647.滞在一日目:ユイのご両親にごあいさつ

 各自がバラバラに行動を始め、僕たちはお母様やシャルと少しばかりお茶を楽しみ時間を潰しました。


 さて、そろそろいい頃合いですかね。


「ユイ、そろそろ行っても大丈夫でしょうか?」


「うん。大丈夫だと思う」


「わかりましたわ。では参りましょう」


「ええ、行きましょう。ジュエル様、先触れは?」


「既に出してありますのでご心配なく」


「お兄様方、あまり相手を驚かせないでくださいね」


「ほどほどにします」


「驚かせるためではなく、勝手にユイを娶ったお詫びが目的ですもの」


「怪しい……」


「怪しまれても変わりません。それではお母様、シャル。行って参ります」


「ええ、夕食までには戻りなさいね」


「もちろんですわ」


 僕たち四人が正面玄関を出ると、ウィング、ユニ、麟音、黒曜が既に待ち構えていました。


 気が利きますね。


「ユイ、先頭を行ってもらえますか。僕たちは場所がわかりませんので」


「わかってる。それに私の家って細い道を抜けた先だからわかりにくいのよ」


「そうなんですのね。大変だったのでは?」


「私にとっては立地条件のいい家だったんだけど。ともかく行こう」


 ユイがまたがった麟音に案内されてシュミットの街中を並足で歩きます。


 並足と言っても聖獣の並足ですから馬より早いのですが、それでも走るよりはスピードが控えめですよ。


 ユイに案内されるまま表通りから裏通りに入り、細い通りを抜けて斜面を登り切った場所。


 ここがユイの家らしいです。


 ユイの家らしいのですが……ここって……。


「公王家の魔法訓練場の一部が見えていますね」


「はい。本当に一部だけですが」


「そのようですね。初級訓練場の一部ですから一般市民に見られて困ることも無いはずです」


「……私にとっては大切な場所だったんだよ。ここって」


「ユイ?」


「その話も家に入ったらしてあげる。まずは家に入ってお父さんたちにスヴェインとアリアを紹介しなくちゃ」


 ユイは懐かしそうに眺めていた丘の向こうから視線をきると一軒の民家の呼び鈴を鳴らしました。


 ここがユイのご実家でしょうか。


「お父さん、お母さん、いる? ユイが帰ったよー」


 ユイの声に家の中でドタバタ走る音が聞こえて、ドアが勢いよく開かれました。


 中から出てきた方々がユイのご両親でしょうか?


「遠路はるばるコンソールからよくお越しくださいました、スヴェイン様、アリア様! 私、ユイの父でリョーと申します!」


「同じく母でアコと言います! 本日はこのようなむさ苦しい家までごあいさつに来ていただくなど……」


 ああ、完全に緊張してしまっていますね。


 ユイも呆れていないで止めてください。


 そんなことを考えていたら家の奥からもうひとり女性がやってきてご両親の頭を叩いていきました。


 かなりいい音がしていましたが……大丈夫でしょうか?


「父と母がパニックを起こし申し訳ありません。ユイの姉、ユマと言います。ユイを娶っていただいただけでも十分ですのにごあいさつにきていただけるなんて恐縮です」


「お姉ちゃん、今日は休みだったんだ」


「父さんと母さんが心配だったから休みをずらしてもらったの。正解だったみたいだけどね」


「うん。私もお父さんたちのお尻は蹴り上げたくないしどうしようか悩んでいたの」


「一発蹴り上げてもよかったんじゃない? そうすれば落ち着くだろうし」


「そうかな?」


「いまは私のげんこつが痛くて撃沈しているけど立ち直れば落ち着いてるよ、多分」


 うーん、なんというか……。


 ユイのお姉さんですね。


 わからなければ力尽くでわからせるあたりが。


「スヴェイン様、アリア様。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「あ、はい。なんの断りもなくユイを妻にしてしまった件を謝りに来たのとあらためて結婚の報告だったのですが……」


「この様子ではお二方が立ち直るまで時間がかかりそうですわね」


「少し加減を間違えたかもしれません。職場にいて口で言ってもわからない連中にげんこつを落とすときと同じ感覚でやっちゃいましたから」


「それは……少し待たせていただきましょう、スヴェイン様」


「そうですね。さすがに放置も出来ませんし」


「放置しても構わないよ、スヴェイン?」


「そうですね。一方的に迷惑をかけたのはこちらです」


「いや、それではあいさつに来た意味が……」


「はい……さすがにそれはちょっと……」


 そのまま待つこと十分近く、ようやくユイのお父様とお母様が立ち上がってくださいました。


 まだ頭は痛む様子ですが。


「ユマ、なにをするんだ!」


「そうよ! スヴェイン様とアリア様の前で!」


「お父さんとお母さんこそスヴェイン様とアリア様の前でなに焦ってるのよ。先触れなんて一週間も前に来ていたでしょう? 今日これから来るって報せだって朝食後に来ていたんだし。それなのに焦った態度で接する方が失礼だよ」


「そ、それはだな……」


「でも……相手は公王家の長男様よ……」


「スヴェインは確かにシュミット公王家の長男だけど公王家を抜けているから、シュミットの国籍は持っていないただの外国人だよ? いまは私もシュミットの国籍を持っていないから外国人だけど」


