68.冒険者の宴、お金の重み
「はっはっは! 飲め、食え! 今日は俺たちBランクの奢りだ!」
「ありがとうございます! 大将!」
「おう! ただ、イナちゃんが歌っている間には静かにな!」
「はいっ!」
冒険者ギルドのお祭り騒ぎは収まるところを知りません。
イナさんも『せっかくなので……』と一曲、また一曲と歌ってくれています。
体力が続かないので休憩を挟みながらですが、それでもイナさんが戻ってきたことで冒険者の皆さんは大喜びですね。
「あむっ……スヴェイン様、このエビという魚介類もいけますよ?」
「アリア、そろそろ食べるのはやめにしましょうか? 晩ご飯が食べられなくなりますよ?」
「……はい。そろそろやめにいたします」
アリアも食いしん坊な側面を前面に出して、いろいろ食べています。
コンソールの冒険者ギルドでは肉料理がメインでしたが、こちらでは魚介類をメインに出しているのですね。
「にーちゃん、けちくさいなぁ。もう少し食べさせてやったらどうなんだ?」
「いえ、そろそろ食べるのはやめさせないといけません。アリアが太ってもいけませんから」
「……その節はお見苦しいところを」
「あ、ああ。まあ、女性に取っちゃ死活問題だよな。にーちゃんが健康管理をしてるのか?」
「だいたいは、ですが。もう、そんなことをしなくても大丈夫、と思って油断するとすぐ食べ過ぎますからね」
「お、おう。でも、にーちゃんたちも冒険者なんだろう? 街の外で活動すればすぐに……」
「いえ、私とスヴェイン様はあまり街の外では活動しないんです。なので……」
「……嬢ちゃん、悪いことは言わねーからよ。食事が好きでもほどほどにな」
「ご忠告、痛み入ります」
さて、アリアが食事をやめてくれたことですし、エルドゥアンさんのところに参りましょう。
「エルドゥアンさん、お待たせしました」
「いやいや、私も楽しませてもらいましたよ。冒険者のノリというのも久しぶりだと心地よい」
「はい。私も冒険者の皆様に歌が披露できましたわ」
エルドゥアンさんもイナさんも楽しんでいたみたいです。
イナさんが歌は終わりだと告げると、冒険者の皆さんはとても残念そうな声をあげていました。
ですが、イナさんが元気になってまた歌いに来ることを約束すると、万雷の拍手を受けていましたね。
そして、次にイナさんが来るときに宿からギルドまで、およびギルドから宿までの送迎を担当する冒険者を決める言い争いが始まりそうになってます。
エルドゥアンさんもイナさんも笑っていますし、誰も止めようとしていませんから昔からこうだったのでしょう。
「賑やかだねぇ、師匠。イナちゃんの歌は終わったのかい」
「ええ、マルグリット。残念ながら、つい先ほど」
「そいつは聞きそびれちまった。聞く機会はまたあるだろうし、そのときを楽しみにしてるさ」
「はい、そのときは是非に」
「よろしくな。……で、スヴェインにアリア。あんたたち、特殊採取者であってるかい?」
「はい、そうですよ」
「それで頭の片隅に名前があったわけか……。師匠、依頼達成の報告もあるだろうし、ギルドマスタールームまで移動するよ」
「構いませんが……マスタールームですか?」
「ほかにも聞かれたくない話をするからね。行きましょう、師匠」
マルグリットさんは来た道を戻り階段を上っていきます。
僕たちもそれに続き、ヴィンド冒険者ギルド本部のギルドマスタールームへ案内されました。
そこで待っていたのは身長1メートルほどの……女性? 女の子? です。
「マスター、報告書を読むのはいいですが放り投げていかないでください。片づける身にもなってくださいよ」
「すまんね、ネル。それよりも、お客様だよ」
「お客様って……エルドゥアンさんにイナちゃん!? どうしてここに!?」
「イナちゃんの治療が終わったからさ。なあ、イナちゃん」
「はい、ご心配をおかけしました。ネルさん」
「よかったです! イナちゃん! エルドゥアンさん! それで後ろのふたりは?」
「そっちのふたりが依頼の達成者……イナちゃんの治療薬を準備した連中だよ」
「え、イナちゃんの治療薬って【マーメイドの歌声】ですよね? え?」
「師匠、依頼の達成証は?」
「もう作ってあります。あとはスヴェイン様とアリア様のサインをいただければ」
「よし、ふたりも早くサインを頼むよ」
「わかりました」
依頼内容は……確かに『本物の【マーメイドの歌声】を入手しイナを治療する』とあります。
報酬は……白金貨10枚!?
