第六部 動き始める隠者と秋の日差し

210.旅立ちの日からそろそろ一年

「よし、これですべての準備が完了ですね」


「まったく。結局一カ月半かけたじゃないですか」


「いやはや、面目ない」


 夏の終わり頃にコンソールの街を出て、拠点へと戻り早一カ月半。


 ようやく再びコンソールに向かう準備ができました。


「仕方がないじゃないですか。新しい錬金台を作るのに十日もかかり、それを使うとミドルポーションとミドルマジックポーションの特級品が安定し、ハイポーションの最高品質化も五割、ハイマジックポーションも高品質安定できるようになったのですから」


「その結果としてそこまでで一カ月が経過。そこから慌てて弟子たちに贈る装備を作り始めて今日ようやく完成ですよ?」


「……アリアだって一カ月間は自分の研究に没頭していたじゃありませんか」


「……忘れてください」


『本当にお主ら似たもの同士じゃのう』


 荷造りが終わりウィングを呼ぼうとしていたところにやってきたのはワイズ。


 なにかあったのでしょうか?


「ふたりになにかありましたか?」


『先日様子を見に行ったが一カ月で宿題を終わらせ、お主らふたりが帰ってこないと待ちぼうけをしておった。ユニがふたりをあやし、街中へ掘り出し物探しへ連れて行っているようじゃったが……さすがにもう掘り出し物は見つからないようじゃな』


「あのふたりのことです。荒らして回ったのでしょうね」


「スヴェイン様。もう少しまともなお金の使い方を教えてあげてくださいな」


「ではアリアが女子向けのお金の使い方を教えてあげてください」


「……化粧品はスヴェイン様が作るものの方が高品質で肌に合いますので」


『お主らは本当に……』


 ワイズに呆れられてしまいました。


 しかししょうがないじゃないですか。


 元貴族で、そのあとは三年間もここで暮らして……。


 暮らして……。


『どうしたのじゃ、スヴェイン?』


「いえ、そろそろコンソールに旅立ってから一年が経過するのだなと考えまして」


「そういえばそろそろですね。懐かしいです」


『そういえばそうじゃな』


「元を正せばアリアが果物を欲したところから始まったんですよね」


「……忘れてください」


 アリアが照れていますが事実は事実です。


 あれがなければまだまだここで隠遁生活を続けていたでしょう。


「しかし、この一年はいろいろありましたね」


『お主が弟子をとった。それもふたりも。と言うのが最大の出来事じゃな』


「ええ、成り行きで弟子を取ることになりましたが……ここまで早く成長するとは思いもしませんでした」


「そうですね。まさか、一年で『魔導錬金術師』になるための条件を半分近く満たすだなんて」


 こういってはなんですが、『魔導錬金術師』の条件はかなりハードです。


 それをわずか一年足らずで半分近く、錬金術方面ではほぼすべてを満たすとは恐れ入りました。


『儂はお主らがいない間に隠れて様子を見に行ったが、なかなかにハードな修行をしておったぞ』


「ですよね。そうでもしないと一年ではたどり着けません」


「本来は三年ほどかけて育てる予定でしたからね」


『やはりニーベとエリナ、『魔術士』と『錬金術師』という異なるタイプの同門が良い刺激になっているようじゃ。お互い負けん気は人一倍強いからのう』


「そう考えるとエリナちゃんを迎え入れられたのは大きいですね」


「マオさんの判断は正しかったです」


 マオさんの判断がなければエリナちゃんは弟子になっていません。


 さすがは商人の慧眼と言うべきですね。


『すべてが偶然の産物というのもまた面白い。……いや、それを言い出せばお主らと儂の出会いも偶然。であればあのふたりとの出会いもまた必然だったのかもな』


「ですね。本当に感慨深いですわ」


「……それにしても、半年分の宿題を一カ月でこなしますか。本当に無理をしていないのでしょうかね?」


『無理などもちろんしておる。毎日午前も午後も魔力枯渇をわざと起こし魔力の向上に努めていた。おかげで最大魔力もかなり上がったぞ』


「……あの子たちは」


「戻ったらお説教からですわね」


『勘弁してやれ。それだけ自分の成長が楽しい時期なのじゃ。お主らも幼い頃はそうであったであろう?』


「それは……」


「言い返せませんね」


 僕たちの修行もかなり……いえ、ふたりよりハードでした。


 シュミット流というのもありますが、それ以上にハードでしたからね。


『さて、そろそろ儂が来た理由を話すか』


「そうでした。ワイズ、あなたが出発直前に来るとは珍しいですね」


「そうですわね。合流するだけなら出発したあとでも構いませんし、到着後でもできます」


『なに。出発前に紹介したい者たちがおってな』


「紹介したい?」


「者たち……ですの?」


『うむ。参れ』


 ワイズの言葉に従って現れたのは鳳凰とフェニックス。


 ただし、僕が契約している聖獣ではありません。


「この子たちは?」


『聖獣契約希望者じゃ。それもニーベとエリナのな』


「まあ」


「ニーベちゃんとエリナちゃんのですか……可能でしょうか?」


 聖獣としてはどちらもそれなりに高位の存在。


 つまりそれだけ多くの魔力を必要とします。


 契約できるとしても二年以上は……。


『この者たちは自ら契約を望んでいる。そして高位な存在ではあるがまだ若い。そこまで魔力を必要としないはずじゃ』


「本当ですか?」


「信じられませんわ」


『信じるかどうかは試せばわかる。あのふたりの護衛としても役立つぞ。……ああ、それからスレイプニルも一匹契約したいと望んでいたな。さすがにそちらはまだ早いが……ふたりの意思は尊重するそうじゃ。足代わりになるそうなので、街中の移動に使ってもらえ』


「……街中をスレイプニルで走り抜ける少女」


「いささか以上に恐ろしいです」


 ワイズはときどき恐ろしいことを言い出します。


 ですが、ユニをふたりにいつまでも貸し出すわけにも行きません。


 スレイプニルも子供には優しいでしょうから信じましょう。


『それで、出立する準備はできているのか?』


「当然です」


「あとはウィングを呼ぶだけですわ」


『呼んだ?』


「呼びました」


「早いですね」


『そろそろ出かけなくちゃいけない頃だよね?』


「その通りです」


「コンソールの街までお願いいたしますわ」


『了解。早く僕の背中に乗って』


「ええ。では、行きましょうか」


「はい。この一年ですっかり通い慣れたコンソールへ!」

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