「いや、ユイ。そう簡単に言うが……」


「そんなことより家に上がっていただいたら? いつまでも玄関先に立たせておく方が失礼じゃないの?」


「それもそうよね! 失礼いたしました! 家の中へどうぞ!」


「では失礼いたします」


「お邪魔いたしますわ」


「私も失礼させていただきます」


 家の中に入ると椅子を勧められたので僕たちは座ることに。


 当然リリスは僕たちの後ろに立って離れません。


「それで、その……ユイはきちんとしていますでしょうか? ご迷惑をおかけしたりなどは?」


「していませんよ。少しお調子者で甘えたがりなところはありますがかわいい妻のおねだりです。その程度は受け入れてあげないと」


「ユイ、本当? ご迷惑をかけていない? あなた、昔から服飾一筋で講師資格を取ったら家を飛び出していっちゃうし……」


「迷惑なんてかけてないよ。……スヴェインにもアリアにも甘えているけど」


「スヴェイン様とアリア様両方に甘えているねえ。アリア様、よろしいんですか? アリア様は幼少の頃から許嫁であったスヴェイン様の恋人ですよね? それをいつの間にか現れたユイに甘えさせるだなんて」


「ユマ様、まったく構いません。ユイを娶ることに決めたのはスヴェイン様が先ではなくです。最終決断を迫らせたのは夫となるスヴェイン様からでしたが、ユイを妻のひとりとして迎え入れたかったのは私の望みです」


「アリア様の望み?」


「ええ。ユイが私たちの前に現れたのはシャルからのある依頼でした。その依頼を達成するためユイは文字通り壮絶な努力を耐え抜き見事なまでの輝きを放つになりましたわ。そんな娘がスヴェイン様の目の前にいるのに迎え入れるなと言うのが酷というもの。私どもが十五歳で結婚することになったのも発端はユイの悪魔の言葉ですし、責任を取ってユイにもスヴェイン様を支える立場になっていただきました」


「……ユイ、本当なの?」


「うん。何度聞いても信じられないけど、最初に私のことを娶るべきと言い出したのはアリアなんだって。スヴェインもその気はあったらしいけどアリアに遠慮していて言い出せなかったみたいで……アリアからの推薦ならってことですぐに私のことを娶る準備を始めたみたい」


「スヴェイン様とアリア様の結婚式の最中にプロポーズされたって噂も本当?」


「うん。アリアに呼ばれて側に行ったら花嫁のヴェールとブーケを手渡されてそのまま求婚された。その日はドレスもなかったけれど、あとからドレスも作成してお側に立たせていただいたよ」


「……スヴェイン様、アリア様。本当によろしかったのですか? この子には服飾の道しかありませんでした。六歳の頃からそれ以外のすべてを切り捨ててひたすらに服飾師になるための道を突き進み、成人前に講師資格まで取得。その上講師としてコンソールに渡ったほどの仕事一直線な娘ですよ? 姉としてその姿勢は誇らしいですが、嫁に出すには……」


「確かに家事は一切任せられませんね。お茶を煎れるだけでも大惨事になりますから。そこは僕かリリスが補うので問題ありませんよ」


「はい。ユイも正しくスヴェイン様を支える覚悟を決めました。ときどき弱音も吐くようですが、それを受け入れられないようではスヴェイン様やアリア様の方が狭量でしょう」


「リリス、あなたはどうなんですの?」


「多少なら受け入れます。度が過ぎれば気合いを入れます」


 ここまで話すとようやくユマさんはにこやかな笑顔を浮かべてくれました。


 お父さんとお母さんはまだ緊張したままですが。


「そっか。ユイはちゃんとスヴェイン様の家で受け入れられているか。そこだけは心配だったのよね。家の前から見える魔法訓練場、そこからわずかに見えたスヴェイン様とアリア様に憧れて自分も諦めずに突き進むんだって決めてからずっと駆け抜けてきたから」


「ああ、なるほど。昔ユイが言っていた僕たちを見かけたというのはあの魔法訓練場でですか」


「そう。あそこからチラッとだけどスヴェインとアリアが見えてスヴェインは『ノービス』、アリアは『魔法使い』なのに諦めずに頑張っている。だったら『お針子』の自分だって諦めちゃいけないって決めちゃったから」


「そうでしたの。不思議な縁ですわね」


「そうかも。ふたりの姿を見ることがなかったらそこまで頑張らなかっただろうし、服飾講師の道なんて選ばなかった。当然、スヴェインとの結婚なんてあり得ないんだから……不思議な縁だよね」


「ですね。ただ、アリアに出会えたことも嬉しいですがユイに会えたことも僕は嬉しいですよ」


「そうですわね。私もスヴェイン様とユイに会えたのは幸運ですわ」


「私もふたりに会えたのは幸運。これからもずっとよろしくね?」


「ええ」


「もちろんですわ」


「さて、話はまとまったようね。スヴェイン様とアリア様にはきちんとあいさつもしてもらえたし、ユイも大切にしてもらえているって確証も取れた。これで心配することはないよね、お父さん、お母さん」


「え、ああ」


「それは……もちろん」


「スヴェイン様、アリア様、ユイ。このあとの予定は?」


「あいさつが終わったら弟子と一緒にシュミットのお店を巡ることにしています」


「弟子たちもシュミットの技術には興味があるでしょうから」


「そう。でも、少しくらい時間を使っていってもらえる? 私の手料理をごちそうしたいの。朝早くから煮込んでいる特製シチューよ」


「そうですね。弟子たちには悪いですが少し待たせましょうか」


「はい。彼女たちは彼女たちでなにか食べているかもしれませんし」


「私もいまのお姉ちゃんの味が気になるなあ」


「じゃあ、いまから準備するから座って待ってて。すぐに用意できるから!」


 こうしてユマさんが用意してくれたシチューは決して豪華なものではありませんでしたが、いろいろな具材の味が混ざり合ったおいしいシチューになっていました。


 ユイも懐かしそうに食べていましたし、たまにはこういう味も悪くはないのかもしれませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る