198.買い物あれこれ 後編

「失礼いたします」


「あいよ。……錬金術師ギルドマスターがこんなお店になんの用事だい?」


「さすがに僕が錬金術師ギルドマスターだというのはご存じでしたか」


「この街で錬金術関連の商品を取り扱っているお店じゃ常識だよ。で、冷やかしかい?」


「いいえ。実は僕の弟子ふたりの錬金術道具を更新しようと考えていまして」


 そこまで話すとここの店主、ヤニックいわくオババは一瞬目を見開き、ぽつんとつぶやきます。


「アンタが自作した方が性能も費用もいいものができるだろうに?」


「……弟子ふたりの社会教育です」


「なるほどねぇ。弟子はまだ錬金術道具を自作する腕前じゃないのかい?」


「ええと……初心者向けの錬金台でミドルポーションを安定する程度の腕前です」


「アンタ、師匠失格だよ?」


「本当に申し訳ない」


 いやはや、返す言葉もない。


 ここでダメなら自作する方法を教え込みましょう。


「まあ、そういう話なら相談に乗ろうか。弟子ふたり、こっちに来て好きな錬金台を調べな」


「はいです」


「わかりました」


 オババに促されてトコトコと店の中を歩き回るふたり。


 ほかのお店同様、ああでもないこうでもないといろいろ試して回ります。


 その結果は。


「ダメです。このお店でも満足できる錬金台がありません」


「ボクもちょっと……」


 そのふたりの言葉を聞いたオババの反応ですが、愉快そうに笑っていました。


「なるほど。噂の『カーバンクル』は錬金台も選ぶか。それくらいじゃないとやってられないだろうさ」


「本当に申し訳ありません」


「構いやしないよ。弟子ふたり、一番調のを持ってきな」


「いいのですが……それでもあわないのですよ?」


「ボクもあれでは満足できません」


「いいから持ってきな。アタシが調律してあげるよ。ただし、ひとり金貨五十枚だ。噂のカーバンクル様なら払えるね?」


「それで済むのでしたら安いのです」


「そうだね。試してもらおうかな」


「ああ。お気に召さなかったらお代はいらないよ。さあ、持ってきな」


 ふたりはそれぞれ店の中から別々の錬金台を持ってきました。


 これまた同門の弟子でありながらタイプが違うこと……。


「……なるほど。師匠、アンタはずっと初心者向けの錬金台しか扱わせてこなかったんだね?」


「はい。まさか同じ教え方でこれほどの差が出るとは」


「え、なにかおかしいのですか?」


「ふたりで納得していないで説明してください」


「あいよ。まずはちっこい方のカーバンクル。アンタは魔力を大量に流し、それをあとから調節するタイプの錬金術師だ。それもその錬金台でとなると、アタシの調律でダメだったら自作しかないね」


「そうなのですか?」


「大きい方のカーバンクルは真逆だ。魔力を緩やかに流して最終的に集約するタイプ。アンタもそれでダメなら自作だよ」


「そんなこと気にしたこともなかったです……」


「初心者向けの錬金台はいろいろと安全装置や安定装置を取り付けてあるからね。タイプが違っても問題が出なかったわけだ。逆に言ってしまえば、ほかの店で錬金台を選んでも納得できないのは当たり前だよ。同じものを選ぼうとしていたんだろう?」


「それは……」


「はい……」


「同門だろうと同じ道ばかり歩もうとせずに自分に合わせた道を歩きな。それじゃあ調律作業だ。まずはちっこい方から。錬金台にゆっくりと魔力を流しな」


「はいです」


 ニーベちゃんが錬金台にゆっくりと魔力を流し始めると、オババがそれにあわせて錬金台の魔力回路を再構築していきます。


 これは……素晴らしい腕前です。


「……調律終わりだ。もう一度試してみな」


「はいです。……さっきと全然違います! これなら使いやすいです!」


「よかったね。次は大きい方。同じようにゆっくり魔力を流しな」


「はい。こうですか?」


「そうだい。……終わったよ。試してみな」


「はい。……これは使いやすいです! さっきとは別物ですよ!?」


「まったく、このじゃじゃ馬どもが。本当にその錬金台をぎりぎりまで調律してやっとじゃないかい。あんたらに錬金台を売るのは最初で最後だ。今後は師匠に錬金術道具の作り方を教わっておきな。さすがにそれ以上の錬金台は流通していないよ」


「はいです! ありがとうございます!」


「ありがとうございました! 助かります!」


「アタシも仕事だよ。代金を支払ってもらえるなら構わないさ」


「では代金です!」


「ボクもこれを」


「……あんたら、アタシは金貨五十枚と言ったよね? なんで出てくるのさ?」


「いい仕事にお金は惜しみません!」


「そうですね。いい環境を整えられるのならこの程度の金額は当然です」


「はあ。じゃあ受け取っておくよ」


「ありがとうです!」


「ありがとうございました!」


「ああ、ふたりは先に店を出ていてください。僕は少し店主とお話があります」


「わかりました! なるべく早く戻ってきてください!」


「はい! 早く帰って試してみたいです!」


 ふたり仲良く元気よく、店を駆け出していってしまいました。


 あんなにはしゃいでしまって。


「で、話ってなんだい? ?」


「おや。そちらの方での話とばれましたか」


「そうじゃなきゃ弟子を追い出したりしないだろう。待たせるのも悪い。前置きなしで手短に頼むよ」


「では遠慮なく。このお店の商品を?」


「おすすめする? 買い取るとか、納めろではなく?」


「これほどの製品を方に無理は言いません。あなたのお店で道具を買えるだけの腕前を持ったと見込める相手だけに教えます。それでいかがでしょう? あまり売り上げに寄与できるとは言えませんが」


「アンタ、先代錬金術師ギルドマスターと違ってだね」


「技術者であることを忘れたら錬金術師ではありませんから」


「そういうことならいくらでも。ただし、値引きはしないよ?」


「はい。場所などは……」


「錬金術師ギルドの事務員に『破門されたオババの店』って言えば伝わるよ。……ほら弟子をあまり待たせるんじゃない。用件が終わったらさっさと帰りな」


「では失礼いたします」


「ああ。それにしても、師匠と錬金術師ギルドマスターの両立って大変だね」


「錬金術師ギルドマスターの椅子は誰かに譲りたいのですが」


「そんなことを言っている間は誰も座ってはくれないよ」


「……まことに残念です」


 想像以上の錬金台が手に入ったふたりは屋敷に帰るなりアトリエを整理して錬金台を置き換えました。


 そのあと魔力枯渇を引き起こすまでミドルポーションを作り続けたのですが……僕は途中で止めましたよ?

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