第九部 進む錬金術師と夏の風

313.ギルドマスターのお仕事

「以上の理由から、あなた方八十七名を当錬金術師ギルドより除名処分といたします。異論は認めません」


 夏が始まって最初のお仕事、それはでした。


「そんな! あと、一カ月だけ時間を。そうすれば……」


「ダメです。あなた方には冬から補講を受ける権利が与えられていた。実際、冬から受講していた錬金術師の多くはすでに課題をこなしている。あなた方のほとんどは春に処分内容が発表されてから慌てて動き出したものか、諦めたもの。さらにはなにもしなかったものです」


「そ、それは……」


「今の『新生コンソール錬金術師ギルド』にそのような甘えた人材は不要。コンソールから出て行くなり街で錬金術ギルド配下外のアトリエを開くなりしてください。ああ、錬金術師ギルド会員以外には錬金術師ギルドから薬草の販売を行いません。『コンソールブランド』を名乗れるのも錬金術師ギルドから販売されるポーションのみ。この街で薬草を手に入れる難易度に比べれば、ほかの街でアトリエを構えた方がはるかに楽ですよ? 勝手に『コンソールブランド』を名乗れば商業ギルドが容赦なく叩き潰すでしょうが」


「……」


「わかったらギルド支部に戻り、私物をまとめ今日中に去りなさい。支部では給金をポーションと引き換えに渡しているので未払い金もないはず。くだらない真似をすれば、そのときはコンソールが相手をします」


「「「……は、はい」」」


 すごすごと去って行く不適格者たち。


 あれでも採用試験の時はあんなに輝いていたのになぜなのか。


「スヴェイン様、またご自分を責めてますね?」


「責めたくもなります。一般錬金術師と彼ら、その差は……」


「ギルド本部と支部に分かれてしまったという不幸はあります。ですが、あちらはあちらでシュミット講師陣による指導が日夜行われているんです。それなのについてくることができなかったのですから、これもまた必然と割り切ってください」


「ミライさん、ギルドマスタールームに戻ったらひとつお願いが?」


「なんでしょう、スヴェイン様」


「……五分間だけでいいので甘えさせてください」


「その程度でしたらいくらでも。スヴェイン様だって、本来は今年で成人なんです。ギルドマスターの重圧はお辛いですよね? 私にできることであれば可能な範囲でお答えします。ただ……」


「ただ?」


「……子作りはもう少し、もう少しだけ待ってください。決心がまだ」


「そこまで甘えません」


 はあ、ミライさんのことを言えないですね、僕も。


 情けない。



********************



「そんじゃ、一カ月くらい前に話していたとおり俺たちの方で新規入門者の選定までしていいんだな?」


 ギルドマスタールームに戻りミライさんに少し甘えたあと、ウエルナさんと今後の予定を詰めます。


 空いた分の席と未使用になっている席、そこを埋めたいのです。


「ウエルナさんたちにはお手数をおかけしますがお願いできますか? 僕は本部だけで手一杯です」


「スヴェイン様はそれくらいがちょうどいい。『カーバンクル』様方が来られるだけでも大騒ぎになるんだからよ」


「……それで最近は支部に行きたがらないのですか」


 ウエルナさんに誘われた直後は喜々として行っていた彼女たちも最近は行っていない様子です。


 なにかあるんだろうなとは考えてはいましたが、大騒ぎに。


「就業時間後にたまに顔を出す程度だ。いわく『じろじろ見られて気持ちが悪い』そうで」


「彼女たち、良くも悪くも有名になりすぎましたからね」


「ああ。支部の連中からすれば『ギルドマスター直下の錬金術師』ってだけで嫉妬の的だ。情けねぇ」


 ……騒ぎになるだけではなくそこまでですか。


 本当にギルド支部は情けない。


「彼女たちに支部への出入りは禁止させるべきでしょうか?」


「それも考えた方がいいかもな? シュミット講師陣の一部を追い抜いてる程の逸材とはいえ十三歳の多感な時期。他人の嫉妬や欲望なんかに当てられ続けたら気が滅入っちまう」


