366.ヴィンドの街 滞在三日目

 錬金術師ギルドにちょっとお灸を据えに行ったり、冒険者ギルドにごあいさつをして二日目は終了。


 三日目の午前中は先生たちからあいさつ回りをお願いされていた残りのおふたりを訪ねて回りました。


 先生から預かっていた会員証を見せると中に通してもらえて話をさせてもらえましたし、シャルムさんのお店では二年前に先生が作ったという珊瑚のオブジェを拝見させていただくことに。


 珊瑚にかけられている状態保存魔法は強すぎず弱すぎず絶妙なラインですし、魔力水を使って海の色を再現するなんて今のボクたちでは到底できません。


 ボクとニーベちゃんがあまりにもじっくり珊瑚のオブジェを鑑賞するものだからシャルムさんにも理由を気になって聞かれましたが、理由を説明すると向上心があってとても素晴らしいと褒められました。


 そして、『大人になって自信がついたら買いにきな』と言うことでボクたちまで会員証をもらえたのですが……よかったのでしょうか?


「あむ……もぐもぐ……海の幸はやっぱり海のある街で食べるのが一番おいしいのです」


「ボクも久しぶりにヴィンドに帰ってきたからそう感じた。コンソール暮らしに慣れちゃってたから忘れてたけど、コンソールで食べられるお魚って川のものか干物くらいだもんね」


 あいさつ回りがすんだボクたちがなにをしているかというと……露店での食べ歩きでした。


 ニーベちゃんがコンソール以外では食べ歩きをしたことがないと言うので案内がてら一緒にいろいろ少しずつ食べています。


「私なんてコンソール以外の街にお出かけした記憶はこれが初めてなのです。……まあ、今だと聖獣の泉で海の幸っぽいものを分けてもらえますが」


「あれは別格だし先生方が何度も言うように慣れちゃいけないものだよ。お祝いの日とか特別な時だけに食べる程度にとどめておかないとありがたみが無くなっちゃう」


「ですね。そうじゃないと聖獣さんたちが怒って恵みを分けてくれなくなっちゃいます」


「そうそう。聖獣たちだって隣人なんだから謙虚さは忘れないようにしないとね」


 聖獣の森や泉でもらえる恵みっておいしすぎるんですよね……。


 リリスさんはボクたちのため、定期的に聖獣の森産フルーツパイを作ってくれていますがそれ以外では基本的に食べていません。


 ときどき先生が料理したものの味見として食べるくらいにとどめています。


 贅沢すぎるものはよくないですから。


「それにしても……聖獣さんたちがいない街並みってこんなに寂しいものでしたっけ?」


「ボクたちも結構毒されてるよね。コンソールではどこを見ても聖獣だらけだったから」


「それにやっぱり暮らしている人の顔が明るくないのです。……コンソールも二年前は同じだったのでしょうか?」


「そうなのかも。もう遠い昔に感じるよね」


「たった二年なのですよね。先生たちに出会ってから」


「うん。もう何十年も一緒にいる気がする」


「私たち、いつかは先生たちとお別れしなくちゃいけないんですよね……」


「先生たちはまだまだ先だって言ってるけど……寂しいよね」


「先生たちとだけじゃないのです。エリナちゃんとだっていつかはお別れです」


「そうだね。お互い別の道を歩んで、それぞれ弟子を持って先生たちの元に戻るって決めちゃったもんね」


 お互い、少し寂しくなってしまいました。


 たった二年、でも濃厚な二年をずっと過ごしてきた仲です。


 いつまでもふたりで、なんて甘えが許されないことは承知していても、寂しいものは寂しく感じてしまうのは当然ですよね。


「あの話、なかったことにしたら先生は私たちをずっと育ててくれるのでしょうか?」


「わかんない。自分で巣立てと言われるかも知れないし、先生の研究すべてを引き継ぐためにずっと弟子でいられるかも知れない」


「でも、一度決めちゃいましたからね」


「決めちゃった以上、後戻りはできないよね」


「そう考えたらじっとしているのはもったいなくなってきました!」


「ボクもだけど……五泊はしてこいって命令だよ?」


「うー……道具はすべて持って来てますけど『五泊してこい』って言うことは『五日間は休め』って言うことなのです……」


「そういうこと。先生のお考えはわからないけど、ゆっくり考える時間だと思って休もう?」


「仕方がないのです。……でも、本当に静かというか寂しい街なのです」


「ヴィンドもコンソールほどじゃないけど活気づいてほしいな。故郷としては」


「どうすれば活気づきますかね? やっぱり聖獣さんたち?」


「違うよ。聖獣たちは街で暮らしている人が活気づいてるからこそ集まってきたんだよ。まずは街全体が活気づかないと」


「街を活気づける……先生みたいな大嵐を巻き起こせばいいのでしょうか?」


「いや、そうじゃないと思う。コンソールがたまたまで、普通は街がもっと混乱するよ?」


「そう考えるとギルド評議会の皆さんはやっぱりすごいのです」


「逃げ出した人もいるけど、ほとんどの人は先生の大改革を受け入れたんだからね。本当にすごいよ」


 ボクたちが責任のある大人だったら同じ判断ができたでしょうか?


