666.滞在四日目:午前の訓練

「ふっ、はあ!」


「ふむ、大分動きが良くなって来ました、ですがこれで」


「あ……」


「詰みです」


「ご指導ありがとうございました」


「いえいえ。少し休んでいてください」


 滞在四日目午前、今日も特別やることのなかった僕たちですがお母様からお願いしていた予定の回答が来たという報告がありました。


 お願いしていた内容とは錬金術講師訓練所と服飾講師訓練所の二カ所を見学してみたいと言うこと。


 ほかにも要望していることはありますが、それはもう少し待ってほしいと言うことなので間に合わないかぎりぎりになるかのどちらかでしょう。


 ともかく、各訓練所には六日目の午前と午後に顔を出せることになりました。


 錬金術はニーベちゃんとエリナちゃんが、服飾はユイが興味を示しているので行きたかったんですよね。


 で、今日のところはまた予定が空いてしまい、各ギルドマスターへのおみやげも買っている僕たちは街に繰り出す必要もない。


 なにをやっているかというと訓練所での訓練でした。


 いまはフランカの訓練をつけたところ。


 彼女から朝食後に『スヴェイン様の方が年上ですし剣の腕も立つのですからどうぞ〝フランカ〟と呼び捨てに』と言われてしまい、フランカと呼び捨てることとなりました。


 後ろにいた侍女の方もそれでいいと言う顔をしていましたので、序列には厳しい御方なのでしょう。


「次、ニーベちゃん」


「はいです!」


 ニーベちゃんの戦闘訓練はができるようになったあと、当初の予定通り受け続けるだけのもの。


 さて、今日は立てなくなるまで何回転がされるか……。



********************



「ひゃあ!?」


「剣にばかり意識がいって魔法を見逃していましたよ。次、いけますか?」


「もちろんなのです!」


 すさまじい。


 あのニーベ様という少女がつけていただいている訓練はスヴェイン様による攻撃をどれだけ受け続けられるかというものらしいです。


 剣閃だけでも嵐のように襲いかかってくるのに、魔法も下級魔法ばかりとは言え雨あられと飛んでくる。


 杖もローブも特別性で油断をしなければ怪我をしないとアリア様は説明をされていましたが……私の指導ではどれだけのをされていたのか。


「また難しいことを考えていませんか、フランカ様」


「アリア様。私のことは〝フランカ〟とお呼びください」


「私の習い性のようなものですのでお気になさらず。それで、今回のお悩みはでしょうか?」


「はい。です」


 アリア様と一緒に訓練の様子に目を向けると、またニーベ様は地面に転がされていました。


 ですが、すぐさま起き上がり、軽く土を払いのけると次の一戦を申し込みます。


はあまり気にしない方がよろしいかと。装備が特別というのもありますが、間もなく四年の師弟の絆。こういうときはを見据えてお互い手加減抜きの訓練を繰り返しますから」


? ニーベ様は錬金術師であり魔術師だと伺いました。それなのにあれほど激しい防御訓練を受ける理由はなんでしょう?」


ですわ。今の段階ではその前段階、『秘境』の魔物から身を守るための戦い方を伝授しております。『秘境』の魔物は常に群れで連携して襲い来るものですから、一カ所に意識が集中しては対処できませんからね」


「『秘境』……恐ろしい魔物の巣になっている場所と伺っております。そのような場所に望んで足を踏み入れるのですか?」


「はい。代わりに希少な各種素材や古代遺跡がありますから」


 私は絶句してしまいました。


 素材集めのためだけに危険な魔物の巣に好んで足を踏み入れる錬金術師や魔術師。


 そのための強さがなのだと。


 私のような浮ついた『剣聖』とはがまったく違います。


「ニーベちゃんは放っておいても一時間以上耐えるでしょう。エリナちゃんは私の指導を受けますか?」


「はい! よろしくお願いします!」


「結構。手抜きはしませんよ」


「もちろんです!」


「それではフランカ様、また後ほど」


 訓練場へと降り立っていったふたりはスヴェイン様たちとの距離を十分過ぎるほど空け、訓練を始めました。


 アリア様のご指導は魔法の雨をひたすら避けるか耐えるかするというもの。


 それとて、ランスクラスの魔法までですが文字通り雨あられと降り注ぎ、容赦なくエリナ様を打ち据えます。


 エリナ様も十数秒間はかわしたり杖で耐えたりしていますがそれもかなわず吹き飛ばされ、ですが吹き飛ばされたあとまた平然と起き上がり修行の続きを求めました。


 うらやましいな、私にはこんな師匠がいなかったから。


「あのふたりがうらやましいですか? フランカ」


「あ、はい。シャルロット公太女様」


「シュミットにいるときは公太女は抜いても構いませんよ。それにしても、お兄様もアリアお姉様もまったく容赦がない。かわいい愛弟子相手に一切の遠慮なしで猛攻を仕掛けているのですから」


「……やはり、あのお二方にとってのはあれでしょうか?」


「ああ、いえ。はもっと激しいはずです。下級魔法で牽制しつつ、その中に上級魔法を何発も組み込んで相手を封殺いたしますので。お兄様はそれに剣が、アリアお姉様は極大魔法が加わります」


「……そこまでですか」


「そうらしいですね。お互い本気を出すと周囲一面を荒野にしてしまうため訓練場所すら選ぶそうです。古代竜エンシェントドラゴンにすら手傷を負わせるほどの猛攻らしいですよ」


「私、とんでもない御方にご無礼を働いていたのですね」


「あまり気にしないでください。お兄様も気にしていませんし、私たちも気にしていません。ただ、必要なをしたまでですよ」


「……はい。簡易エンチャントを封印しての戦い方をすっかり忘れてしまっていました。とっさに簡易エンチャントを施してしまいそうになり、慌ててそれを止め動きが鈍る始末です。本当にこの国に修行に来ることができてよかった」


「そこまで気が付いているのでしたら大丈夫でしょう。お兄様たちはあのまま一時間以上訓練を続けるでしょうしただ待っているのも暇でしょう? 私は指導できるほど実力差がないですが稽古のお相手くらいならできます。いかがでしょう?」


「お相手願えますか? 少しでも体を動かし、なまった感覚を取り戻したい気分なのです」


「結構。では私たちも訓練剣を持って訓練を始めましょう。お兄様たちの流れ弾が飛んでこない位置で」


「……あれ、そこまで威力がありますか?」


「下級魔法ですが魔鋼の鎧や盾など役に立たない程度の威力がありますよ、一発一発に」


「手加減していただいていてよかった……」


「シュミット家が負けた理由も悟らせずに相手を倒すなどよほど相手を嫌っているときくらいです。では始めましょう」


「はい! よろしくお願いいたします!」

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