『お姉ちゃん』、がんばる

311.挿話-22 『ウサギのお姉ちゃん』

「皆、魔力水はできたかなー?」


「「「はーい!」」」


 私、エレオノーラは最近ずっと子供たち向け錬金術の講師をやってます。


 冬頃にギルドマスターのお師匠様だというセティ様に連れ出されて英才教育を受けていたのですが、同じくシュミットからやってきたメイドさんのリリス様がギルドマスターであるスヴェイン様の名前を持つ子供たち向けの講義術〝スヴェイン流〟の伝授をしてくれると伺いました。


 私もギルドマスター……スヴェイン様に夢と希望を持たせていただき、若輩の身でありながらギルドに入門させていただいた者。


 少しだけ、そういう道もいいかな、とか考えちゃいました。


 そうしたらセティ様から『受けてきなさい』と促され、毎日たくさんの脱落者が出される中あれよあれよという間に〝スヴェイン流〟に合格、錬金術師ギルドでただひとりの〝スヴェイン流〟講師になってしまったわけで。


「エレオノーラお姉ちゃん! うまく傷薬ができない!」


「はーい。今行くね!」


 セティ様からは『僕の修行は一段落ついてますし、子供向けの講習に時間を費やしなさい』と言われています。


 おかげで、セティ様の講義を受けている間も私は毎日の指導内容をチェックして不備がないかを確認し、時には一緒に英才教育を受けている仲間の時間を少しだけ分けてもらいわかりやすいかを確認し、などなど完全に〝スヴェイン流〟の講師が日常業務です。


 開催頻度もすべてのギルドで一番高いらしい週二回、午前の部と午後の部に分けた一日二回の開催。


 お給金をもらうために顔を出したときギルドの事務員さんは『これでもまだ追いついていないんですよ……』とこぼしてました。


 申し訳ありません、私がもっと講習を開催できればいいのですが、セティ様からは『あなたは本部に戻ってからも週二日休みのままにするようスヴェインに頼みましょう』と言われており、さすがに一日開催したあと見直しに一日費やさないと次に活かせないんです。


 それから、私、ポーションの納品数、ほぼ無くなったのにお給金が増えたのはなぜですか?


 事務員さんに聞いても『適正な報酬です』としか答えてもらえませんし……怖いです。


「エレオノーラおねえちゃん!」


「もうちょっとだけ待ってね!」


 子供たちは毎回パワフルだけど皆素直でいい子たちです。


 ギルドマスターが開発した超初心者向け錬金台を使って元気に楽しく錬金術でいますし、毎日が充実している感じでした。


 この錬金台、どんなに魔力を流しても暴発を起こさないからすごいんですよね。


 一回ふざけて、ものすごい魔力を通しながら魔力水を作っても暴発しませんでした。


 その一回で私は魔力枯渇を起こしてベッドでうなされることとなりましたが。


 あとは……同じことを錬金術師ギルドに入門して研修期間が終わってから試したら天井まで水が吹き上がって先輩からがっつり怒られたのも思い出です。


 ただ同じことを何人かしていたので、先輩は『ギルドマスター、加減を教えてください』とかもぼやいていました。


「『ウサギのお姉ちゃん』見てー! 傷薬できたー!」


「すぐ行くね! うんうん、よくできました!」


 何回か顔を出してくれている子供たちは私のことを『ウサギのお姉ちゃん』と呼んでくれます。


 決して侮られているのではなく、子供たちなりの愛情表現なのが伝わってきてとっても嬉しいですね。


「お姉ちゃん……気持ち悪くなって来ちゃった……」


「あらあら。それじゃあ、残念だけどあなたはもう無理しちゃダメだよ? これ以上なにかを作ったらもっと気持ち悪くなっちゃうから」


「寂しいけど我慢する……」


 こんな風に魔力枯渇を起こす子もときどき現れて……とにかく大変です。


 事務員さんからは講義室の改装希望があれば出してほしいと言われているし、魔力枯渇を起こした子供向けに休めるような長椅子を用意してもらおうかな?


