631.見習い錬金術師 トモ 10

 試験が終わったあと、ジャニーン先輩が雑談をしていると事務員の方がやってきて給金支払いの準備ができたと言うことを告げられた。


 その時、ジャニーン先輩はまず支部送りになった人たちから取りに行かせていたんだけれど……本部に残る人たちにはまだ話があるみたい。


「さて、支部送りになった人間はいなくなったわね。トモ、聞きたいことがあるんでしょう? 聞きなさいな」


「はい。ジャニーン先輩って最初にって言ってましたよね? それなのに蒸留水でもマジックポーションでも遅れた人を支部送りにしたのってなぜでしょう?」


「ああ、それね。他の人も聞きたいでしょうから答えるわ。あいつら全員、が足りないのよ、必死で食らいついてこようとするが」


、ですか?」


「トモも含めた問題児三人組、あなた方へと質問に来ていた中で支部送りになった同期っていたかしら?」


「えーと……いた? ネーヴちゃん、メアリーちゃん?」


「私のところに聞きに来てくれていた人は誰もいなかったよ?」


「私のところもでもですわ。ジャニーン先輩、それとになんのつながりが?」


「簡単よ。自分よりも優れているなら誰からでも教えを請える。それがなければやっていけないもの」


「……そうなんですか?」


「ええ、そうよ。私たちだって教えられる人数は有限だし教えていることも一律同じこと。一定の教育方針に従ってしか教えていないわ。でも、あなた方は違うでしょう? 各自の問題点を見いだして指摘し、それを改善するように指導している。それができる同期が、がいるのにそれができないようじゃこの先やっていけないわ」


「先輩、意地悪ですよ」


「私たちは半端者が本部には残ってもらいたくないの。あなた方へのふるい落としはまだ終わったわけではないから油断しないでね」


「この先はどうなるんですの?」


「そうね。この先の予定だけ伝えておくわ。来週、夏の二月目初週からは最初二日間は高品質魔力水の作り方、次の三日間は高品質ポーションの作り方。一日休みを挟んで、二週目の最初二日間は高品質ディスポインズン、次が高品質マジックポーション。そして、また休み。そのあとは自由裁量、ただし毎週一日以上は休みを取ること」


「一日ですか?」


「ええ、二日以上休んでも構わないわ。私たちだっていまは指導があるから免除されているけれど、ギルドマスター命令で本来は毎週二日間以上の休みを取ることがだし」


「休むことが?」


「そう、よ。まあ、休みの日もできる範囲で研究をしているんだけれど」


「……それなら休まないでギルドに来ていた方が」


「……全員やり過ぎちゃったから休めってギルドマスター命令が出ているのよ。昔から」


 ジャニーン先輩たちってどれくらい頑張ってるんだろう。


 聞きたいような聞きたくないような……。


「さて、休暇のことで話が逸れたわね。あなた方の最低目標を告げるわ。夏の終わりまでに見習いを卒業すること。これができなかったら問答無用で支部送りにするから覚悟しなさい」


「夏の終わりって……二カ月後ですか?」


「そうよ。二カ月もあるし、高品質マジックポーションを教えてからも一カ月半以上あるんだから楽勝でしょう?」


「見習い卒業の目安ってなんでしょうか?」


「目安もなにもないわ。昇級試験はギルドマスターとサブマスターの前で高品質マジックポーションを五回中四回成功させること。それがコンソール錬金術師ギルドにおける見習い卒業試験よ」


「……高品質マジックポーションを五回中四回成功ですの?」


「問題児三人組なら楽勝よ。あとは残りのメンバーがどれだけ生き残れるかね」


「途方もなく難しく感じるんですが……」


「そう? 大した問題じゃないわよ。ああ、見習いを卒業したら資料室の出入りを認めてあげるわ。そうしたら最高品質品の作り方もわかる。あと、見習い卒業試験でギルドマスターから熱意を認められれば〝第一位錬金術師〟にそのまま昇級よ」


「え? 〝第一位錬金術師〟って一般錬金術師の上じゃ?」


「〝一般錬金術師〟と〝第一位錬金術師〟の差は本人の熱意の差だけ。そうそう、トモにはいい報せだけれど〝第一位錬金術師〟になれば『カーバンクル』様方からの指導を受けることも認められるわ。ほかにも薬草栽培の参加なども認められるけど」


「『カーバンクル』様方……ニーベお姉ちゃん!」


「そう、ニーベ様も含まれる。やる気、出てきたでしょう?」


「はい! とっても出てきました!!」


「そういうわけだから頑張りなさい。……さて、そろそろ支部送りになった人たちも給金を受け取り終わったはずだし、皆も受け取りにいっていいわよ。問題児三人組を除いて」


「私たちはまだお預けですか!」


「あなた方はほかと一緒にすると問題があるのよ……」


 問題がある、どういう意味だろう?


