいいですよ。用件の想像はついていますがあなたの口からお聞かせください」
「は、はい! 実は……」
私はシャルロット公太女様に私がしていること、子供たちの直面している悩み、私がやりたいことを自分の口からお話させていただきました。
私の話を聞き終わった公太女様は溜息をひとつこぼします。
私の説明じゃやっぱりまずかったでしょうか。
「あらためて。お兄様、早すぎます」
「仕方がないじゃないですか。エレオノーラさんとこの街の子供たち、両方ががんばっているのですから」
「ふう。あの技術を持ち込むのは私の計画通りです。でも、お兄様のギルドが最初というのが納得できません。お兄様に踊らされたみたいで」
「諦めてください。そして、協力してもらえますね?」
「はい、いくらでも。ウサギのお姉ちゃんの熱意、高く評価します。なぜシュミットに生まれてくれなかったのか」
「ええと……」
「例の本を持ってきてください」
シャルロット公太女様が一言命じると部屋の外から一冊の豪華な装丁が成された本が持ち込まれました。
「シュミットの技術書です。職業系統を変える技術についてすべて記されています」
「へ?」
私は自分でもわかるくらい間抜けな声を漏らしました。
シュミットの技術書?
それも職業系統を変える技術のすべて?
「エレオノーラさん、この本の上に手を」
「は、はい!」
「……終わりました。これであなた以外が読もうとしてもただの白紙にしか見えなくなります」
「あ、あの。職業系統を変える技術ってそんな簡単に教えていいものなのでしょうか?」
「当然ダメです。この技術はいずれコンソールに持ち込もうとしていました。ですが、コンソールにはいまだ職業意識が根強い。なので数年は様子見……のはずでした。それをあなたがひっくり返したのです。よく頑張りましたね」
「え、ええと。ごめんなさい。話についていけていません」
「とりあえず、交霊の儀式で授かった職業系統を星霊の儀式で別の職業系統にするための技術書、とだけ覚えておいてください。その本には戦闘職を生産職に変える術も記載されていますが、まだ難しいでしょう。子供の方にも相応の努力を求めますし」
「本当に戦闘職の子供たちを生産職に変えることもできるんですか!?」
「そこには食いつくんですね?」
「し、失礼しました……」
「いえ、熱意があふれていて大変結構です。本当に、ほんっとうに、あなたがシュミット生まれでないことが悔やまれます。そして、あなたのような人材を発掘できるお兄様の手腕もうらやましい」
「何事も努力ですよ、シャル」
「そんな事はわかっています。エレオノーラさん、戦闘職の子供たちを生産職に変えることも可能ですがそれは無理をしすぎです。まずは生産職の子供たちを錬金術師に変えるところから始めなさい」
「わかりました!」
「それと、その技術はシュミットでも大変貴重なもの。非常に厳重な防護処理エンチャントを施してありますが、同時に写本を作ることもできなくなっています。紛失した場合、二冊目は差し上げませんので厳重な管理を」
「は、はい!」
「ただし、奪われそうになった場合は例外です。そんな本の一冊や二冊くれてやりなさい。たかだか技術書なんかより技術者の命の方がはるかに重要です」
「いいんですか?」
「ええ。どうせ読めませんし。シュミットの封印術を破れる国がこのあたりにあるとは考えられません」
シャルロット公太女様の自信は本物です。
そんなにすごい魔法技術もあるんですね、シュミットには。
「奪われた場合は例外ですのでまた大使館に顔を見せてください。代わりを差し上げます」
「ありがとうございます!」
「それと、読み込んだ結果理解できなかったらお兄様に聞くか大使館に足を運びなさい。あなたの理解度に合わせて解説してあげます」
「ええと、公太女様、自らですか?」
「その技術を覚えている技術者はお兄様に私、セティ様、あとはリリスさんくらいしかこの街にいません。先ほども言いましたが、ウサギのお姉ちゃんの熱意を私は高く評価します。あなたのためでしたら時間を割くこともやぶさかではありませんし、気にしません。もちろん、努力もせずに甘えてくるようなら技術書を奪い取り追い出しますがそのような考えはないでしょう?」
「もちろんです!」
「大変結構。……本当にうらやましい。エレオノーラさん、将来はシュミットに来て講師になりませんか? お給金ははずみますよ?」
「申し訳ありません、公太女様。私は夢と希望を見させていただいたギルドマスターを裏切れません。そして、可能ならこのコンソールで私が夢と希望を子供たちに与えたいんです」
「……なんでお兄様の元には優秀な人材ばかり」
「さあ?」
「ともかく、公太女からは以上です。次にシャルロットから」
「はい?」
「エレオノーラさん、お友達になりましょう。あなたとなら楽しい時間が過ごせそうです」