「では、お手数ですがシュミット講師陣で彼女たちに用がある方は本部の方へ。彼女たちには支部の出入りは禁止にします」


「そうしてやってくれ。俺も気軽に誘った手前、申し訳なかったんだ」


「ではその方針で。大講堂も明日から一週間連続で抑えることに成功しました。シュミットの輝きを見せつけてあげてください」


「おうよ。あー、それでだな。スヴェイン様には申し訳ないんだが、ひとつお願いがあるんだ」


 ウエルナさんからお願いとは珍しい。


 なんでしょうか?


「一週間だけでもいい。シュミットの講師をひとり本部で預かってくれないか?」


「講師を預かる? 構いませんが……なにかありましたか?」


「ああ、いや。支部の連中の惰性っぷりに嫌気が差し始めていてな」


「帰りたくなった?」


「いや、指導がきつくなりすぎてきた。あまりいい精神状態じゃない」


 シュミットの講師とはいえど人の子ですか。


 どこまでケアできるかわかりませんが引き受けましょう。


「構いませんよ。なんだったら定期的に『研修』名目で本部の風に当たっていくのもいいでしょう」


「そうですか? ちょっと相談させてもらいます」


「はい。それで、いつから受け入れ始めましょう?」


「できれば明日からでも。早けりゃ早いほど助かります」


「では、手配しておきます。休憩室は……まあ、適当に空いている個人用アトリエを使っていただきましょう。清掃は行き届いてますし」


「すみません、お願いします」


 この日の主な打ち合わせはこれで終了でした。


 家に帰ると遊びに来ていた弟子たちに対し、支部への出入り禁止を告げるとなんだかほっとした表情を浮かべる当たり、彼女たちへの風当たりも強かったのでしょう。


 そして翌日。


「スヴェイン様、正式にごあいさつをいたしますのは初めてです。『錬金術師』のユキエといいます。……この度はご迷惑をおかけしてしまい」


「気にしていませんよ、ユキエさん。無理を言ってシュミットから来ていただき、ギルド支部を任せっきりにしている僕の不手際です。あなた方はなにも……」


 そこまで言った時点でユキエさんの目からは大粒の涙がぽろぽろと流れ始めました。


「すみません、私ひとりがつらいわけじゃないのに、ウエルナさんにまで迷惑をかけて、その上スヴェイン様にまで……」


「参りましたね……」


 どうにもこういうときどう対処すればいいものか。


 そのとき、ドアがノックされミライさんが入ってきました。


「失礼します。……って、その方は今日から本部に来てくださることになっていたシュミットの講師ですよね。なぜ泣いて……」


 あまりこういうときばかりミライさんに頼りたくはないのですが……。


「ミライさん。急ぎの報告はありますか?」


「いいえ。定期報告なので多少おくれても問題は」


「申し訳ありません。彼女の話を聞いてあげてください。僕では逆効果で……」


「……わかりました。お任せを」


 女性同士でしか話せないこともあるでしょう。


 僕は弟子たちが不在なため誰もいないギルドマスター用アトリエで時間を潰します。


「ただいま戻りました」


「ミライさん、彼女は?」


「相当つらかったみたいです。胸の内を話してくれたらそのまま疲れて眠ってしまいました」


「……シュミット講師陣にも負担をかけてしまっていますね」


「仕方のないことです。スヴェイン様おひとりですべてがうまくいく訳ではありませんから」


「とりあえず、彼女が目を覚ますまで僕はここにいます。報告もここで」


「はい。では定期報告を」


 ほかのシュミット講師陣は大丈夫でしょうか?


 錬金術はかなり遅れていましたが、ほかはもうじき一年です。


 シャルに確認を取ってもらいましょう。

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