293.リリスの講義と子供たちの笑顔
僕のギルド評議会外の会合があってから約二週間後、ようやくすべてのギルドで人員調整がついたらしく〝スヴェイン流〟の講義が開催されることとなりました。
不満たらたらのリリスとともに。
「スヴェイン様。本当の本当に一度だけですよ? スヴェイン様のお顔を立てるために講義を行うのです。本当ならこの時間も惜しい」
「申し訳ありません、リリス。僕も公的な立場を持ってしまった人間でして……」
「ですから、お顔を立てるためだと申し上げました。不適格者だと判断したものは途中で容赦なく蹴り出します」
「はい。そこは任せます」
「あとはスヴェイン様も講師に立ってください。私でも見つからない点が見つかるやも知れません」
「まあ、仕方がないでしょう。僕も立ち会うのは決定事項です」
「はあ、子供たちと遊びたい……」
やっぱりリリスにとってはただの〝遊び〟ですか。
それに大の大人が振り回されているのですからどうしようもない。
講義を行うのは錬金術師ギルド第二支部予定地。
完全に箱だけできて聖獣たちに管理を任せてしまっている建物です。
「それで、今日の受講者は……ふむ、これほどいますか」
「各ギルド、それなりの人数を送り込んできましたね……」
それだけ今回の提案が魅力的なのでしょう。
ですがしかし……。
「最前列のあなた方、全員不合格です。お帰りください」
「「「!?」」」
「申し訳ありません。僕の目から見ても不適格です。すみませんがお引き取りを」
「なぜです! 早くから来て待っていたというのに……」
「子供たちを怯えさせます。熱意だけでは子供はついてきません」
「子供を引きつけるにはまず柔らかさなんです。皆さんの熱意は嬉しいのですが、ギラつきすぎています」
「そ、そんな……」
「わかっていただけましたらご退席を。それにしてもスヴェイン様。なにも教えていないのによくおわかりです」
「いえ、僕が子供だったら怯えるな、と。確かにこの指導者育成は難しい」
「まったくです。今回の受講者、全員不合格も覚悟してください。私としても子供たちと遊ぶ時間が増えて大満足です」
リリス、本心を語りすぎです。
ああ、いえ、その方がいいのか。
「はい、そこのあなた、失格です」
「え?」
「私の言葉を聞いた程度でいらだちました。子供の相手はこの程度で務まるものではありません」
「あ、いえ」
「私は【神眼】持ちです。下手な嘘は通じません。お引き取りを」
「は、はい……」
「それからそこのあなたも失格です。今の私の態度に怯えました。この程度で心を揺さぶられないでください。お引き取りを」
「す、すみません……」
「はあ、今日の講義で全滅させるべきでしょうか……」
「リリス。シュミット流ではなくシュミット家流の講義をやるのは構いませんが……」
「もちろん、合格者まで叩き出すような真似はいたしません。次は……志望動機でも聞きましょう」
志望動機の段階でもダメ出しが連続。
リリスの判定が出る前に僕が追い出してしまう方もいるので手に負えません。
いや、それにしても。
「ミストさん、なぜあなたがここに?」
「ギルドマスター命令です。私なら子供相手でも大丈夫だろうと」
「ふむ、変に気負っているところはないですし今は合格です。次はそこの獣人のあなた」
「ええと、私はセティ様から言われて……」
「エレオノーラさんまで……」
「すみません、ギルドマスター。私、ミドルマジックポーションに手をかけていて、今回の募集を聞いたセティ様が『面白そうですし受けてきなさい』と……」
「なるほど。ちなみにあなた、ご兄弟は?」
「兄がひとりです。下の兄弟はいません」
「子供の相手はできますか?」
「ごめんなさい。あまりやったことがないです」
「……よろしい。では、次の方」
「え、私、合格?」
「今のところはですが。このあともどんどんふるいにかけていきますからご心配なく」
「は、はぁ?」
エレオノーラさんも今時点では問題ないでしょう。
その後も志望動機だけでどんどんふるい落とされて行きます。
僕でもわかってしまう当たり厳しいですね、〝スヴェイン流〟。
********************
リリスによる〝スヴェイン流〟の講義は四日間の集中講義として実施されました。
その結果ですが。
「よーく見ててね、ゆっくりゆっくり色が変わっていくでしょう?」
「ほんとだすごい!」
「魔力水ってこんな風に作るんだ!」
「うん! コツはね、魔力を込めるときに水をかき混ぜるようなイメージでやることなの。お塩とかを溶かす感じだよ!」
「わかった! やってみる!」
「気をつけてね、皆! あと、できた魔力水は絶対に飲んじゃダメだよ!」
「えー、おいしそうな色なのに……」
「お腹を壊しちゃうからダメ。ああ、でもこういうときはどうしよう……」
「マジックポーションを少量ずつ飲ませてあげてはどうですか? エレオノーラさん」
「ギルドマスター!? なぜここに?」
「いえ、錬金術の初講習と聞いて気になりましたから」
「ギルドマスター?」
「お兄ちゃんがギルドで一番偉い人?」
「ええ、そうです。そうだ、マジックポーションは僕の作り置きがありますから分けてあげましょう」
「本当!?」
「やったぁ!!」
「本当に一口ずつですからね。はい、どうぞ」
「……あまりおいしくない」
「色は綺麗なのに」
「期待外れ……」
「はい。ポーションは薬です。決しておいしいものではありません。魔力水はそのポーションの原料。もっとおいしくないですよ」
「じゃあ飲まない!」
「わたしも!」
「僕も!」
「それがいい。では、お姉さんに習ったとおりに魔力水にチャレンジしてみましょう」
「「「はーい!」」」
うんうん。
子供は元気が一番です。
「助かりました、ギルドマスター。私じゃまだまだ子供たちの興味を逸らすのが難しいです」
「それも含めて慣れていきましょう。ところでエレオノーラさん? あなた、今日は休日になっていたはずですよね?」
「う。それは……」
「子供たち相手の講習もギルド業務です。と言うわけで、あなたは明日おやすみですね」
「それはご勘弁を。皆に差を開けられちゃいます」
「ほかの方々より一歩進んでいるのでしょう? ミドルポーションとミドルマジックポーションの差は大きいです。一日二日で埋まる差ではないですよ」
「でも……」
「お姉ちゃん! うまく色が変わんないよー」
「はーい。今行くから待ってってね!」
「では僕はお暇を。ああ、そうそう。エレオノーラさん」
「はい、なんですか?」
「子供たちの相手、楽しいですか?」
「はい! とっても!」
「結構、大変でしょうががんばってください」
「はい! ああ、今行くね!」
リリスの講義ですが、なんと各ギルドからひとりかふたりは最後まで残りました。
さすがのリリスもこれには驚いていたようですよ。
あと、子供たちに講習を行う場所として各ギルドに錬金術師ギルド第二支部を貸し出すことにしました。
錬金術師ギルド用に作ってあるので使いにくいとは思いますが、それぞれだましだましやっていただきましょう。
「それにしても、リリスは思いのほか自由ですねぇ」
講習会が終わったあとも彼女は街の至る所に出没しているそうです。
彼女は誰をどこまで育てる気なのか、まったく見当がつきませんよ。
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