102.ふたりの正体

 四人分の武具錬成を終了する頃には、完全に夜となってしまいました。


 弟子ふたりは、ヨライネさんの結果を見せたあと、屋敷の方に戻ってもらいましたよ。


 夕食の時間もありますからね。


 そのときジェフさんに、僕たちふたりの夕食は用意しなくともよいとお願いしてあります。


 もう用意してあったら、そのときは冷めててもいただくと告げてありますから、もったいないことにはならないでしょう。


「おい、スヴェイン。お前、またとんでもないものを押しつけたな」


「そうですか? まあ、Dランクの持つものではないかもしれませんが、あれをきっかけに上位冒険者への階段を上るのも、足を踏み外して転落するのも彼女たち次第です」


「お前も厳しいな。……ところで、俺たちがあれと同じようなものを依頼した場合、どれくらいの値段になるんだ?」


「そうですね……ミスリルとガルヴォルンだけでいいのでしたら、ひとり白金貨……八枚くらいで引き受けましょう」


「その言い方だと含みがあるな」


「もっと上位の金属や魔宝石を組み込めば天井知らずですよ。とりあえず、上位金属としてオリハルコンとメテオライトの用意はあります。これらを使うのでしたら白金貨十五枚です。それに、魔宝石……魔法を発動させることが出来る宝石を組み込むとなると、更に値段がつり上がります」


「魔宝石ってどんな魔法を発動できるんだ?」


「アリアに頼めばレベル五十くらいまでの魔法ならなんでも組み込めます。ただし、そんなものを組み込むときは白金貨三百枚はいただかないと割に合いません」


「お前がそこまで言うってことは相当難しいんだな」


「ええ。僕でも成功率一割未満です。それも、かなり大きくて純度の高い宝石を扱わなければいけないので、その値段なんですよ」


「よくわかった。例えば補助魔法……そうだな、プロテクションあたりを組み込む場合は?」


「金貨五十枚程度ですかね? その程度なら苦になりません」


「プロテクションは問題ないか。じゃあ、シルフィードステップは?」


「それも金貨五十枚ですね。ああ、魔宝石の効果で引き出される魔法は、ウィンドガードのような最初から広範囲な魔法以外は自分、またはモンスター一匹にしか影響を及ぼさないものと考えてください」


「ふむ……それを考えても、いざというときのプロテクションとシルフィードステップを白金貨一枚で組み込めるか……」


「ええ。ただ、組み込める魔宝石の数は限られていますし、属性による相性次第では組み込めないこともあります。そこはご了承を」


「プロテクションとシルフィードステップは問題ないんだな?」


「土と風なのであまり相性は良くないのですが、相互干渉を遮断するために光と闇の属性魔石を間に組み込みます。それで問題ないはずです」


「ちなみに更にヒール系を組み込むことは?」


「出来ますが……ヒール系は組み込む魔法によって効果も値段も天地ほどの差がありますよ?」


「ちなみに、一番安いのはライトヒールだろう。その値段は?」


「金貨八十枚くらいですね。ヒールなどに使う魔宝石は少々お高めなのです」


「ふむ……本当はフェアリーキュアが欲しかったんだが。値段はどれくらいになる?」


「白金貨……八枚におまけしておきましょう。本来でしたら十二枚から十五枚は欲しいところですが」


「その三つを同時に組み込むことは可能なんだな?」


「大丈夫です。土と風の相互干渉は遮断しますが、命の属性とは双方相性が良いので問題ありません」


「回復属性じゃなくて命属性?」


「回復属性の上位とでも考えてください。ただし、ミスリルとガルヴォルンだけではこれらの魔宝石を受けきれません。オリハルコンをベースに、メテオライトで補完、ミスリルとガルヴォルンを魔力回路にした武器が必要になります」