「エルドゥアンさん、報酬の額ですが……」
「申し訳ありません、スヴェイン様。私としましてもそれが支払える限度額なのです」
「ああ、いえ。少ないのではなく、多いのでは?」
「そんなことはないよ。スヴェイン、だったか。【マーメイドの歌声】は国内の錬金術師で有名どころは皆揃って匙を投げた代物だ。国外の錬金術師を一から探す、となれば白金貨10枚でも足りるかどうか怪しい依頼だからね」
「そうなんですね……」
「『霊薬』作りはそういうもんさ。うちの冒険者たちも、金目当てじゃなく自分たちのふがいなさを恥じてなんとかしたがってたが、『霊薬』作りができるような冒険者に心当たりがなくて諦めてたんだよ」
「そうだったんですか。横からしゃしゃり出ることになってしまいましたが、よかったのでしょうか?」
「よくなきゃあんな大宴会はしないよ。理由はどうあれ、イナちゃんが回復して師匠が認めてるってことが大事なのさ」
「わかりました。それでは、このお金、受け取らせていただきます」
僕とアリアは達成証にサインをし、それと引き換えに白金貨10枚を受け取ります。
今までも白金貨は貰ってきましたが、これは重みが違う、そんな気がしますね。
「よし、師匠の件は終わりだね。じゃあ、あたしたちヴィンド冒険者ギルドからスヴェインとアリアに依頼だ。特級品のポーション30本と特級品のマジックポーション70本を売ってくれないかい?」
「ちょ!? ギルマス、気が狂いましたか!? 特級品をそのようなまとまった数……」
「はい、いいですよ。ギルドの備品ですか?」
「へ、あるんですか!?」
「うるさいねぇ、ネル。コンソールからの報告書に書いてあるよ。新しく任命した特殊採取者はポーション作りの達人だ、ってね」
「いや、冒険者で達人って、普通は高品質品が安定してって意味ですからね?」
「どっちだっていいじゃないの。それで、1本いくらなんだい?」
「いろいろなところと取引をさせていただいていますが、卸値で1本金貨1枚、それ以下の金額ではほかの方へ不義理になるのでできません」
「……つまり、特級品が1本金貨1枚で買えるってことですよね!?」
「はい、そうなりますね」
「ギルマス! ポーション30にマジックポーション70なんてけちくさいこと言わずに両方とも100ずつ買いましょう、ええそうしましょう。大丈夫です、備品費と予備費でそれくらいは決裁してみせますとも」
「……すまないが、そういうことだけど、足りるかい?」
「まあ、足ります。でも、特級品のポーションってやっぱり戦略物資になり得ますね」
「売り方を考えないとそうなるね。ほかにはどこで売っている?」
「コンソールの冒険者ギルドとコウさん……ええと、ネイジー商会ででしか売ってません」
「コンソール冒険者ギルドなら大丈夫だ。ネイジー商会も悪い噂は聞かないし問題ないだろう」
「ええ、とてもいい方々ですよ」
「だけど、冒険者ギルドだからといって簡単に売っちゃだめだからね。場所によっちゃ代官や貴族と癒着してズブズブな関係になってるところもあるからさ」
「ご忠告ありがとうございます」
「気にすんなって。……さて、購入数も決まったし備品室に移動してもいいかい? さすがに、ここでポーションを200本も出されると困るからね」
「わかりました、行きましょうか」
「私たちはここで待たせてもらってもよろしいですか、マルグリット?」
「ああ。ちょっと時間はかかるだろうけど」
「では、私とイナはここで休ませていただきましょう」
ギルドの備品室に移動すると、鑑定師たちによって僕のポーションとマジックポーションがチェックされていきます。
もっとも、鑑定結果の『特級品』が100本以上並んでいる現実についていけないようですが……。
納品が終わったら、ギルドマスタールームに戻って納品物の清算です。
今回も白金貨になりましたが……やはり、先ほどの白金貨の方が枚数的なものではなくとも重みを感じます。
「いや、いい買い物でした。備品として高品質ポーションはありましたが、まさか最高品質どころか特級品がまとめて買えるだなんて!」
「はしゃぎすぎだよ、ネル。いい買い物ができたのは事実だけどね。師匠、そろそろ帰るんだろう? 送ってくよ」
「すみません、マルグリット。ギルドマスターを使いっ走りみたいにしてしまって」
「師匠じゃなきゃ引き受けないさ。さあ、行こうか」
こうしてマルグリットさんにまた馬車を出してもらい、今度は『潮彩の歌声』まで送っていただきました。
エルドゥアンさんとイナさんとも分かれて部屋に戻ると、マオさんたちがちょうど部屋から出てきたところでしたので今日の様子を聞いてみます。
コウさんから紹介された卸商の方からはわりと好感触を引き出せたそうですが、同時に試されている感じも受けたそうですね。
ともかく、明日は僕たちも同行し宝石の買い付けになります。
魔宝石を作るために培った知識がどこまで役に立つかわかりませんが、頑張りましょう。
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