 非常に難しい舵取りを迫られた、それも否応なく迫られたのでしょう。


 でも、先生のことです。


 拒否されたら拒否されたで別の道を選んでいたと思います。


 最悪、ボクたちだけを連れて街を離れてもよかったのですから。


「うーん、やっぱりボクたちみたいな子供じゃ街を活気づけるなんて無理だね」


「ですね。残念で……あれ? 冒険者ギルドの方が騒がしいのです」


「本当だ。行ってみる?」


「行ってみましょう。なにかお手伝いできるかもしれないのです」


 ボクたちは歩くのをやめそばを歩いていたルビーとクリスタルに乗り込みます。


 そして冒険者ギルド前までやってきましたが……事態は少々逼迫していました。


「ちっ! 傷が深すぎる!! マルグリッドさん、緊急用のポーションは!?」


「もう使ってるよ! ええい、さすがにスヴェインから買ったのも二年はもたなかったからね!」


「錬金術師ギルドのアルデさんに緊急要請は!?」


「とっくに出してる! だがもつかどうか……」


「なんの騒ぎなのです?」


「あんたらは……子供の見るもんじゃないよ!」


「重傷者の治療ですね。ニーベちゃん?」


です。早く治療しましょう。死んでしまうのです」


「そうだね。死なせちゃまずいもんね」


「あんたら、なにを……?」


「こういうときはまず傷口にポーションをかけるのでしたね」


「うん。そうすれば傷口が塞がって出血も止まるって」


「……あ、傷が塞がりました。マルグリッドさん、このポーションを飲ませてあげてください」


「え、ああ。わかった。やたら効き目が高いけどこのポーションはなんだい?」


「傷口にかけたのは念のため高品質ミドルポーションです。そちらは普通のミドルポーションですね」


「ミドル……って、そんな気楽に!?」


「私たちにとっては普通の品なのです。大きな傷口は塞がりましたが、生命力は落ちたままですので早く飲ませてあげてください」


「あ、ああ。……顔色もよくなった。これで大丈夫だね」


「本当は増血剤もあればいいのですが、私たちはまだ作り方を習っていないのです」


「魔物素材をいくつか使うため失敗すると毒物になるからまだ早いと言われていて……申し訳ありませんがポーションだけで許してください」


「あ、いや……そういえばあんたたちのローブのエンブレム……ひょっとして『コンソールのカーバンクル』ってあんたらのことだったのかい!?」


「はい。そうですよ?」


「そういえば昨日話さなかったのです」


「いや、そんな簡単に……」


「コンソールでは有名すぎて子供でも知っていることなのです」


「はい。緊急事態ですのでお代もいりません。ゆっくり休ませてあげてください」


「それでは帰るのです」


「じゃあ、また」


「え、ああ、いや」


 冒険者さんの治療も終わりましたし、また食べ歩きに戻ります。


 今度の話題は治療薬の話ですが。


「先生から買ったポーションって言ってました」


「多分、昔この街でもポーションを緊急用の備品として売っていったんだよ」


「先生らしいのです。でも、無くなってしまったみたいですね」


「冒険者のお仕事って危険だからね。でも、今回みたいに非常事態の時って困るよね」


「今はアルデさんがいますがそれでも今回は間に合いそうになかったです」


「うーん。ボクたちの所持金が増えるのは困るけど、少しポーションを売ってから帰ろうか。そうすればまたちょっとの間は大丈夫だろうし」


「それでもダメだったら、今度は『コンソールブランド』に頼ってもらうしかないのです。コンソールの冒険者ギルドでも特級品は補充していないと聞いています」


「ボクたちが納めている中から少しずつ備品として保管しているらしいけどね。さすがにそれ以上は厳しいけど自己責任かなあ」


「アルデさんには早く特級品が作れるれん……」


 そこまで言いかけたとき物陰からニーベちゃんめがけて剣が振り下ろされました。


 もちろん、だったので事前に『サンクチュアリ』も張りましたし、杖で受け止める準備もしてあります。


 ただ、その必要すらなかったようですけどね。


「Pipuuu!」


「あ、聖獣さん。守ってくれてありがとうです」


「な!?」


「襲うなら相手のことを調べるのです。私たちの周りには常にたくさんの契約聖獣さんが守りについていることくらいコンソールでは常識なのですよ」


「そうだね。それで、どうしようか?」


「聖獣さん。怪我をさせない程度に懲らしめてください。二度と悪さをしようだなんて考えられないように」


「うん。あと、邪魔にならないような場所に片付けておいてもらえると助かるかな? 街の人を驚かせたら悪いし」


「それがいいです。お願いします、皆さん」


「皆もよろしくね」


 ボクらのを聞いた聖獣たちが襲いかかるつもりだった連中にお仕置きをしに行きました。


 守りの数は少しだけ減りましたが、まだたくさんいますし、問題ないですね。


「話の続きです。特級品の作れる錬金術師、どれくらいで育ちますかね……」


「コンソールのギルド本部でも三人、いや、隠しているアトモさんも含めて四人しかいないし、アルデさんも特級品の詳しい作製手順は教えないだろうし……アルデさんの任期ぎりぎりに何人か育てばいい方じゃないかな?」


「やっぱり人材育成って大変なのです」


「その点、エレオノーラさんってすごいよね」


「ですです。子供たちに大人気ですから」


 そのあとも食べ歩きをしながらその日は終了。


 午前中のごあいさつと冒険者ギルドで人助けをした以外は平和な一日だったかな?

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