290.公園に行くメイドさん

「リリス様、今日はどうしてギルドマスタールームに?」


「ミライ様、私のことは呼び捨てで結構だと」


「いや、さすがにお客様ですし……」


 はい、今日はなぜかリリスがギルドマスタールームまでやってきました。


 さすがに緊張するのですが……。


「最近、スヴェイン様の元へとシュミット講師陣が大量に押し寄せてくると伺ったので追い返そうかと」


「……まあ、確かに多いですよね。時にはギルドマスター業務に影響が出るくらいには」


「あの子たちも上位素材での練習ばかりに目を囚われず、下位素材での復習もするべきなのです」


「リリス、少しは許してあげてください。彼らは彼らで本国にもない素材が手に入り浮かれているのです」


「ならばなおさらです。スキルレベル20までしか上がらない『武聖』の私に後れを取りながら、足元を固めようとしないなど言語道断ですよ」


「リリス、本当はそんなに厳しい人だったんですね」


「私まで厳しくしてはスヴェイン様やアリア様が甘える相手を失うでしょう? 本当はあまりにも甘えてくれないので寂しかったんですよ?」


「それは……」


「スヴェイン様って昔から自分にも他人にも厳しかったんですか?」


「いえ、他人に厳しさを求めたことなど一度も。逆を言えばこの……」


「『新生コンソール錬金術師ギルド』」


「そう、ここを大切に感じていると言うことです。どうでもいいとお考えなら自分の技術を適当に披露し、あとは勝手にやらせればいいのですから」


「確かに……去年の春シュミットに緊急帰国するときも大量の薬草を預けてくれましたし、私にもこっそり護衛をつけてくれていた見たいですし」


「そういうことです。最初は押しつけられただけだったとしても、いまは相応の責任感を抱いているのです」


「スヴェイン様、本当に義理堅いですね」


「余計な事は言わなくてよろしい。ところでミライさん、あなたが来た理由は?」


「あ、いけない。子供たちが集まってます。業務が片付いているのでしたら遊びに行ってあげてください。『カーバンクル』様方は……まだまだ自習が楽しいようですし」


「その自習に振り回されるサンディさんは本当に涙目なんですけどね。少しずつ技を盗まれている気がするって」


「『カーバンクル』様方ですからね……」


「あの子たちにも『普通の』遊びを覚えてもらいたいものですが……」


「失礼ながら。スヴェイン様も遊びは錬金術と魔法でしたよね?」


「……という具合で強く言えないわけでして」


「ふふ。ともかく子供たちをあまり待たせると、受付までやってきますよ?」


「そうですね。リリス、申し訳ありませんが……」


「その遊びとやら、私も加わっていいですか?」


「はい? ええ、構いませんが」


「では、参りましょう」


 ……リリスの考えが本当に読めません。



********************



「うわー、リリスのお姉ちゃんすごーい」


「編み物上手ー」


「これでもメイドですから」


 リリス、子供たちに囲まれて上機嫌ですね。


 元を正せば僕の専属だったわけですし、子供の相手は得意ですか。


「スヴェイン殿、今日も来たぞ」


「遅くなっちまったな」


「アルフレッドさん、テオさん。今日の修行はもう?」


「ああ、終わった」


「正確には『やり過ぎだ』って言われて追い出されてきた」


「お二人とも……」


「いや、なに。本物の『聖』を見せつけられてはな」


「まったくだぜ。公太女様もぼやいていた、俺の講師をもう一段階上げるべきか悩むってな」


 驚いた、半年でそこまでですか。


 マーガレットで見つけてきた甲斐があるというもの。


「腑抜けどもも根性を見せ始めたぞ」


「手加減のレベルが違うとは言えウィルにすら劣るんじゃ本当に『聖』の名前が泣くからな」


「それはよかった。いい加減根性を見せてもらえないなら僕がもう一度お灸を据えに行くつもりでした」


「はっはっは! それはよい!」


「そっちの方が幾分マシだったろうよ。本物の『聖』ってやつの輝きを見せつけられるよりはな!」


「杖のお爺ちゃん! 型を見せて!」


「賢者の兄ちゃんも魔法を見せてくれよ!」


「ではそうするかの」


「ああ、いいだろう。スヴェインは?」


「僕の居場所はリリスに奪われました」


「相手は本職のメイドじゃからな!」


「子供をあやすのも仕事のうち、か!」


「ええ、まったく」


 さて、僕はどうしましょうかね……。


 子供たちの相手をすると言って出てきた手前、なにもせずに帰るというのも……。


「あ、ギルドマスターのお兄ちゃん」


「お兄ちゃん、おひさしぶりです」


「ああ、君たちはいつぞやの」


 僕が公園で子供の相手をするきっかけになった兄妹。


 冬の間はあまり見かけないな、と感じていたのですが。


「元気にしていましたか? 冬はあまり会えませんでしたが」


「お父さんがね。お仕事中に怪我をしたの」


「かわりに私たちのれんきんじゅつをみてくれてた!」


「ほほう、それはそれは」


 この子たちにはよかったのでしょうが……家計は大丈夫だったのでしょうか?


「僕たちのポーションを飲んだらお父さん、元気になってまた仕事に行っちゃうんだ」


「でもまたけがをしておうちにかえってくるの」


 なるほど、怪我を口実に錬金術を見てくれていただけですか。


 結構結構。


「そういえばお母さんはどうなりましたか?」


「錬金術師ギルドで働いてる!」


「ほさ? ってしごとになったんだって」


「……そうですか」


 ミライさん悪いとは言いませんが、どこまで手を伸ばしているのか……。


「スヴェイン様、その子供たちは?」


「あ、メイドさんだ!」


「メイドのお姉さん、こんにちは!」


「はい、こんにちは。それで、この子たちは?」


「僕が公園で遊ぶようになったきっかけの子供たちです。ふたりとも錬金術師系統の職業を交霊の儀式で授かっています」


「ほほう、それはそれは」


 あ、このメイド、よからぬことを考え始めたみたいです。


 嫌な予感が。


「子供たち、もっと錬金術を試してみたくはないですか?」


「ためしたーい」


「でもお兄ちゃんからもらった薬草の葉っぱも無くなっちゃった……」


「ふむ。スヴェイン様。ちなみにどれくらいの薬草をお渡しに?」


「大量にとだけ。数えてはいません」


「なるほど、ではスキルレベルはそれなり以上ですか……」


「リリス、あなた」


「子供たち、お姉さんと一緒に来ればもっともっと錬金術を教えてあげますよ?」


「本当!?」


「わーい!」


「リリス……」


 ダメだ、このメイド。


 いろいろなところを焚きつけた結果、自分まで火が付いてしまっている……。

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