70.真珠の買い付けと今後の予定

 さて、『潮彩の歌声』滞在四日目。


 この日は、エルドゥアンさんの紹介してくれた卸商のところに行ってきました。


 こちらは彼からの紹介状で話が通っていたらしく、真珠や珊瑚の選び方などを親切丁寧に教えてくださいますね。


 もっとも、僕は使用する目的を告げて、最高品質のある場所から高品質以降のある場所まで移動して原木を探しているわけですが。


「この店の珊瑚もたいへんすばらしいですね。シャルムさんのお店とはまた違った雰囲気があります」


 僕の何気ない一言で店員さんに緊張が走りました。


「失礼ですが、シャルム卿をご存じで?」


「はい。昨日、マオさんたちと一緒に宝石の買い付けに行かせていただきましたが……なにか?」


「その際に、会員証はいただきましたか?」


「これですか?」


 僕はストレージの中から会員証を取り出します。


 黒塗りで非常に豪華な作りの会員証だとは思っていましたが、なにかあるのでしょうか?


「これは……失礼いたしました。こちらはシャルム卿のお店で有効期限なしで使える〝永年会員証〟でございます。他人に扱えないように個人識別の魔法がかかっておりますが、くれぐれもなくしませぬよう」


「永年会員証、これはまた気前のいいものをくれたましたね」


「それだけお客様のことが気に入られたのかと。……ところで、先ほどから高品質以下の原木ばかり見ていますが大丈夫ですか?」


「はい。僕たちの目的では最高品質の原木を使ってしまうのは、非常にもったいないので」


「それなら構いませんが……」


 僕はこちらのお店でも数本の原木を購入します。


 どれも小ぶりですが、魔宝石化するなら十分ですね。


「スヴェイン様、次は真珠が確認したいです」


「そうですね。店員さん、案内していただけますか?」


 店員さんに真珠が並べられているフロアへと案内していただきます。


 そこにはマオさんたちが先に来ていました。


「お、少年。珊瑚はいいものがあったか?」


「それなり、でしょうか。失礼ながら、珊瑚はシャルムさんのお店の方が品揃え豊富だったと思います」


「違いない! 珊瑚を扱わせたら、あそこ以上の卸売はないからな!」


「パムン様!?」


「事実だろうが。だが、真珠の質じゃ負けてねぇぞ。どうだ?」


 こちらの卸商……パムンさんの言うとおり、真珠の質は断然こちらのお店がよいです。


 真珠層の厚い品が多く、形もきれいな球形ですし傷もありません。


 それをパムンさんに伝えるととてもよい笑顔になりました。


 また、マオさんたちもすでにレクチャーを受け終わっているらしく、真珠探しに余念がありませんね。


「少年たちは特殊な付与術を使うと聞いたが……やっぱり最高品質の真珠がいいのか?」


「上位の聖魔法を込めるのでしたらそうなります。ただ、今回はそんなに高等なものじゃなくて構いません。等級が低い真珠を大量に買い付けたいですね」


「わかった。おい、案内してやれ。それから、これはうちの店の会員証だ。シャルムの店と同じ永年会員証だからな、なくすんじゃねえぞ」


「ありがとうございます。僕にまでよくしていただいて」


「目利きのできる人間は歓迎だ。ついでに、エルドゥアンからも頼まれてるからな。あの堅物にあそこまで言わせるとはなにがあった?」


「イナさんの治療をした、とだけ」


「……そいつは、堅物も折れるわな。等級が低い真珠はあまり売れねえんだ。箱単位で買っていっても文句はないぞ」


「ありがとうございます。中身を確認してから、検討しますね」


 結論から言うと、二等級として見せていただいた真珠も、かなり高品質なものでした。


 ただ、このお店で扱うには真珠層が薄かった傷が入っていたりするそうですね。


 とりあえず、二等級品を2箱、三等級品を4箱ほど買わせていただきます。


 最高品質は……アリアもほしがっていないですし、今日は必要ないでしょう。


「今日はありがとうございました。おかげで質のよい真珠も手に入りましたわ」


「おう、また仕入れたくなったら訪ねてきな。珊瑚の仕入れもそうだが、マジックバッグは忘れるなよ?」


「肝に銘じます……」


 はい、マオさんたちは珊瑚や真珠の仕入れに来たというのにマジックバッグを持っていませんでした。


 珊瑚は衝撃で折れたり傷がつくことがありますし、真珠も同様にお互いにぶつかって傷物になりかねません。


 マジックバッグの中ならその心配もないのですが……その辺の知識もコウさんは教えてなかったようですね。


 ちなみに、マジックバッグは僕からの貸し出しという形にしました。


 差し上げてもよかったんですけどね。


 そして、僕たち一行は再び馬車に乗り込み『潮彩の歌声』へと戻ります。


 この宿の滞在ももう4日目、もうすぐ1週間となる6日が経ちますね。


「スヴェイン様、スヴェイン様とアリア様はこの先どうなさるおつもりですの?」


「この先、ですか?」


「ええと、聞き方が悪かったですわね。私たちは明後日にはコンソールに向けて出発いたします。スヴェイン様たちもこの街を離れるのですか?」


「うーん、ちょっと微妙、ですかね」


「微妙、とは?」


「もう少しイナさんの経過観察をしたいところです。なのでエルドゥアンさんに頼んで、1週間ほど延泊させていただきます」


「わかりましたわ。ではその費用は、私たちが……」


「いえ、僕の我が儘ですので僕が支払います。これは絶対です」


「……ふう、わかりました。スヴェイン様たちへのご恩が雪だるま式に膨れ上がっているのですが、それは別の機会に返させていただきましょう」


「ええ、お願いします」


 宿に戻りエルドゥアンさんに延泊の申し出をします。


 彼からも延泊分の代金は必要ないと言われてしまいましたが、それは別の話なのでしっかり1週間分の代金を支払わせていただきました。


 そして、僕たちの宿泊している部屋に戻ろうとしたのですが……店の奥から怒鳴り声が聞こえてきました。


「お前のような見込みのない錬金術師を育てるのはもう無理だ! 私はもう降りる!」


「そんな……そこをなんとか……」


「いいや、もう決めさせていただいた! それでは、失礼する!」


 見込みのない錬金術師?


 さて、どういうことでしょう?


 気になりますが……宿の奥から聞こえてきたと言うことは、家庭の事情ですよね。


 首を突っ込んでもいいものかどうか。


「レオニー、家庭教師を断られたのか?」


「はい、お父さん。これでもうあてはありません……」


「うむぅ……この街の錬金術ギルドに娘を預けるのは不安だが……」


「あの、なにがあったんですか?」


 たまらず、といった様子でアリアが声をかけます。


 僕も気になっていましたし、一緒に話を伺いましょう。


「ああ、失礼いたしました。私の末孫なのですが【錬金術師】の職業を授かっているのです。ただ……」


「家族がこういうのも情けないのですが、才能が足りていないのです。5歳の頃から錬金術を学び始め、いまだに満足なポーションすら作れないのですから」


 ふむ、それは才能の問題ではなく素材の問題の気もします。


 錬金術で才能が必要になるのは、武器防具を錬金する『武具錬成』からですし。


「もしよろしければ、簡単なアドバイスをしてあげましょうか? 普通に考えてポーションすら作れないというのは変です」


「よろしいのですか? スヴェイン様にはイナの治療でご迷惑をかけたばかりですのに……」


「乗りかかった船ですよ。さあ、案内してください」


 さて、『ポーションが作れない』ですか。


 僕も昔は散々悩まされた問題、どこで躓いているのでしょうね?

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