「具体的に総額いくらだ?」


「白金貨二十三枚と言いたいところですが、二十枚におまけします。アリアもその値段でしたら構いませんよね?」


「はい。【ブレイブオーダー】の皆様の人柄は理解していますので、問題ないでしょう」


「……戻ってパーティで購入するかどうか検討したい。少し時間をもらえるか?」


「はい。大丈夫ですよ。普段はここ、コウさんのお屋敷におりますので結果が出ましたら教えてください」


「悪いな。各個人、出せない金じゃないんだがさすがに大きすぎる買い物だ。勢い任せに買っていいものじゃない」


「その慎重さは大事ですよ。それでは、決心がついたときまたお会いしましょう」


「おう、夜遅くまで悪かったな」


「そう思うのでしたら【アクアボルト】の皆さんを宿まで送ってあげてくださいね」


「わかってるっつーの。じゃあ、またな」


「はい。また」


「またお目にかかれる日をお待ちしております」


 さて、結構夜遅くになってしまいました。


 僕たちもお屋敷に戻らないと。


 お屋敷のエントランスホールにはジェフさんが待ち構えており、コウさんとハヅキさんが面会したいとのことです。


 断る理由もないですし、ふたりが待っている部屋へと案内していただきましょう。


「夜分、遅くまで仕事をしていたあと呼び出してしまい申し訳ないな」


「本当に申し訳ありません」


「お気になさらないでください。僕たちが夜になってから仕事を請け負ったのが悪いのですから」


「……うむ。そういうことにしておこう。腹も減っていることだろう。簡単な料理だが用意させるか?」


「ご心配なく。僕たちのストレージやマジックバッグには、こういうときのための携帯食料も入っていますので」


「……スヴェイン様は止めないと朝まで実験をすることもありますので」


「あはは……良い結果が出ているときは、止め時が難しいんですよね」


「そうか。それではこれ以上の前置きは抜きにして尋ねさせてもらおう」


「はい。僕たちの正体ですよね?」


「……ええ、そうですわ。十三歳にして異常とも言えるほどの知識量と技術力。これを持っているであろう人物は寡聞にして噂に伝え聞く一名しか知りませんの」


「そこまでわかっているのならお答えしましょう。僕はスヴェイン = シュミット。グッドリッジ王国シュミット辺境伯家の長子でした」


「私はアリア = アーロニー。名義上はアーロニー伯爵家の令嬢となっております」


「……やはりか。この二カ月間、方々に手を回して該当する人物がいないか探したが、ほかに候補が見つからなかった」


「でしょうね。それ以前に、僕と同じくらいの力量を持った錬金術師の方がいらっしゃればお目にかかりたいほどです」


「そうか。……それで、なぜ、この国に。そして交易都市にやってきたのだ?」


「そうですね。最初はアリアの我が儘からでしたでしょうか?」


「……はい。私が新しい果物が欲しいとおねだりをしたのが始まりです」


「それだけか?」


「元々はそれだけの予定でした。街に入って市で果物や野菜を買い、それが終われば拠点に帰るつもりでしたから」


 うん、初めはそのつもりだったんですけどねぇ。


 なんだか、ズブズブと人の輪が出来ていきましたよ。


「マオやニーベを助けた理由は?」


「マオさんはたまたま襲われているのを見かけたから。ニーベちゃんはハヅキさんにお願いされたからですね」


「ふむ。すべては偶然か私たちの選択によるものか」


「はい。ポーションを大量に卸すことにしたのもマオさんの助言があってのことですし、ニーベちゃんを弟子にしたのも本人の本気度に応えるためです。僕のほうからは特にアプローチした……覚えはない……はず?」


「うむ。確かにニーベが錬金術師を目指すことにしたのはスヴェイン殿のおかげではあるが、最後に決めたのはニーベ自身だ。それについても問題はあるまい」


「良かったです。ほかになにか聞きたいことは?」


「どうしてこの国に降り立ったのですの? あなた方でしたらどこの国でも行けるはずですのに」


「たまたまこの国、もっといえば交易都市が近かっただけです。果物を買うためだけに遠出はしたくないですからね」


「ふうむ、ここまでの話も問題ない。スヴェイン殿、率直に言ってあなたはこの国でなにがしたいのだ?」


「今はニーベちゃんとエリナちゃんを一人前の『魔導錬金術師』に育て上げることですかね。それ以外は全部ついでです。それが終わったあとは……なにも考えていませんが、ふたりをもうしばらく教育しなければとは考えています」


「それはなぜだ?」


「ワイズによると『魔導錬金術師』もかなり危ういことができる職業らしいのです。なので、自衛ができる程度の能力と、僕の研究の一部くらいは教え込む予定です」


「……ふたりを見捨てるつもりはないのだな」


「もちろんですよ。あのふたりは本当に頑張っていますからね。師匠としてこれ以上好ましいことはありません」


「それが聞ければ十分だ。ところで、ふたりは国元に戻る考えはないのかね?」


「うーん、今の僕たちが戻るのは危険だと思うんですよ」


「危険、とは?」


「あのですね、私たちが国元を脱出する際に王家直属の騎士団をほぼ壊滅させていますの。今は私たちも強くなっておりますし、聖獣や精霊と契約しておりまして……」


「なるほど。おふたりが戻るだけで様々なバランスが崩れるのですね」


「はい。なので、僕たちは旅の錬金術師と魔導師なのです」


「どこかの国家に属する考えはありませんわ」


「それが聞けて安心した。できることであれば、この国の錬金術の発達に寄与していただけると助かるのだが……」


「それは錬金術師ギルドの出方次第としか。あちらが高圧的に出てくるのでしたら僕たちが手助けするつもりはありません。出来れば、対等な立場で交渉を行ってもらえるのが理想ですね」


「ふむ。この話はティショウには?」


「もうしましたよ。ティショウさんも錬金術師ギルドに話をすると言っていました」


「わかった。私からも助言をすることにしよう。……さて、夜遅くに長話をさせてしまいすまなかったな」


「いえいえ。素性を話していなかった僕たちも悪いことですし」


「大事な娘さんを預けている親として、不安になるのは当然ですわ」


「そうか……そうだな。ふたりも部屋に戻ってゆっくり休むといい」


「お心遣い感謝します」


「はい。それでは失礼いたします」


 さて、やっぱり僕の正体くらいは調べ上げておきましたか。


 探られたからといって問題ない内容なので、気にはしませんけどね。

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