 でも、最近一番の困りごとは……。


「ボク、傷薬は作らないの?」


「俺、『建築士』なんだ。『錬金術師』じゃないから傷薬も難しいんだよ」


「うーん。じゃあお姉さんがお手本を見せてあげるから一緒にやってみよう?」


「自信がないけど……わかった」


 こういう子供たちが増えてきたことです。


 錬金術師系統じゃないけど講習に来てくれている子供たち。


 実は講習対象を募集する方法もギルドによって異なるそうで、鍛冶ギルドは『鍛冶師系統の八歳から十二歳の子供』を対象にしているそうです。


 私たち錬金術師ギルドは私がまだまだ若いため、『十二歳とかになると侮られそう』と言う理由から『交霊の儀式を終えた五歳から十歳までの子供』を対象にしているらしいのですよね……。


 重要なのは年齢制限よりも『職業制限がないこと』です。


 ときどき、本当にときどきやって来る戦闘職の子供たちは魔力水すら作れなくて泣いちゃうこともありますし、それより頻繁にやってくる別の生産系職業を授かった子供たちも魔力水までは作れますが傷薬を教えるのも大変。


 根気強くやれば傷薬は作れるようになって笑ってくれるのですが、途中で半べそをかいちゃう子供もいて大変なんです。


 毎回見直しをして少しずつ、少しずつ上手に教えられている……と感じてるんですが自信がないです。


「……できた!」


「うんうん! よく頑張ったね!」


「うん! もっとがんばってもいい?」


「気持ち悪くなったら休まなくちゃダメだよ?」


「わかった! 俺、将来は家を建てるんだって思ってたけど錬金術も楽しそうだなあ」


 うーん……。


 募集対象を決めているのは、多分ギルドマスターです。


『なるべくギルドマスターの手を煩わせない』が私たちギルド本部全員の合い言葉ですが、さすがにこればかりは相談しないと……。


「またね! ウサギのお姉ちゃん!」


「ありがとう! 楽しかった!」


「皆、気をつけて帰ってね!」


 リリス様から教えられたとおり、『いらだち』や『もやもや』を顔に出さないことはいくらでもできるのですが……やっぱりギルドマスターに相談ですね。


 講義室の片付けを終えて私は早速ギルド本部へ。


 さすがに何日間かは待たされると考えていたのですが、受付で申請を出すとすぐにギルドマスターと面会できることになりました。


「ようこそ、エレオノーラさん。子供たちの講習は順調ですか?」


「はい、順調です。でも、それについてご相談したいことが……」


「ええ。『適正職業じゃない子供たちへの指導』ですよね?」


「え? なんで? そんなにわかりやすかったですか?」


「いえ、募集条件に職業を書かせていないのは錬金術師ギルドくらいです。それに、エレオノーラさんならそろそろ来る頃かと考えていました」


「……お恥ずかしながら、さすがに戦闘職の子供たちには魔力水も教えられません。ほかの子供たちの様子を見て楽しんでもらってはいるんですが、それが限界です」


「うんうん。続きをどうぞ」


「問題は他職業系生産職の子供たちです。魔力水は問題ないのですが、傷薬は自力作成ができないようです。私が根気強く教えれば五分くらいでできるようになりますが……私が修行不足でしょうか?」


「ほう、もうそこまで」


「へ?」


「ああ、失礼。ほかの職業系統に傷薬を教えるにはまだ十五分はかかるだろうと勝手に想像していました。僕もエレオノーラさんを侮りすぎていましたね。お給金をもっと増やすべきでしょうか」


「お給金はもらいすぎです! 私、『コンソールブランド』を最近は一本も作っていません!」


「あなたはそれよりも大切なことをしているのですが……エレオノーラさん、あなたの希望を聞きます。今後の募集は適正職業のみに絞った方がいいですか? それともこのままでいいですか?」


 ああ、これ、私が試されてるんだ……。


 でも、答えなんてひとつしかない。


お願いします。大変ですけどやり遂げてみせます」


「……その覚悟ができているなら次のステップに進んでもいいでしょう。まったく、僕の弟子たちといい、ギルド本部の錬金術師といい、よい意味で期待を裏切り続ける」


「次のステップ、ですか?」


「はい。さすがに戦闘職の子供たちに教えるのはまだ当分難しいので、なんとかあやしてください。比率が多くなりすぎないように事務方でも調整しています」


「……ひょっとして、結構います?」


「エレオノーラさんの想像している以上には。さすがにその子供たちには待ってもらっています」


「申し訳ありません、お願いします。今の私だと一回に数人あやすのが限度です」


「わかっていますよ。さすがにそれはまだまだ早すぎる。一歩一歩進みましょう。と言うわけで一歩だけ進みます」


「一歩、ですか?」


「はい。これからシャルに会いに行きましょう」


「シャル……シャルロット公太女様!?」


「はい。彼女の許可と力添えがなければ次のステップは難しいですからね」

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