352.ウサギのお姉ちゃん、内弟子体験二日目 前編

 私は内弟子として招かれましたが、覚悟の差を初日からまざまざと見せつけられました。


 そんな感じで覚悟を決めようと考えながら眠りにつき、翌朝。


「うう、あまり寝付けなかった……今日は講習会の日だし、もう少しだけでも……?」


 私があと少しだけでも寝ようとすると隣で部屋の扉が開いた音がしました。


 私の隣の部屋ってエリナ様のお部屋ですが、こんなに朝早くからなにを?


「エリナ様? それにニーベ様も?」


「あ、エレオノーラさん。おはようございます」


「おはようございます、エレオノーラさん。でも、まだ朝早いのですよ?」


「ええと、あまり寝付けなくって。それでおふたりはそんな格好でなにを?」


 ふたりの服装は普段とはまったく違います。


 まるでこれから畑仕事をするかのような……。


「……どうしましょう、エリナちゃん?」


「先生に相談しよう。多分もう起きてらっしゃるはずだし」


「え? え?」


「エレオノーラさん、とりあえず寝間着は着替えてくるのです」


「さすがに先生相手でもはしたないですよ」


「あ、はい」


 ええと、一体なにがなんだか。


 寝間着から普段着に着替えた私がふたりに連れて行かれたのはスヴェイン様の書斎でした。


 ふたりが書斎のドアを控えめにノックすると、中からスヴェイン様の声が。


 本当にもう起きてらっしゃっいました。


「どうしましたか、ふたりとも?」


「エレオノーラさんにもを教えちゃダメですか?」


「分野が違うとは言え内弟子候補。隠し事はあまりしたくありません」


「……まあ、いいでしょう。冬になれば大々的に始めます。多少早くても誤差ですね」


「え、あの?」


「一応、僕もついていきます。急ぎの用事もありませんし」


「あ、はい。ありがとうございます」


 訳がわからないまま三人に連れられて裏口の方へ、途中ではリリス様がもう起きて家事を始めてらっしゃいました。


「おはようございます。スヴェイン様、ニーベ様、エリナ様、エレオノーラ様。エレオノーラ様にも畑を?」


「はい。弟子たちが隠し事をしたくないというもので」


「わかりました。では私は朝食の仕込みを続けます」


「はい。毎朝早くからすみません」


「いえ。使用人が主人より遅くに起き出すなどできませんから」


「え、主人たち?」


「ええ。ミライ様はまだ寝ていらっしゃるでしょうが、アリア様とユイ様はもう起きてらっしゃいます。おふたりとも身だしなみを整えたあと、アリア様はニーベ様とエリナ様向けの魔術書を執筆、ユイ様は仕立て工房にて服飾の練習中です」


「え、皆さん、こんなに朝早くから?」


「はい。本来ならもう少し寝ていていただきたいものですが、皆様『時間がもったいない』と。睡眠時間は確保されているので、使用人としてはあまり強くも言えず」


 こんなところもすごいんだ、スヴェイン様のお屋敷って。


 ミライサブマスターはまだ寝ているらしいけど、それが普通のこと。


 アリア様もユイも起きてそれぞれの作業をしているだなんて……。


「それよりもそろそろ畑に行った方がよろしいのでは? すべての畑仕事を管理人が済ませてしまいますよ? 朝一番の素材が最良なのは皆さんご承知でしょうし」


「それもそうですね。これ以上リリスの邪魔をしてもいけません。皆さん、行きましょう」


 今度こそ裏口から裏庭へ出て日当たりのいい一角へ。


 途中通り過ぎた池の畔では聖獣マーメイド様が眠ってらっしゃったけど……やっぱりここも聖獣の泉なのかな?


「ケット・シー、クー・シー。


 門?


 スヴェイン様は一体なにを?


「はいですにゃ。ですが見慣れないお嬢様もいるご様子。構わないのですかにゃ?」


「ひゃっ!?」


 スヴェイン様がなにもない空間に呼びかけたかと思えば、それに対してどこからともなく子供みたいな声で答えが返ってきます。


 一体なにが!?


「心配いりません。彼女も内弟子候補です。ニーベちゃんとエリナちゃんが構わないというので連れてきました」


「かしこまりましたにゃ。ニーベお嬢様とエリナお嬢様の判断でしたら従いますにゃ。クー・シー、門を」


「ウォフ」


 子供の声の次は犬の鳴き声。


 それもかなり大型の犬のような……。


「な、なに!?」


「エレオノーラさん、声が大きいのです」


「一応、遮音結界は張りましたが大声は出さずに」


 目の前へと急に広がったのは畑。


 それも青々とした葉が育っている畑です。


 私の見立てが間違いなければ、この畑に生えている葉って……。


「え、え? ?」


「はいです」


「クー・シーが育ってから空間拡張ができるようになり、畑も広がってしまい……」


「いやはや、吾輩たちも管理のやりがいがありますにゃ」


「大変ならもっと狭くても大丈夫なのですよ?」


「いえいえ、大変ではありませんにゃ。放浪の旅をしていた頃に比べれば、これほどやりがいのある仕事など」


「ワフ」


「わひゃ」


 畑に気をとられていましたが喋る二足歩行の猫に牛並みの大きさがある犬もいます。


 この子たち、そしてここはいったい……?


