903. 挿話–60『杖聖』の想い

「本当に俺なんかでいいのかな……」


 4日目以降は騎士団の人たちが挑戦してくるようになってきた。

 こちらはホリーとの婚約を認められないのではなく、単純に俺の力を試し、自分たちの糧にしようとしている人たちだ。

 その姿勢にはとても好感が持てる。

 だからこそ、俺は全力で、かつ怪我をさせないよう相手をしていた。


 ただ、そんな訓練の最中、ぽつりと漏らした心情を聞かれてしまった相手がいる。

 騎士団長様だ。


「おや、ウィル様はホリー殿下との婚約はお望みではないのですか?」


「いや、婚約は嫌じゃない。でも、ホリーならもっと相応しい人がいるんじゃないかなと」


「それだけホリー殿下のことを思っているのでしたら十分ですよ。それにあなたは、ホリー殿下のことを尊重し、優しく、強い。これ以上ない婚約相手ですね」


「でも……」


 俺は先日中庭であったことを教える。

 すると、騎士団長様は笑いを堪えながら答えてくれた。


「いや、それは……ウィル様が嫌いになったわけではないですよ。ホリー殿下が急に別のことを考えたくなったからです」


「そうなのかな。顔も真っ赤だったし、お見舞いにでも行けばよかったかな?」


「いや、その必要はなかったでしょう。しかし、ホリー殿下も初々しい」


「初々しい?」


「ああ、こちらの話です。ウィル様、今度は私の相手をしてくださいますか?」


「はい。そういうことでしたら喜んで」


「では、参りましょう。ある程度体を動かせば悩みなど吹き飛びますよ!」


 それはそうなんだけど、この悩みってそうやって吹き飛ばしていいものなんだろうか?

 モヤモヤするけど、勝負に集中しなければいけない。

 絶対に負けられないし、怪我をさせることもできない。

 相手の力量を見定めてから勝ちを得るんだ!


 騎士団長と数合打ち合ったあと、おおよその実力を見定めた俺は、騎士団長の突きを誘う。

 それに乗ってきた騎士団長の剣に杖を絡ませるように動かし、はじきあげて終了だ。

 やっぱり騎士団長は強かった。

 勝ち筋がこれしか見つからなかったからな。


「お見事です、ウィル様。これで少しは気分が晴れましたかな」


「ありがとうございます、騎士団長様。おかげで陰鬱とした思いは晴れました」


「それならばよかった。……ウィル様、あそこにおられるものすごい覇気を秘めたご老人はお知り合いでしょうか?」


 あそこ?

 騎士団長が指さした方を見ると、見知った顔があった。

 爺ちゃんだ!


「爺ちゃん! なんでメモリンダムに!?」


「はっはっは! 孫の晴れ舞台ともなれば見届けに来るのが必定だろう! それにしても杖に迷いがあったな。女子とケンカでもしたか?」


「ああ、いや、それは……」


「ケンカをしたのなら謝りに行くといい。そうでなくとも、稽古が終わったら身を清めて話をしにいくといい。嫌がられなければいろいろと話をしてくるのだ」


 いろいろ……ってなんだろう?

 爺ちゃんに聞くと、いままでの楽しかったことや大変だったこと、楽しかったことなどを話し合えばいいってことらしい。

 大切なのは自分だけ話すのではなく、相手からの話もきちんと聞くことなんだそうだ。

 そうだよな、一方的に話されてもつまらないもんな。


「どうすればいいのかわかったのなら、今日はもう行け。この国の騎士団へ訓練をつけるのは儂が交代しよう」


「ありがとう、爺ちゃん!」


 俺はすぐに訓練場を飛び出し部屋で身を清めて着替えをしたらホリーを探す。

 ホリーの方もちょうど魔法師団の訓練を終えたところで、部屋に戻る途中だった。

 突然現れた俺にびっくりしたようだったが、話をしたいと言うと嬉しそうな顔を浮かべてくれた。

 これでよかったんだな!


 そのあと話したことは、色気のないお互いの修行話ばかりだった気がする。

 俺もきつかったけど、ホリーはもっときつかったようだ。

 これからはそんなホリーを俺が守る立場になるんだよな。

 がんばらなくちゃな!

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