94.弟子ふたりとの再会
「あー! ようやく来てくれました!」
風治薬の販売が終わり、コウさんのお屋敷にやってくると元気な声が聞こえてきました。
これはニーベちゃんのものですね。
「ニーベちゃん。先生なんだから、そんな風に言わなくても……」
「お昼頃にはお父様の商会、つまり屋敷のすぐそばまで来ていたんです! それなのに、一度も顔を見せてくれないなんて寂しいです!」
「あはは……ボクもその気持ちはわかるけどさ。その前にごあいさつしないと」
「はっ! お久しぶりです、先生。またお目にかかれて嬉しいです!」
「はは……先生、ボクもお久しぶりに会えてよかったです。なにかお変わりはありませんでしょうか?」
二カ月前に出て行くときに比べ、はるかに元気になったニーベちゃん。
それから、以前エルドゥアンさんの宿屋で会ったときより落ち着いた感じのするエリナちゃん。
ふたりとも元気そうで何よりです。
「変わったことですか……ここに来る前、ヴィンドの街の冒険者ギルドでポーション作りの講義をしたくらいでしょうか?」
「ポーション作りの講義ってずるいです! 私たちだってまだ受けてないのに!」
「落ち着こう、ニーベちゃん。ボクもあまり受けてませんが、どれくらいの間講義をなさったのですか?」
「三日間だけですよ。あとは教本を渡してあるので、高品質ポーションを目指すならそれを見てやってもらうしかないでしょう」
「……先生、その言い方だと三日で一般品質のポーションを作れるようにしてきた、と言っているような?」
「ええ、ほとんどの方が一般品質を作れるようになっていましたね。講義中に間に合わなかった方も、あと少しでしたので、今頃は作れるようになっているのではないでしょうか?」
「……さすが、先生です」
「……先生、すごいですよ?」
「エリナちゃんにポーション作りを教えたときだって、一回で低品質ポーションを作ることができたじゃないですか。それの延長線上のことですよ」
「先生の話を聞くと一般品のポーションってたいしたものじゃない気がしてきます……」
「そんなことはないはずなんだけどね……」
うーん、僕も幼かった頃は失敗続きでしたが、コツをつかんでからは失敗しなくなったんですよね。
そんなに難しいことでしょうか?
「これ、ふたりとも。スヴェイン殿とアリア嬢をいつまでもエントランスに立たせておくつもりか」
「はっ!? すみません、お父様。つい嬉しくって……」
「申し訳ありません。先生と会えるのが楽しみで……」
「まあ仕方がないですよ。質問があればまたあとで聞きましょう」
「そうですな。まずは、客室へとご案内いたします」
「よろしくお願いいたしますわ」
「はい。よろしくお願いします。……ああ、ふたりとも。今回は二カ月ほど滞在する予定です。僕もいろいろとやりたいことがあるので常にとはいきません。でも、相談事があれば受け付けますのでよろしくお願いします」
「二カ月ですか! やりました! これで勉強がはかどります!」
「そうですね! 行き詰まってたところもなんとかなりそう!」
うーん、師匠の教本だけではやはり無理がありますか……。
今回は長い間お世話になりますが、今後は来る間隔をもう少し狭めてもよいかも知れませんね。
さて、客室に案内していただき旅装を解いたら夕食です。
今日の夕食ではコウさんやマオさんからもこれまでの成果が報告されました。
まずマオさんですが、ネックレスの売れ行きはいまだ順調なようで、予約分を作るだけでも精一杯なんだとか。
そのほかにも、僕やアリアがデザインした画を元にペガサスやユニコーン、ワイズマンズ・フォレスト、カーバンクルなどのブローチを作っているそうで、こちらも予約分を作ることしか出来ないんだとか。
ブローチの方は細かい作業になるため量産が出来ず、かなり高額になっているそうです。
僕のように錬金術でホイホイ簡単に作れるわけじゃないですし、技術料は大事ですよね。
次にコウさんですが、立ち上げた食品開発部門でいろいろと新しい料理の開発をしているそうです。
実際にその中からヒット商品になったものもあり、注目度は高いようですよ。
コウさんたちから報告を受けた後は弟子たちからの相談事です。
エリナちゃんは魔力操作がようやくレベルマックスまで届いたらしく、それ以降は魔力水作りも安定してきたと教えてくれました。
悩み事といえば、ポーションを作れないため傷薬を生産していますが、そろそろポーション作りも始めたいということらしいです。
魔力操作の課題をクリアできているのであれば、ポーション作りを許可しても問題ないでしょう。
次はニーベちゃんの悩みですが……こちらはわりと深刻ですね。
「先生。前にこの国の偉い錬金術師の方が来てポーション作りを見てもらおうとしたとき、ものすごい嫌悪感を覚えました。原因がわかりますか?」
「嫌悪感ですか。具体的には不安感と恐怖心ですね?」
「おそらくそうだと思います。傷薬は毎日作ってて問題ないのに、ポーションを作ろうとするととても怖くなるんです。風治薬を作るのもあまり気が進みません」
「ニーベ、そうだったのか」
「はい。でも、いまの状況では我が儘を言ってもいられないので引き受けました。でも、今でも怖くて……」
なるほど、ニーベちゃんのお悩みはだいたい自分でも見当がついているのでしょう。
なので、優しく声をかけてみます。
「ニーベちゃん。あなたはなにを迷っているのですか?」
「迷っている? やはり、私が迷っているからでしょうか?」
「はい。その不安感や恐怖心は他人の治療をするにあたり、自分の薬が本当に効くかという不安や恐怖から来るものです。傷薬は効き目も弱いですから、多少の擦り傷や切り傷にしか使いません。ですが、ポーションや風治薬などは効かなければ命の危機もありえますからね」
「……はい。それを考えると、怖くて」
「命の重さがわかっていることはとても重要なことです。ですが、そこで立ち止まっていてはいけませんよ?」
「先生?」
「僕たち錬金術師が作る薬は他人の怪我や病気、毒などを癒やすものです。命の重さがわかっているのなら、なおさら勇気を出して薬を作るべきなのです」
「それは……確かにそうかもしれません。ですが、やはり怖いのです」
「ふむ、困りましたね。僕もこういうときに説得する言葉が見つからないのです」
「先生の体験談を語ってはどうでしょう?」
「エリナちゃん。僕の体験談は役に立ちません。僕の場合、おばあさまが錬金術師であり、それを見ていろいろ学んだ経緯があります。それに、僕の周りは常に過酷な環境に身を置いている方々ばかりでした。その方々を助けるための一助となればと考え錬金術を始めたので、ニーベちゃんとは真逆の立場なのです」
ここまで話すと、エリナちゃんも困ったように頭を抱えてしまいました。
僕は貴族として戦に出る覚悟を幼い頃から学んでいました。
兵士の訓練も幾度となく見ていますし、亡くなったおばあさまの代わりに領民や彼らの助けになればと考えて錬金術師を志しました。
なので、薬を作ることを不安がっているニーベちゃんを勇気づける言葉が見つからないんですよね。
「スヴェイン様、そう難しく考えなくともよろしいのでは?」
「アリア?」
「薬を作るのが怖いのでしたら、実際に薬を使っている方々のところに行きましょう」
「それって……」
「はい。ニーベちゃんとエリナちゃんを連れて冒険者ギルドへ見学ですわ」
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