381.ユイの指導日誌三ページ目:『試練の道』の奥で待つもの
「ん、むぅ……」
『目が覚めたか』
「あ、黒曜様……」
いけない、私黒曜様の背中でワンワン泣いて、そのまま疲れ果てて眠ってしまったんだ。
謝らないと……。
「申し訳……」
『こういうときは別の言葉の方がありがたいがな?』
別の言葉……あ!
「ありがとうございます、黒曜様」
『よろしい』
「あの、私、どれくらい寝ていましたか?」
『一時間程度だ。夕暮れ時まで眠ったままなら忍びないが起こすつもりでいた』
「ありがとうございます」
そっか、一時間か。
なら、まだ時間はあるよね。
「黒曜様、お願いが」
『我にかなえられる範囲なら』
「『試練の道』に行きたいのです。できれば『初心者向け』へ」
『この地の最低難易度は『超々初心者向け』と聞いているが?』
「散歩道なのはどこでも変わりません。とりあえず、今日は『初心者向け』で『妖精花の花瓶』をいただいてきたいのです。そこにいけるべき花はまたいずれ」
『承知した。すぐに向かう』
黒曜様が向かう先を反転させると……カイザー様がいた。
遠くにコンソールも見えるし、私、こんなに距離まで連れ出してもらえていたんだ。
黒曜様は『試練の道』へと馬体を向けるとぐんぐん加速して……一分程度で『初心者向け』の入り口までたどり着いてしまった。
周りにはちらほらと冒険者の姿も見えるけれど、一体どれだけの人が段階を踏んでここまでやってきているやら。
『我はここで待つ。のんびり散歩を楽しんでこい』
「ありがとうございます。黒曜様」
ご厚意に甘えて『初心者向け』の道に。
うん、やっぱり『初心者向け』だ。
少しだけ気配を隠してるけど、スヴェインやニーベちゃん、エリナちゃん、ノーラといった聖獣に囲まれている人たちと暮らしている私にとっては気配が丸わかり。
ルールに従い先回りしてあいさつをすれば、あちらも姿を見せてあいさつをしてくれる。
さすがに中級クラスになると先に見つけても襲われるから最低限の自己防衛しかできない私じゃ無理だけど、ここなら問題なく散歩を楽しめる。
「キュイ」
「あ、カーバンクルさん」
道の途中でカーバンクルさんがリンゴのような木の実を三個も渡してくれた。
そういえば、お昼を食べていないんだった……。
「……一休みして食べていっても問題ないよね?」
私は木の根元に腰掛けていただいた木の実を頬張る。
相変わらず精霊の森で実った恵みはおいしい。
「キュイキュイ!」
「……ブドウまでくれるの? それもそんなにたくさん」
横を見ればカーバンクルが数匹集まってブドウに似た果実を掲げ持って来てくれていた。
これも私へのプレゼントだろう。
「でも、こんなに食べきれないよ?」
「キュイ!」
私の言葉を聞きとどけたのか、カーバンクルさんたちは腰にあったマジックバッグにブドウを詰め込み始めた。
最初に持って来ていただけでなく、あとからあとから大量に。
「……帰ったら先生に渡してフルーツパイかな」
「キュッキュ!」
私へのプレゼントが終わったカーバンクルさんたちはまた森の中へと戻って行った。
本当に聖獣って自由だね。
「木の実も食べ終わったし先に進もう」
私は聖獣の森の散歩を再開する。
行く先々にいる聖獣さんにあいさつしながら歩くこと三十分ばかり、ようやく出口へとたどり着いた。
そこにあったのは私の希望通り『妖精花の花瓶』。
それから……。
「カーバンクルさん?」
「キュイ!」
花瓶を抱えてカーバンクルさんまでいる。
とりあえず花瓶を差し出してくるため、それは受け取って大切に保管することに。
「ねえ、カーバンクルさん。あなたはどうしてここに?」
「キュイ?」
「……ダメだ。私じゃわからない」
カーバンクルは聖獣の中でも賢く仲間を守るためには獰猛だけど、純真無垢で愛らしい存在。
ただ、その考えは人間には読みづらく、契約していないカーバンクルが何を望んでいるかわかるのはカーバンクルの主くらい。
でもスヴェインに言わせたとして『カーバンクルはなにを考えているかわかりませんからね』とまで言わしめるほど謎な存在でもある。
わたし、この子をどうしたら……?
『その子はお主のことを心配しているんじゃよ』
「誰!?」
『上じゃ、上』
カーバンクルさんばかり見ていたせいで注意が疎かになっていた。
上を見上げれば……。
「ワイズ……様?」
『ワイズ? ああ、『聖獣郷』の主に仕えているワイズマンズか。儂は別のワイズマンズ・フォレストじゃよ』
「そうでしたか。失礼いたしました」
『よいよい。ワイズマンズ・フォレストの見極めは難しい。それでそのカーバンクルじゃが、お主のことが心配でずっと木の上を追いかけていた。それこそ森の入り口からな』
「そうでしたか。ごめんね、まったく気が付かなかったよ」
「キュイ!」
『うまく隠れられていたことを自慢しておる。まったく、カーバンクルの考えは聖獣ですらわからん。物作りの聖獣どもの次くらいには謎だ』
「あはは……」
『お主が手にしている花瓶もそうだ。少し前に森を訪れた娘子たちのために物作りの者たちが総力を挙げて作り出したもの。まったく、世界に認められるほど新しいものを軽々しく作るなといわれているのに……』
「それでスヴェインまで驚いて」
『『聖獣郷』の主ですらも驚くであろう。純粋な願いがあやつらの情熱に火をつけたのだからな』
「それ、私までいただいてしまってよろしいのでしょうか?」
『ここに置いてあるということは問題ない。問題があれば別のものを置いておく』
「ではありがたく飾らせていただきます」
『うむ。だが花瓶は花を挿してこそ輝く。花を持ち帰らぬ理由を問おう』
「……単なる愚痴ですよ? いいんですか?」
『ワイズマンズの気まぐれとでも考えよ。はよう話せ』
「では、お耳汚しを」
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