「そ、そんな!? 公太女様となんておそれ……」
「公太女ではなくひとりの少女、シャルロットからのお願いです。どうでしょうか?」
ああ、これは引いてもらえないやつだ。
ギルドマスターとそっくりな目をしているよ……。
「……わかりました。お友達になります」
「口調が硬いのは少しずつ距離を詰めていきましょうか。とりあえず、私のことは〝シャル〟と呼んでください」
「ええと?」
「多少でしたら公の場で呼んでも構いません。さあ、はやく」
「それでは……シャルさん?」
「年齢も近いですしさん付けもいらないですがそこは追々。私からは以上です。どうせお兄様からもあるんでしょう?」
「はい。目立たない場所でないと渡せないものが少々」
「ええと、ギルドマスター?」
「まずはこの指輪を。身を守るための様々なエンチャントを施してあります。心臓に悪いと思うのでなにかは教えませんが、ちょっとやそっとの怪我や病気はすぐに治ります」
「それって絶対高価なやつですよね!?」
「僕にとってはちょっとだけがんばれば作れるような品ですよ。今までエレオノーラさんが積み重ねてきた努力に比べればとても軽い」
どうしよう、涙がこぼれそう。
自分の頑張りを憧れの人に認めていただけるのがここまで嬉しいだなんて。
「お兄様。女性を泣かせるのは感心しません」
「……泣かせるつもりだった訳では」
「すみません! 嬉し泣きです! ギルドマスターに努力を認めていただけたことが本当に嬉しくって!」
「ならよかった。とりあえず、この指輪は身につけておいてください。ああ、くれぐれも右手の中指はやめてくださいね。これ以上の不意打ちはごめんです」
「ギルドマスターとの結婚を夢見るだなんて恐れ多くてできません!」
「それなら結構。次にこの袋。とりあえず手に持ってください」
「はい。持ちました」
「……個人認証終了です。これでそのマジックバッグはあなた専用になりました」
「マジックバッグ!?」
「もし盗まれたり、なくしたり、奪われたりしてもある程度以上の距離離れるとあなたの手元に戻ってきます。容量何倍かは教えませんが……ものすごくたくさん、とだけ」
ギルドマスター基準のものすごくたくさんって何倍!?
きっと十倍とか二十倍なんかじゃない!?
「シャルからもらった本も基本的にその中へとしまっておくといいでしょう。あとは……」
「いえ! もうもらいすぎです! お腹いっぱいです!!」
「ああ、いや。僕があげるものじゃないんです。あなたに目をつけた聖獣がいます。近々あなたに契約を望んで姿を見せるでしょう。できれば、受け入れて仲良くしてあげてください」
聖獣様と契約!?
もう何が何だか!?
「これは本当に僕からの差し金ではありません。あなたの頑張りが聖獣の心も動かした証です。誇りに思いなさい。そして、今後も努力を忘れないように」
「はい!」
「僕からもこれで終わりです。シャル、もう帰してもいいですか?」
「うーん、エレオノーラさん。まだお夕飯までは時間がありますよね?」
「あ、はい。まだ大丈夫です」
「ではお茶にしましょう。この街の子供たちの様子、とても気になります」
「え?」
「いいですね。僕も気になります。ご一緒しても?」
「え?」
「お兄様も参加ですね。アリアお姉様は?」
「多分、家にいるはずです。先に呼んできましょうか?」
「ええ!?」
「はい。楽しい時間が過ごせそうです」
このあと、本当にこうた……いえシャルさん、ギルドマスター、アリア様の三人とお茶をすることに。
お茶会の流儀なんて全然知らないのに誰もそれを咎めはせず、ただ私が語る子供たちの様子を楽しそうに聞いてくれます。
なお、そのときシャルさんから『来週も来てくださいね? 来ないなら、もう口をきいてあげません』とかわいらしいおねだりをされて……私は定期的にシャルさんとお茶をする事となりました。
********************
「ウサギのお姉ちゃん、僕も傷薬できたー!」
「私もー!」
「皆、すごいよ! がんばってるね!」
シャルさんからいただいた技術書は本当に難しいけどためになることがたくさん書いてあり、その知識と技術をなんとか活かして子供たちへの指導もうまくなりました。
戦闘職の子供たちには時間いっぱい、ぎりぎりで魔力水を作らせてあげられるかどうかですが、別系統生産職の子供たちに傷薬を教えることは段々上手になってきています。
「ウサギのお姉ちゃん、ポーションって作っちゃダメ?」
「僕も作ってみたい!」
「うーん、ごめんね。まだその許可は私じゃできないの。今度ギルドマスターに相談してみるね」
「うん!」
「じゃあ、また来る!」
「うん、また遊びに来てね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます