217.『聖獣の森』の範囲策定

 ギルド評議会のあった翌日、不満たらたらの弟子たちをなんとかなだめすかすことに成功し、冒険者ギルドを訪ねました。


 そのまま受付で手続きを済ませ、ギルドマスタールームへと足を運びます。


 ギルドマスタールームにはティショウさんとミストさんのほか、シュミットの講師陣も勢揃いしていましたよ。


「ティショウさん、彼らがいるのは?」


「『聖獣の森』って言うのはシュミットにもあるんだろう? こいつらの意見も聞きたい」


 ティショウさんの口から『聖獣の森』の名前が出た瞬間、講師陣の気配が乱れました。


 よほど嬉しいんでしょうね。


「さて、講師陣の要望が爆発する前に具体的な範囲を決めたいと思います。僕としては、ここから先、すべての森をいただきたい」


「ふむ、歩きで片道二日程度の距離からか。悪くね……」


「スヴェイン様! 歩きで片道二日なんてもったいないですよ!!」


「そうです! せめて片道一日! できれば半日の距離に!!」


「ああ、できれば近ければ近いほど望ましいです! まさか、遠く離れたコンソールでも聖獣の森で修行する機会が与えられるなんて……」


「この機会を逃すわけにはいかない! 国元の連中に後れを取るわけに行かないからな!」


 ああ、たった一言で爆発しましたか。


 仕方がありませんね。


「おいおい!? 一体なにが起こった!?」


「コホン。失礼いたしました。聖獣の森は、冒険者を鍛えるためにも格好の場所なのです」


「聖獣たちは殺気を出して襲ってくることも、気配を不自然に隠して襲ってくることも、完全に森と同化して襲ってくることも思いのままです。それでいて大怪我をさせる心配はありません」


「急所を狙った攻撃はすべて峰打ちか甘噛み程度、急所以外への攻撃も多少のひっかき傷で済みます」


「特殊技能講師が訓練を行うにも一般技能訓練を行うにも格好の場所だ。これを利用しない手はない」


「お前らがそこまで言うってことは、相当すごいんだろうな……」


「失礼ながら。ギルドマスターでも数十回の試行を繰り返さねばクリアできないかと」


「俺でも数十回!?」


「それだけ聖獣の森はすごいと言うことです。スヴェイン様、お試しでいいのでこの街から二日ほどの距離に一カ所作っていただけますか?」


「仕方がありません。聖獣たちは森の奥地で勝手にテリトリーを広げると感じますが……そこはご容赦を」


「聖獣の森ってそんな簡単に作れるのかよ?」


「この街に集まっている聖獣の数ならあっという間ですよ。むしろ、あぶれて勝手にテリトリーを広げないか不安です」


「……わかった。とりあえず、お試しで作ってくれ」


「承知いたしました。早速、作業に入ります」


 ……これは、まず屋敷に帰って午後の授業もできないことを謝らないといけません。


 最近、あの子たちも押しが強くてタジタジです。



********************



「この街の聖獣の皆さん! 聖獣の森を作る許可がいただけました!! 手伝ってくださる方々は僕についてきてください!」


 なんとか午後も休みをもらえたので、早速聖獣の森を作り始めます。


 僕の声を聞いた聖獣たちは、仲間にも念話を送り続々と集まり始めました。


 いや、これは……多すぎますよ?


「場所は僕がペガサスでご案内いたします。遅れずについてきてください!」


 僕は街の東側にある森へと飛んでいきます。


 そのあとを聖獣たちが大爆走でついてきますね。


 やはり、相当フラストレーションをため込んでいましたか……。


 ペガサスで念のため歩きだと三日ほどかかる距離までたどり着くと、そこでまた大号令をかけます。


「ここが聖獣の森を作っていい地域です! ただし、街側にはあまり近づけないようにお願いいたします! それでは、ご自由に始めてください!」


 僕の言葉を皮切りに聖獣たちが我先にと森へと駆け込んでいきました。


 これ、明日の午前中には完成するんじゃないでしょうか?


「ひとつ言い忘れていました。冒険者の方々が腕試しをしたいそうです。試練の道を用意してあげてください」


 それに思い思いの鳴き声で応える聖獣たち。


 これは、明日の明け方には完成ですね。


 そして、街から二日の距離までは占有するでしょう。


 ティショウさん、諦めてください。



********************



「……んで、『試練の道』とやらまで完成していたというのか?」


「僕が明け方に確認しに行ったときにはもうすでにありました。街から三日程度離れた距離から作り始めさせたのに、一日半の距離まで聖獣の森に侵食されていましたね。さすがに、これ以上は近づかないように説得してきましたが」


「説得、聞くのかよ?」


「……ある程度は」


 試練の道ができたということで、様子を確認しに来てくれたティショウさんとミストさん。


 それからシュミットの講師陣。


 講師陣はそれぞれの得物を取り出し、早く行こうとばかりに急かしています。


「それじゃ、街を出たら『シルフィードステップ』で駆け抜けるが……講師陣は大丈夫か?」


「まあ、大丈夫でしょう。気が逸っていますが。到着すれば冷静さを取り戻すはずです」


「それじゃまあ、行くか」


 宣言どおり、街の外に出るなり『シルフィードステップ』で駆け抜けると一時間足らずで『試練の道』でたどり着きました。


 それを見て戦慄を隠せないのは講師陣ですね。


「スヴェイン。俺にはただの森に入っていく獣道にしか見えないんだが?」


「そうですわね。これが試練の道?」


「スヴェイン様、これは……」


「私たちじゃ無理ですよぉ」


「何分もつかな?」


「挑む価値はあるが……」


「あ? そこまでか?」


「まあ、入ってみてください。中では聖獣たちが手ぐすね引いて待っています。致命傷を受けた、と判断された時点で強制終了。時空魔法で森から強制送還です」


「そこまで言うなら入るが……」


「ただの静かな森ですわよね……」


「何分生き残れるか……」


「スヴェイン様、しっかり計っていてくださいね?」


「これは修行になんないぞ?」


「難しすぎて理解が追いつかないだろう」


 ティショウさんとミストさんは困惑気味、講師陣は気合いが入ってますね。


 さて、いかほどか。


「それでは、計測を開始します。スタート」


「お、おう」


「では、行きましょうか」


「十五分は生き残ってみせる……」


「私たちの目標は五分だね……」


「それすら危ういけどな」


「スヴェイン様の前で無様は見せられぬ」


 さて、六人とも森に分け入っていきました。


 ですが……。


「わっぷ!?」


「なにが!?」


「おふたりは三十秒ですね。まあ、予想通りですか」


「なんだったんだ? 首筋になにか触れた感覚はあった……気がするんだが」


「私はお腹ですわ……」


「ティショウさんは首をはねられて死亡、ミストさんは腹を食いちぎられて死亡ですね」


「はぁ!? あれで終わりか!」


「……あれが聖獣の本気」


「いやぁ、入り口付近ですからまだ序の口ですよ? ここ、魔境レベルですが」


 さて、残りの講師陣がどれだけのものか、見物です。


「きゃっ!?」


「リンジーさん、二分三十秒」


「くっ!」


「ドワイトさん、三分」


「おのれ!?」


「ユージンさん、三分三十秒」


 ……ふむ、エリシャさんは結構もちますね。


「くぁ!?」


「エリシャさん、十二分三十秒。エリシャさんは十分にもったと思いますよ」


 まあ、仕方がないでしょう。


 聖獣たち、はりきりすぎてますから。


「おい! スヴェイン! わかるように説明しろ!」


「わかっています。今回聖獣たちが用意したのは『魔境レベル』のコースです。ティショウさんやミストさんが三十秒しかもたなかったのも無理はない。実際には説明時間もあったので十秒足らずですか」


「『魔境レベル』ってのはなんだ?」


「人が踏み入れば確実に生きては帰れない地です。なので伝承にすら残らない場所、それが『魔境』です」


「よくそんな場所を知っているな?」


「アリアとふたりでなら中層まではなんとかなるので。さすがに日帰りできる距離までしか進めませんが」


「お前ひとりだと?」


「入り口で回れ右して帰ります」


「そこまでかよ……」


「師匠もある程度は魔境の知識を持っていますが、それは口伝でのみ教えていただきました。本などに書き記しても余計な死人を出すだけで無駄だと」


「こんなの用意されても冒険者の訓練には使えないぞ……」


「もっともっと簡単なコースを作ってもらいますよ。……どれ、僕も挑んでみましょう。エリシャさん計測をお願いします」


「わかりました……って、ローブも杖もなしですか!?」


「剣一本で挑むのが筋というもの。では始めます」


「は、はい。用意、スタート」


「それでは。何分もちますかねぇ……」



********************



「ただいま戻りました……」


「三十分と少しですか。しかし、歩いて出てきたということは」


「最奥にある聖獣の住処までたどり着いてしまいました。ついでなので、このような難しいコースではなく、もっと簡単なコースを作ってもらえるようにお願いもしてきました。聖獣の森がもっと街寄りに侵食しますが」


「……これだけ価値があるなら仕方がねぇ。どれだけのレベルわけをしてもらえるんだ?」


「はい。『超々初心者向け』『超初心者向け』『初心者向け』『半中級者向け』『中級者向け』『半上級者向け』『上級者向け』『超上級者向け』『秘境』『超秘境』『魔境』。以上だそうです」


「ずいぶん細かいな」


「いずれのコースも初踏破の際には記念品をくれるそうですよ」


「って事は、お前も記念品をもらってきたのか?」


「はい。ただ、『カーバンクルの卵』なんですよね……」


「は?」


「カーバンクルの卵!?」


「これが僕専用なのか魔境踏破者全員なのかわからないのがまた怖い」


「本物なら白金貨数千万枚以上だぞ!?」


「売るつもりはありません。シャルにプレゼントします」


「それはよろしいですね。シャルロット様にはほかの聖獣様が守りについていらっしゃるとはいえ、守りは堅い方がいい」


「ですね。それにしてもカーバンクルの卵か……」


「魔境踏破の報酬としては妥当だな」


「お前らの金銭感覚がよくわからん……」


「おそらく『超々初心者向け』でもクリアすれば金貨十枚程度のアイテムがもらえるはずだ。金に目が眩んだ愚か者は聖獣に叩き出されるがな」


「俺も『超々初心者向け』とやらができたら通うか……」


「私もです。自分の無力さを痛感いたしました……」


 こうして、街の東にある森一帯が『聖獣の森』として正式に告知されることに。


 特殊技能訓練でも使われることになったのですが、『超々初心者向け』でも踏破者はなかなか現れないのだとか。


 厳しいですね、聖獣たちは。

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