543.シュベルトマン邸にて

聖獣とともに歩む隠者書籍版第2巻の発売を記念して一日二話更新をしばらくの間行います!

これは一話目です。

二話目は夜19時ごろ公開予定。

お楽しみに!


――――――――――――――――――――


 領都シュベルトマンの拡張工事、すなわち街壁工事が終わったのは夕暮れ時でした。


 街壁を建てる前、毎回周囲に人がいないかを確認する作業に時間を要しなかなか進まなかったためです。


 そして、遅れた結果が夕暮れまでかけての街壁工事でした。


「ご苦労様だった。スヴェイン殿、アリア夫人。これほど立派な街壁を建てていただくとは」


「お気になさらず。これもお仕事です」


「そうですわ。仕事として引き受けただけのこと。……少々、機嫌の悪くなった第二夫人はいますが」


「うー……」


「……すまないな」


「お気になさらず。僕たちで甘やかせばすぐに気を取り直してくれますので」


「はい。あの子も私たちのことを気遣ってくださるだけですから」


 ユイも全部の壁を建て終えてからというもの僕とアリアをにらみっぱなしなんですよ。


 それだけ心配をかけてしまったのでしょうが……あとでたっぷり甘えさせてあげましょう。


「さて、日が暮れてしまった。スヴェイン殿たちであれば安全に帰れるであろうが……私の屋敷に泊まっていてはいただけぬか?」


「シュベルトマン侯爵のお屋敷に?」


「うむ。少しばかり話がしたい」


 シュベルトマン侯爵からのお誘いとは珍しい。


 それほどまでに内緒にしたい話があるのでしょうか。


「わかりました。アリアとユイも構いませんね」


「はい。スヴェイン様の望むままに」


「私も。ただ、家に帰ったら心配させた分は償ってもらうよ」


「はい、かわいいお姫様」


「ユイにはかないませんもの」


「話はまとまったな。それでは案内しよう」


 僕たちはシュベルトマン侯爵の乗る馬車を先頭にそれぞれの騎獣であとをついていきます。


 コンソールではそこら中にいる聖獣ですが、領都シュベルトマンではせいぜいロック鳥かお父様やシャルの騎獣くらいしか降り立たないため目立っていますね。


 僕たちは気にしないのですが。


 この街でもっとも大きなお屋敷、シュベルトマン侯爵のお屋敷に着くと既に先触れが出ていたのか家人たちによる出迎えを受けました。


 僕やアリアは……まあ、元貴族ですから受けたことがあるのであまり気にしませんでしたが、ユイは驚いていましたね。


 そのあと僕たちはゲストルームに案内され、アリアの希望により三人一緒の部屋へと通されました。


 ユイの自己防衛力に不安があるので問題ないのですが……アリアは相変わらず僕と離れたがりません。


 そして、夕食前に湯浴みをさせていただき、着替えたら夕食が振る舞われる食堂へと通されました。


「おお、三人とも正装なのだな」


「ユイが作ってくれた服を持ち歩いていたので」


「ユイってば次から次へと服を渡すのですよ? 着る機会があるのかどうか怪しいものまで」


「……今回は役に立ったからいいじゃない」


「そういえばユイ夫人は元シュミットの服飾講師でしたな。まずは私の家族を紹介しよう」


 シュベルトマン侯爵のご一家は男子三人女子ふたりの七人家族のようです。


 ただ、末の娘さんはまだ一歳になったばかりらしくこの場には姿を見せておりません。


 そのあと夕食となったのですが、そこでもまた驚かれましたね。


「スヴェイン殿とアリア夫人は元貴族だったのを知っているが……ユイ夫人もテーブルマナーが完璧だな」


「その……使用人のリリス先生から結婚後にきつく叩き込まれました。スヴェインは抜けているとはいえシュミット公国公王家の第一子。その夫人がテーブルマナーくらいできなくては恥ずかしいと」


「なるほど。ところでお三方ともワインは飲めないのかな?」


「僕とアリアは飲めません。アルコールが苦手でして……」


「ユイは飲めますが外で飲むのは禁止させています。この子、酔うと私とスヴェイン様に甘えたがるので」


「アリア……恥ずかしい」


「夫人同士、仲がよろしいですわね」


「ええ。ユイは私にとっても自慢の娘ですから」


「はっはっは! それはいいことだ! スヴェイン殿も自慢の夫人たちであろう?」


「ええ。ふたりとも心配性で焼き餅焼き、甘えたがりなのは困りますが」


「あら、それくらいがよろしいのでは? まだお互いお若いのですし」


「そういえば、一昨年に妻と娘に贈っていただいたアクセサリーには本当に感謝している。あれ以降、病にもかからず本当に健やかに暮らしてくれているぞ」


「それはよかった。宝飾師たちにも伝えておきます」


「頼む。さて、ここからが本題だ。シュベルトマン領における今の状況、お主たちはどう考える?」


「今の状況、ですか」


「ああ。家族だけの場だ。忌憚のない意見が欲しい」


 今の状況……この際です、はっきり伝えてしまいましょう。


「では。あまりよろしい状態ではないでしょう」


「……やはりそう考えるか」


「はい。竜宝国家コンソールに集まってくる住人たちもほとんどはシュベルトマン領からの移住者です。それに、僕のギルドに今年入ったギルド員によれば、地方領主の治めている街では『職業優位論』による締め付けが更に厳しくなっているとのこと。このままでは領の運営に大きな影響が出るでしょう」


