交渉あれこれ

207.挿話-15 シュベルトマン侯爵の領地割譲

 私、ビンセント = シュベルトマンは十日程かけてコンソールから領都シュベルトマンまで戻ってきた。


 次にスヴェイン殿たちがコンソールに戻るのは一カ月から一カ月半後と聞くし、急がねばなるまい。


 私が戻るとすぐに領地の主立った者たちを集めた会議を開く。


 コンソールを出る前に早馬を各地に飛ばしておいたので帰り着いてから三日後には開催することができた。


 無論、会議は紛糾したが。


「馬鹿な! コンソールの完全なる独立を承認するだけでなく、あの地方一帯を分割割譲するのですか!?」


「そう言っておる。話を聞いていたのか?」


「聞いていました! 聞いていたからこそ、耳を疑っているのです!」


「だがすでに、コンソールの街にある各ギルドは王都のギルドに対して離縁状を送ってある。コンソールの街は独立した」


「しかし、そんなことをすれば……」


「貴殿はなにも知らないのだな」


「なんの話ですかな? シュベルトマン侯爵」


「今のコンソールの街はエンシェントドラゴンを始めとする竜族によって守護されている。国が軍隊を差し向けたところで一蹴されて終わりよ」


「そんな馬鹿げた話が!」


「私がいままでどこに滞在していたと考えておる。コンソールの街だぞ? 私自身の目で見てきたのだ。異議を唱えるのであればこの会議が終わったあとにでも確認しに行けば良い。ただし、軍を差し向ければドラゴンたちに蹴散らされるがな」


「そんな、まさか……」


「私の領地にはコンソールの街で錬金術師ギルドに所属していたという錬金術師たちが大量に流入いたしました。各街の錬金術師ギルドに散ってもらい働いていただいておりますが、大変優秀な錬金術師ばかりですぞ?」


「ほう。それは『コンソールブランド』に勝てる者たちなのかね?」


「あ、いや。それは、あの街が特別だからであって……」


「そうだ。あの街ではこの夏にすべてのギルドが改革された。その結果が国からの独立と『コンソールブランド』だよ」


「……」


 ここまで話せばなにも言えなくなったか。


 ふん、情けない家臣どもだ。


「あの街では『コンソールブランド』のポーションが普通に売られており、あの街で言うとは『コンソールブランド』のポーションのみを差す。あの街からあぶれだしてきた錬金術師どもはすべて、改革に反発したか改革についていけなかった敗残者だよ」


「ふん。あの街では『錬金士』以下の者たちも大量に集めていると聞きます。それを……」


「『錬術士』ですら、『コンソールブランド』のポーションを作るぞ? それがどうかしたのか?」


「そんなことがあるはずがない! 下位職どもになど……」


「あの街では下位職だの上位職だのという考え方自体がとなっている。事実、各地方から大量の『錬金士』や『錬術士』がコンソール錬金術師ギルドの門を叩く事を夢見てあの街に集結していたぞ」


「そんな夢、叶うはずが……」


「コンソール錬金術師ギルドではギルド支部として六千人を収容できる施設を建設中だ。問題は施設ができても講師がいないことだとギルドマスター含め全員が嘆いていたがな」


 一番嘆いていたのがギルドマスターであることはこの際放置しよう。


 あれは一種の化け物。


 だ。


「ですがな。なんの見返りもなしに領主直轄地とはいえ分割割譲というのは体裁が……」


「薬草栽培の方法」


「は……?」


「私たちが手に入れられるのはだ」


「そ、それは……」


 領主どもめ、混乱しているな。


 更にたたみかけるか。


「この交渉を持ちかけたのはスヴェイン = シュミット。グッドリッジ王国の『国崩しの聖獣使い』。そして、だ」


 私の言葉で混乱は一層大きさを増す。


 そうだろう、そうだろう。


 相手は『国崩しの聖獣使い』だ。


 機嫌を損ねればどうなるかわからない。


 そして、薬草栽培を最初に始めたと言う情報も混乱に拍車をかける。


 薬草栽培はグッドリッジ王国のみで行われている事業。


 それを始めたとされる者が手引き書まで持ち込んで領地割譲を迫ってくる。


 恐怖の対象である『国崩しの聖獣使い』と薬草栽培から得られる利益。


 その天秤のバランスが非常に危うい。


 さあ、どちらを取る?


「……それで、割譲を迫られている領域はどの範囲ですかな?」


「うむ。地図を」


 よし、乗ってきた!


「この地図に示された範囲だ。場合によっては多少広がる可能性はあるそうだが、私の直轄地である上に何事にも利用されていない土地ばかり。……ああ、コンソールに隣接する形でひとつ都市を造るとは言っていたな」


「……対価があれほど大きいのに割譲するのはこれっぽっちですか?」


「そうらしい。この倍であっても釣り合いが取れぬのだが、そんなにもらったとしても今度はが難しいそうだ」


「そうか、そうでしょうな。いくら、『国崩しの聖獣使い』とはいえどもひとりの人間ですからな!」


 いいように勘違いしてくれたな。


 本人にいわせれば『聖獣や精霊たちがあまりにも好き勝手に土地を改良してしまうので管理が難しい』だけなのだが。


「説明はこれくらいで良かろう。今回の議案に反対の者はいるか?」


 私の問いかけに異議を唱えるものはなし。


 よし、これでスヴェイン殿が戻られる前に領土を明け渡せるな!

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