256.ケンカ
「……というわけでして、もしふたりに事務勝負で勝てる方がいましたら支部長を交代いたします」
ギルド支部長室へと視察に来ていたはずの僕とミライさん、このふたりが支部長と支部長補佐を伴って事務室を訪れたのですから室内は騒然となりました。
そして、先ほどの一言です。
周囲の混乱は更に大きさを増します。
「あ、あの。今の話は本当ですか!」
「本当ですよ。ギルドマスターである僕とサブマスターのミライさん。両者が立ち会います」
「それでペナルティとかは?」
「僕たちからは課しません。支部長たちからはなにかあるかもしれませんが、給金に手はつけさせないことだけは保証いたします」
給金だけはですけどね。
今後の人事評価までは知ったことじゃありません。
なにせ『僕たち』の範囲も知らせてませんし、錬金術師ギルドの人事権はギルドマスター直下以外、特に事務員はミライさんが握っていますから。
「今の話、本当なんですよね?」
「くどいですよ? 本当だと言っているじゃないですか」
「では、私が挑みます」
「わかりました。あなたの担当は?」
「給金計算です」
「それでは元はイーダさんが担当でした。イーダさん、お願いします」
「はい、サブマスター」
イーダさんってお給金担当だったんですか。
一番大変な部署を……。
「ギルドマスター、お題は?」
おっと、イーダさんの方から急かされてしまいました。
いけないいけない。
「お題は……そうですね。僕が取り出すポーションとディスポイズン、マジックポーションの合計給金の計算でお願いします。さすがにギルド支部では最高品質はまだ出ないでしょうし、高品質までで許してあげますよ?」
「かしこまりました。異存はありません」
「私もです」
「それでは。お題はこちらです」
僕は机の上に十本以上のポーション類を一気に並べました。
それを見て名乗りを上げた職員は焦っているようですね。
「ギルドマスター! このような計算をすぐになど……」
「完了いたしました。ギルドマスター」
「は?」
「結構。ミライさん、確認をお願いします」
「ギルドマスター、ご自分の目で確認されては?」
「いやあ、卸値の計算は僕も一瞬でできるんですが、そこから錬金術師に支払われる給金の計算になるとちょっと……」
「本当にこのギルドマスター、ときどき頼りない。ええと、一般品質のポーション六本、ディスポイズン一本、マジックポーション四本、高品質のポーション三本、ディスポイズン三本、マジックポーション七本。お題がえげつないです、ギルドマスター」
「この程度、将来的には普通に持ち込まれる量でしょう?」
「まあ、その通りなんですけどね。品質のばらけ方も見習い錬金術師が数名同時に持ち込んだ感じです。ですが、さすがに私でもすぐには計算できません。少しお時間を」
ミライさんが検算を始め一分ほど、答えが出たようです。
「イーダさん正解です。っていうか、よくこのお題をあの一瞬で計算しましたね? 少しばかり優秀過ぎる人材を手放してしまったでしょうか」
「ミライさん。支部長試験にはそこを判断基準に入れてなかったのですか?」
「ある程度の能力があれば人格面を優先しました。当ギルドの方針そのままです」
「……まあ、いいでしょう。ほかに挑むものは?」
「次は俺が!」
「いいでしょう。あなたの担当は?」
「一般事務です!」
「それって誰の担当だったんですか、ミライさん?」
「それもイーダさんの担当でした。というか、一般事務が専門で給金計算が補佐だったはずです」
「……ミライさん。ほんっとうに本部の運営に影響は出てませんよね?」
「……ちょっとだけ」
「帰ったらお話です。イーダさん、お願いできますか?」
「もちろんです」
「さて、一般事務となると僕には適切なお題が考えつきません。ミライさん、なにかいいお題はありませんか?」
「先ほどと同じようにポーションを出して卸値を計算させるのはどうでしょう?」
「……一般事務ですよ?」
「錬金術師ギルドでは一般事務の範疇です。ほら、ギルドマスター準備を」
「ミライさん、せめて一般職員の前では遠慮というものをわきまえてください」
「本部の人間は皆知っていることです。さあ、早く」
「このサブマスター、本当に僕をギルドマスターだと考えているのでしょうか? ともかく、先ほどと同じように高品質までのポーション類を出しますので卸値の計算を。それでは」
********************
「薬草の仕入れ値と販売額の差額計算終わりました」
「……ロルフさん。正解です」
さすがにこの程度の暗算は僕でもできます。
ミライさんばかりに頼っていると、本当にギルドマスターの威厳がなくなりますからね。
「さて、ほかに挑むものはいませんか? まだまだ職員はいますよね?」
僕の問いかけに対して沈黙する一般事務員一同。
三十人以上の挑戦者がいましたが、さすがにもういませんか。
「もういないのでしたら結構です。明日からきちんと仕事に取り組むように。これでもなお反発するようであればギルドマスターとして動きます」
「「「は、はい!!」」」
「結構。それではまた」
「はい。また会いましょう。皆さん」
僕たちは支部長室へと戻り結界を張ります。
「お疲れ様でした。イーダ支部長、ロルフ支部長補佐。見事なお手並みでしたよ」
「恐縮です。ギルドマスター」
「ありがとうございます」
「本当に素晴らしかったです。ギルドマスターがケンカなんて言い出したときは何事かと思いましたが」
「僕が生まれ変わらせたギルドで一年近く働いていた強者です。ぽっと出の新人に負けてもらっては困ります」
「考え方が荒っぽいです」
「仕方がありません。シュミットの流儀です。話し合ってダメなら技術の優劣で物事を決める、それだけですよ」
「……それで、これでも反発する事務員がいたらどうなるのでしょうか」
「そのときはギルドマスターが出るまでもありません。私が出て免職です。そもそもあの方々、試用期間だと言うことを忘れすぎています」
「ミライさん。今回挑んできた方々はどうするんですか?」
「今後の態度次第です。ギルドマスター、聖獣のお力を借りられませんか?」
「都合のいいときだけ僕の力を頼るんですね」
「使えるものはなんだって使います。もちろん、人の手による素行調査もかけます。念のため、聖獣による素行調査もお願いします」
「今日のことは聖獣たちも見ていましたし問題があれば勝手に動くでしょう。聖獣が動かなければいけないほどの問題があれば、ですが」
「人の手で解決できる問題まで聖獣の手で解決しろなんて言いませんよ」
「ならば結構。ところで、ミライさん。最近、考え方が僕寄りになってきている自覚はありますか?」
「あります。私もカーバンクルの主になってしまったし、もうどうとでもなれと」
「自暴自棄はよくありませんよ?」
「ギルドマスターは私の種族をお忘れですか? エルフですよ? それも私、見た目通りの若僧ですよ? この先二百年以上は生きるんですからね? この子とも長い付き合いになりそうですし、いっそいろいろ人の常識をかなぐり捨てた方がいいんじゃないかと」
「……なんだか、申し訳ありません。僕の思いつきで」
「猛省してください」
「あの、おふたりとも。そういったお話は本部のギルドマスタールームで……」
「ここ、ギルド支部の支部長室ですから……」
「私も人の常識をかなぐり捨て始めましたし、ギルドマスターはすでに常識を捨てていますので」
……酷い言われようです。
反論できないのがまたつらいところですが。
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