209.挿話-17 アトモの交渉
「アトモ様、やはり最高品質になりません……」
「こちらもです。教本通りのはずなんですが」
「私の方もミドルポーションや特級品ポーションで躓いていてな……」
私はアトモ。
『元』金翼紫であり、いまはコンソール錬金術師ギルドで一ギルド員として日々を過ごしている。
だが……。
「学ぶ楽しさはあるがここまで躓くとはな……」
「はい。正直、コンソール錬金術師ギルドを甘く見すぎていました」
「入門時の試験があれだけ厳しかった理由もわかります。この街では見習いですら蒸留水からマジックポーションを作れて当たり前ですからね」
「うむ。それでいて教本は全段階に分かれてすべて揃っているところがますます悩ましい」
「あれらすべてがギルドマスターの執筆した本なんですよね」
「すべての本を読ませていただきましたが、どれもわかりやすく書かれていました。実行するのはとても難しいですが……」
「私ですら最高品質のマジックポーションは成功率七割だ。しかし、このギルドでは最低でも九割以上できない限り安定とは呼べないとは」
「俺たちなんて高品質のマジックポーションですらぎりぎり安定ですよ」
「本当にこの街の錬金術師ギルドはどうなっているのだ」
私や私の弟子ですらこの街では半人前。
意気揚々と乗り込んできたのはいいが、ここまでの挫折感を味わうとは……。
ギルドマスターの人を見る目は正しかったのだが、どこをどうすればここから先に進めるのかそれがわからぬ。
「弱ったな。念のため蒸留水の作り方まで確認したのだが、どこにもヒントが載っていない」
「蒸留水はさすがに失敗しませんからね」
「私たち、一体どうすれば……」
ふむ、本当に困ってしまった。
次の一歩を踏み出す方法がまるでわからないのだ。
「……仕方があるまい。一般錬金術師の方々に聞くしかないか」
「お手を煩わせるのは申し訳ありませんが……」
「私たちではこれ以上できません」
そう覚悟を決めて一般錬金術師のアトリエにやってきたのだが、答えはすぐに帰ってきた。
「あー、アトモさんたちってギルドマスターの最初の講義すら受けてないものな……」
「置いてある資料の最初が蒸留水からだろう? ギルドマスターってときどきどこか抜けてるんだよ」
「あの方にとっては当たり前すぎて『教えなくても大丈夫』って思い込みでもあったんじゃないか?」
「俺もそう思う。っていうかそうに違いない」
「わかりました、アトモさん。さすがに今日からってのはこの時間だと厳しいんで、明日からこのギルドの前提知識を教えに行きますね」
「ぜ、前提知識!?」
「ギルドマスターが帰ってきたらその資料も追加してもらわなきゃな」
「だな。俺たちが本格的にゼロから指導ってなったらそこの教本も用意してもらわなくちゃ困る」
「でも、そうなると新入ギルド員すべてに配布しなくちゃいけないんじゃないか?」
「さすがにギルドと交渉すればそれくらいの経費は出してくれるだろう。っていうか、そうじゃなくちゃ俺たちが困る」
「だよなぁ。あの方みたいに二日でマスターしろ、なんて無理だからなぁ」
「そう言うわけなんでアトモさん。個人個人の差があると思いますが数日から十数日は前提知識の習得にかかると覚悟してください」
「わ、わかった。門下生たちにもそう伝えておこう」
「お願いします。……それにしても、ギルドマスター不在って痛いな」
「俺たちも知らず知らずのうちにギルドマスター頼りだったのかもな」
「見直していかなくちゃ」
「明日から数日はいまある教本を全部読み返すか」
なんだ、この錬金術師ギルドは!?
ただの一般錬金術師でさえ、これほどの気概を見せるのか!?
そして翌日の午前中に教えられた前提知識。
それは、あまりにもあっけないものだった。
「は? 魔力操作のマスター?」
「ええ、アトモさん。それから門下生の皆さん。この街の錬金術師ギルドではそれができないと修行にすらならないんです」
「それでどう変わるのかね?」
「……そう思いますよねぇ」
「それほど違うのか?」
「アトモさんの魔力操作スキルはレベルいくつですか?」
「レベル……14だな」
「ああ。それじゃあぎりぎりだ」
「なに? これでぎりぎり!?」
「アトモさん。魔力水を作ってみせてください」
「う、うむ。……これで良いか?」
「はい。で、魔力操作をマスターしている俺が作ると……こう」
「な!?」
「早い!?」
「それに色も美しいぞ!!」
「いやぁ、ギルドマスターや『カーバンクル』様方に比べれば圧倒的に劣りますよ。これでも高品質ですから」
「これで、高品質、なのか?」
「はい。アトモさんのは最高品質ですよね」
「う、うむ」
「ギルドマスターに言わせれば、参考資料の手順通りで作ると最高品質にはなるらしいです。ただ、そのあと。例えばポーションとかマジックポーションを作る時に影響が出るんだとか」
「そ、そうだったのか……」
「まったく知らなかった」
「私たち、スタートラインにすら立ててなかったのね」
「いや、こればっかりは教えてなかったギルドマスターが悪いんで気にしないでください。それで、魔力操作の効率的な鍛え方ですが……」
そのあと実践してもらった魔力操作の鍛え方は実に理にかなったものだった。
一般錬金術師の方が戻ったあと、門下生たちと練習したのだがなかなかうまくいかない。
私が魔力操作スキルをマスターしたのは五日後、一番遅かったものでは十八日もかかってしまった。
そして、魔力操作を覚えてからというもの魔力水もポーションも段違いに作製しやすくなっている。
なんなのだ、この差は……。
これだけの差が一般錬金術師の方にわずか一時間足らず教えてもらうだけでも出るのだ。
ギルドマスター殿に直接教えを請うことができれば格段に進歩できる!
そう考え、サブマスターのミライ殿の元へとお願いに行ったのだが……。
「ダメです。ギルドマスターの事ですから帰ってきたらたくさんやることを抱えてくるはずです。それでなくても、戻って一週間は『カーバンクル』様方からギルドマスターを借りる事ができません。私がお願いに行って断られるのは嫌なので、交渉に行きたければアトモさんご自身でお願いいたします」
そう、にべもなく断られてしまった。
仕方がないので『カーバンクル』様方、つまり、ギルドマスターの弟子ふたりの元を訪ねてみたのだが……。
「ダメです!」
「申し訳ありません。アトモ様のお願いでもちょっと……」
こちらもまた取り付く島もない。
ギルドマスター直々の講義はいずれ折を見てお願いするとしよう……。
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