「ああ、申し遅れましたにゃ、お嬢様。吾輩、ケット・シーの〝ニャルジャ〟と申すもの。ニーベお嬢様とエリナお嬢様のの管理人を務めさせていただいておりますにゃ。こちらは相棒のクー・シー。名を〝クーザー〟。同じく薬草畑の管理人で門番ですにゃ」


「ワフ!」


「あ、初めまして。エレオノーラといいます」


「エレオノーラお嬢様ですにゃ。以後よろしくお願いいたしますにゃ。ニーベお嬢様、エリナお嬢様。本日分の薬草、収穫終わっておりますにゃ」


「出遅れたのです……」


「うん……」


「たまにはおやすみいただいても構いませんにゃ。それで、あちらの一面。上魔草の種は回収し終えましたが、まだ新しい種は植え付けておりませんにゃ。吾輩がやっても……」


「私たちがやるのです」


「ニャルジャたちでもボクたちの楽しみをこれ以上奪わないでください」


「差し出がましい口を。種は新しいものを使いますかにゃ?」


「新しいものは保管箱にしまっておいてください」


「はい。ボクたちの手持ちを使います」


「かしこまりましたにゃ」


 ニーベ様とエリナ様はニャルジャさんと話を終えると、枯れた薬草……らしきものがある一面へとかけ出していき土魔法で枯れた薬草ごと地面を混ぜ返しました。


 そして、また土魔法で畝を作りあげ、なにかの種をまいてから水を振りかけていきます。


 あの水って……霊力水では?


「スヴェイン様、これって本当に薬草畑ですか?」


「はい。弟子たちとニャルジャたちが力を合わせて管理している薬草畑です。錬金術師ギルドで使用している薬草類は僕が提供していますが、弟子たちの使っている薬草類だけは例外、ここで栽培し収穫できたものだけを使わせています」


「薬草、栽培できたんですね?」


「逆に問いますが、栽培できないならギルド支部も含めあの大量の薬草をどうやって用意していると考えていたのです?」


「……それは」


 確かにそう言われれば。


 私も慣れすぎていて思考停止していたみたいです。


「今日の畑仕事終わりました!」


「ニャルジャさんたちが収穫を終えてしまっていたのですぐでしたね」


「……お嬢様方、嫌みですかにゃ?」


「はいです」


「ボクたち、栽培も収穫も楽しみにしているのはよく知っていますよね?」


「うう、なかなか来ないものですから今日は吾輩たちだけでやるものだとばかり」


 あちらは和やかなムードですが私はパニックです。


 薬草、それも上薬草や上魔草がこんなに青々と覆い茂っているだなんて……。


「エレオノーラさん、どうしたのですか?」


「お顔の色が少し悪いですよ?」


「え、あの。薬草栽培が本当にできたことに驚いてしまい……」


「先生にはまだ内緒にしているように言われているのです」


「方法はそんなに難しくないのですが、秘密にするようにと」


「ええと、収穫している薬草をお見せいただいてもよろしいでしょうか?」


「いいですよ?」


「いつもボクたちがギルドで使っているものですし」


 おふたり……いえ、ニャルジャさんから手渡された上魔草を鑑定させていただきました。


 鑑定結果は間違いなく上魔草、それも最高品質です。


「薬草だけ最高品質なのは悔しいです」


「うん。でも、最高品質のミドルポーションを作るために必要な素材を知っちゃった以上、最高品質は絶対に無理だからね」


「え! おふたりは最高品質のミドルポーションの素材、あれがなにかも知っているんですか?」


「はい。なにの生き血か教えてもらいました」


「それで大迷惑を周りの皆さんにかけましたから……」


「あれって一体……」


「先生、エレオノーラさんだけには教えてもいいですか?」


「ボクたちだけ知っているのも気がひけます」


「構わないでしょう。以前見せたモンスターの生き血ですが、あれはバイコーンの生き血です」


「バイコーン!? バイコーンって、バイコーンですか!?」


「おそらくエレオノーラさんの考えているバイコーンです。なので、弟子たちにも、ギルドの誰にも作れないのですよ」


「すごいこと、知っちゃった……」


「くれぐれもほかのギルド員には内密に。心が折れるのは構わないのですが、無理に採取しようとして死人や行方不明者が出るのは困ります」


「は、はい」


 本当にすごいこと知っちゃった……。


 あれ、でも、スヴェイン様って生き血を持っているってことは集められる?


「ニャルジャさん、いつも通り収穫した薬草は保管箱に入れておいてください」


「必要になったら取りに来ますので」


「はいですにゃ。それでは、また明日もお待ちしておりますにゃ」


 私たちが畑の範囲から出ると、また畑は見えなくなって……まるで嘘だったかのように感じます。


 私、本当にすごい秘密を知っちゃった?

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