「私もそう考えている。この街から『職業優位論』を削り落とすのに二年かけてようやくだ。そして、はじき出された敗残者どもを受け入れた地方領主の街では彼らのことを重用し、下位職となり働いていたものの給金にまで手をつけている始末。その結果として生まれているのがコンソールと私の街の状況だ」


「なんとも言い難いですね。地方領主たちから『職業優位論』を撤廃させることはできないのですか?」


「できていないな。いまだにコンソールや私の街がだとしか考えていない。その上、下位職を受け入れている国などいずれは腐り落ちると本気で考えている。実に嘆かわしい」


「そうですか……ですが、そう考えると『コンソールブランド』の売れ行きが伸び悩まないのもおかしな話なのですが」


「地方領主どももコンソールがと言いながら『コンソールブランド』は買っているのだ。私の前では普通の服を着て会議に臨んでいるようだが、配下の者たちに調べさせれば屋敷にいるときは『コンソールブランド』の高級服に身を包んでいるらしい。家族全員がな。それに、私の元までたどり着く馬車も普通の馬車で来ているが、途中の宿場町で乗り換えているだけでそこまではコンソール製の馬車だよ」


「なんとも言えませんね。自分たちでコンソールを否定しながらコンソール製の品々を使っているとは」


「まったくだ。酷いところになると、街の人間が買った『コンソールブランド』のポーションをすべて奪い取り私兵の備えにしているところもある。それほどまでに腐っているのだよ、我が領の地方領主どもはな」


 それほどでしたか。


 商業ギルドマスターがどこまで把握しているのか疑問ですが……今日の話は相談しておきましょう。


「更に問題は人口流出が止まらないというのにそれを気にしていないことだ。上位職だけでも街が回る、本気でそう考えている節がある」


「そこまでですか?」


「その可能性が否定できない。下位職がいなくなって街の食糧事情がよくなった、と私の前で発言した馬鹿もいたからな」


「税収は減るでしょう?」


「人口が減って税収が減ったことを指摘すれば、残っている下位職から搾り取ればいいと。下位職など上位職を生かすための家畜に過ぎないと本気で発言していたぞ?」


「もはや愚かを通り越してなんと呼べばいいか」


「そのような有様なのだよ、シュベルトマン領


「つまり旧国家群ではもっと酷いところがあると?」


「ああ。下位職のものは入街税を倍以上にし、上位職からは税金自体を取っていないところもあるそうだ。国として崩壊するのも遅くはないだろう」


「国を回すためには人が必要です。それすら理解できていないとは」


「その点、旧国家はまだよかったのだろう。下位職だろうとだったからな。下位職では国もある。革命すら起こさせないように生きる気力そのものを奪っているようだがな」


「それでは旧国家群全体がいずれまた戦乱に包まれるのでは?」


「それも危惧している。今はまだ各国ともに国力が回復しきれていない。シュベルトマン領は聖竜殿たちが守ってくれた地域も多かったために被害も少なかった。だが、問題は各地にあるだ」


「……なるほど。コンソールに集中しすぎていますか」


「そうなる。各国家の王族や貴族は享楽にふけり、高級品を買っていく。コンソールの商隊はその金で食料をはじめとするコンソールでは供給できないものを買っていくが、その量とて限られる。各国や街で必要な量を確保せねばならぬからな。そうなると富はどんどんコンソールへと集中していくのだ。私の街でこそ『コンソールブランド』は本当に高級品しか売れていない。だが、ほかの国や街では事情が異なるのだよ」


「それも問題ですね。コンソールの物価が上がりすぎる可能性があります」


「それも考えられるな。だが、もっと恐ろしいのはその富を求めてコンソールにしようとする国々が現れないかだ」


「コンソールへ侵略? 旧国家が滅んだ間接的な原因なのに?」


「旧国家で金が無くなったときと同じだよ。ないのならあるところから奪えばいいと。途中にいるのことも考えずにな」


 困りましたね、なのはよくある話。


 ですがそれを狙う不届き者を竜は容赦しないでしょう。


「私の領地内でも再来年には地方領主どもの街で金が枯渇、文字通りくるだろう。ほかの国家まではわからん。だが、コンソールでは大陸共通貨以外での取り引きは行わないはずだ。そうなってくると国家間の取り引きが混乱し始める。その後に待ち構えているのは再びの戦乱だ」


「由々しき事態ですね。かと言って『コンソールブランド』を止めるわけにもいかない」


「だろうな。それはそれで各地から不満が噴出するだろう。コンソールは買っていくばかりでなにも売らないのか、と」


「この話、帰ってからギルド評議会でしても?」


「その必要はない。ジェラルド殿とティショウにはもうしてある。次のギルド評議会で議題となるだろう」


「わかりました。ですが、どうにもなりませんね」


「ああ、どうにもならん。『職業優位論』がはびこっているせいで富の分配もできず、上のものは上がり続け下のものは下がり続ける。私の領の貴族どもも上位職ばかりと言い張っているがそんなことはないはずだ。それそのものをすべての国から撤廃しない限りこの状況は改善しないだろう」


「そうなると手段は限られます。コンソールが実質的な吸収をしてしまうか」


「シュベルトマンが吸収する。あるいは」


「……シュミット公国による実質支配ですか」


 おそらくどれを行ってもうまくいかないでしょう。


 難しい課題を抱えてしまいました。

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