 ともかく、残っていた同期たちが給金受け取りのためにぞろぞろ出て行く中、私たち三人とジャニーン先輩だけがアトリエに取り残された。


 うーん、聞いてみようかな、問題っていうのを。


「ジャニーン先輩、問題ってなんですか?」


「あなた方、納品したポーション類の本数は覚えている?」


「わかりません!」


「ええと……たくさん?」


「数え切れないほどですわ」


「事務ではきちんと数えているから安心なさい。ちなみに、一般品ポーションの買い取り価格は銀貨二枚よ。この夏から値下げされたからね」


「値下げ?」


「昔は銀貨二枚と大銅貨五枚だったのよ。ただ、シュベルトマン領内各街に私たちと同じポーションの作り方が広まった結果、売り上げが落ちるだろうと言うことで街中での販売価格と錬金術師からの買い取り価格が下がったの」


「そうだったんですか。あまり気にしませんが」


「支部連中は気にしているそうよ。あっちには生産ノルマも課されているから」


「本部にはどうなっていますの?」


「え? ないわよ。そんなことしたら、本部の検品係がパンクするもの」


「じゃあ、どうして支部には?」


「支部のには必要だからよ」


「えっと……ジャニーン先輩って支部所属の錬金術師たちの扱い方が酷くないですか?」


「私だけじゃなくて第二位錬金術師たち全員の共通認識よ。まったく、仕事としてのやりがいだけでお金稼ぎをして研究を怠るなんて……」


「あはは……」


 よくわからないけれど第二位錬金術師の先輩方にとって支部の錬金術師たちの話題は禁句みたい。


 あまり振らないでおこう。


「さて、あなた方と雑談しているのもいいけど忘れる前にひとつお願いがあるの」


「お願い、ですか?」


「ええ、お願い。明日休みと言っておいてなんだけれどギルドに出勤してもらいたいのよ。私があなた方に足りない最後のひとかけら、を教えてあげるわ」


?」


「ええ、よ」


「よくわからないけれど、わかりました。皆もいいよね?」


「うん。もちろん」


「ギルドで三日もまとまってお休みがいただけるだなんて普通ありえませんもの」


「ありがとう。それにしても、あなた方は他人に教えるようにならないと魔力枯渇を減らさないわね?」


「いやぁ……」


「まあ、深刻な状況にならなければいいんだけれどね。まったく、加減はいまのうちに覚えなさいよ。高品質や最高品質になればいまよりももっと魔力を消費するんだから」


「そうなんですね」


「ええ、そうよ。少しフライングになるけれど高品質魔力水の作り方だけ教えようかしらね」


「それって、いいんですか?」


「数日早まるだけよ。とりあえず蒸留水を用意しなさい」


「はい」


 私たちは言われるまま蒸留水を錬金術で作製し、高品質魔力水を教えてもらうのを待つ。


「さて、高品質魔力水だけど基本は一緒。ただ、注ぎ込む魔力の量を増やしつつ優しく魔力を馴染ませるだけよ」


「たったそれだけですか?」


「最高品質になると別手順が加わるけれど高品質はそれだけ。やってみなさい」


「はい。……あ、できた」


「私も」


「私もですわ」


「あなた方レベルの魔力操作能力があれば高品質魔力水程度造作もないのよ。作り方を知らないから力任せに作っていたせいで高品質にならなかっただけで」


「なるほど……」


「まあ、そういうわけだから魔力枯渇にだけ気をつけながら量産しなさい。高品質魔力水は高品質ポーション類の基礎素材よ。これが作れなければ始まらないわ」


「「「はい!」」」


 そのあとも何回か高品質魔力水を作らせてもらっていると給金支払い係の人がやってきて私たちの給金を支払ってくれた。


 くれたんだけど……。


「あ、あの! 私のお給金、間違っていませんか!?」


「私のもです! 入ってます!?」


「私のもですわ!?」


「歩合による適切な支払いですので問題ありません。あなた方の納品数がそれだけ多かったということです。それでは」


 給金支払い係の人は戻って言ってしまったけれど……の上に大銀貨もあるしどう使えば?


「ねえ、トモちゃん。どれくらいあった?」


「金貨八枚以上……」


「私も……」


「私もですわ……」


「だからあなた方をほかの子たちと一緒にお給金を取りに行かせなかったのよ。私は大体読めてたから」


「ジャニーン先輩、読めてたなら忠告してくれても……」


「ちなみに来月からはもっと増えるわよ? 高品質以上のポーションってあなた方の想像以上に高値だから」


「「「ええ……」」」


「でも止まれないんでしょう?」


「「「はい……」」」


「じゃあ、いまのうちから使を勉強しなさい。それでも余るけれど」


「「「わかりました……」」」


「それじゃあ、帰り支度をして帰りなさい。くれぐれも寄り道とか裏道に近寄ったりしないように。せっかくのお給金を盗まれないようにね」


「「「はい」」」


 この街じゃ錬金術師は高給取りって聞いていたけど本当だったんだ……。


 正確には作れるポーション類の本数が桁違いだから高給取りになれるんだろうけれど……怖すぎる……。

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