365.ヴィンドの街の冒険者ギルド

「おいしいお茶なのです」


「本当に。どこのお茶ですか?」


「悪い。シュミットから個人的に取り寄せてるお茶なんだ。簡単には手に入らないだろうからここで堪能していってくれ」


 大ホールでの騒動のあと、ボクたちはアルデさんが使っているというギルドマスタールームに案内されました。


 三十分ほど遅れてやってきたアルデさんにお茶をごちそうになっているところです。


「しかし、本当に助かった。おかげでは綺麗に一掃できた」


「お役に立てましたか?」


「ほとんど子供がかんしゃくを起こしただけのようなものです」


「いや。あれはエリナとニーベが絶対に正しい。技術者であり職人が他人の作品を破壊するなど言語道断だ。やつは即刻ギルドから除名処分、二度とこのギルドにも入らせないことにした」


「なんだかすいません。予想以上の大事にしてしまい」


「その方が良かった。あの後、これについていく覚悟がないやつは即刻ギルドから立ち去れって言ったら、逃げ出すやつがそれなりにいた。そんな甘っちょろい覚悟でいられたんじゃギルド改革なんて進まないからな」


 逃げ出す、ですか。


 そういえば先生が錬金術師ギルドを改革したときも威張り腐っていた連中を追い出したと聞きましたね。


「……先生も同じ気持ちだったのですかね」


「どうなんだろうな? ただ、お前たちの技を見て元冒険者組とコンソールから渡ってきた技術者組は熱意をみなぎらせていた。自分たちでもあの高みに挑戦できるって希望を見ることができたんだからな」


「少しでも希望を与えることができたのならよかったです」


「怖がらせただけだと先生に怒られてしまうのです」


「いや、怖がらせるくらいがちょうどいい薬さ。そうでもなきゃ『コンソールブランド』のシェアを奪うなんて百年かかってもできない」


「先生に言わせれば一刻も早く奪ってほしいそうです」


「私たちの前でもこぼしてました。商業ギルドがポーションの交渉に応じてくれないって」


「普通は交渉なのにあの方らしい。しかし、俺の任期は三年予定。その間にどこまで育てられるやら」


「そこまではボクたちにも……」


「アルデさんに頑張ってほしいのです」


「ああ、すまん。十三歳に聞かせる愚痴じゃなかったな。お前たちを見ていると本当に一人前の錬金術師と接している感覚になるんだよな。それもシュミット基準の」


「そんな恐れ多い」


「私たちなんて先生のあとを追いかけているだけのひよっこです」


「その先生がすごい御方なんだがな。それで、錬金術師ギルドの視察は午前中で終わっちまった訳だが午後はどうするんだ?」


「とりあえず宿に戻って昼食をとります。そのあと、イナお姉ちゃんが冒険者ギルド本部に行って歌いたいそうなので、ボクたちも一緒に行こうかなと」


「そうか。面会相手は誰なんだ?」


「タイガさんと言う冒険者の方と、もし面会できればギルドマスターのマルグリッドさんにもあいさつしてほしいと」


「マルグリッドさんか。スヴェイン様の名前を出せば大丈夫だろうが念のため俺からも紹介状を書いてやる。少しだけ待っててくれ」


「いいんですか?」


「申し訳ないのです」


「ふたりにしてもらったことに比べれば簡単な作業だ。お茶でも飲んで待ってな」


 ボクたちはせっかくのご厚意なので甘えることにしました。


 アルデさんから紹介状を受け取ったら予定通りお爺ちゃんの宿まで昼食をとりに戻り、そのあとイナお姉ちゃんもクリスタルに乗せて冒険者ギルド本部へ向かいます。


 イナお姉ちゃんは初めて乗るクリスタル……というか聖獣に大はしゃぎでした。


 そして、冒険者ギルドにたどり着きその門をくぐると、やはりコンソールとは空気が違います。


「うーん。ここもです」


「仕方がないよ。コンソール冒険者ギルドが異常なだけで」


「ふたりともなんの話?」


「なんでもないのです」


「ちょっとした話だよ」


「変なの」


 冒険者ギルドではイナお姉ちゃんがやってきたことで冒険者の方々が大喜びをしていますが、その中でひとりだけボクたちから目を離さない冒険者の方がひとり。


 先生から伺っている特徴とも一致しますし、この方がそうなのでしょう。


「あの、タイガさん、ですよね?」


「ああ、そうだ。お前たちは?」


「申し遅れました。イナの妹でエリナと言います」


「ニーベなのです」


「そうか……ところで、お前ら。スヴェインとアリアって知ってるか?」


「はい。ボクたちの師匠です」


「先生たちからはタイガさんにあいさつしてくるようにお願いされていたのです」


「やっぱりあのふたりの関係者か。雰囲気がどことなく似てるし、動きも子供っぽく見えるのに隙がない。実戦経験は?」


「まったくありません。魔法の訓練でしたらやっていますが」


「『フレアストライク』や『アイシクルチェイサー』をようやく使えるようになった程度なのです」


「あとは……『セイクリッドブレイズ』で相手を気絶させることができる程度ですね」


「先生のように一瞬では無理ですが、数秒でできると太鼓判は押されているのです」


「……お前ら、何歳だ?」


「十三歳ですが……なにか?」


「種族がエルフで見た目だけが子供、とかじゃないよな?」


「普通に人間で見た目通りの年齢なのです。私は実年齢より見た目が年下ですが」


「師匠も化け物だったが、弟子も化け物……までは届かないが怪物クラスじゃないか」


 どういう意味でしょう?


 先生からは実戦経験がない以上、常に油断はするなと何度も教えられていますが。


「それで、俺にあいさつって具体的になにかあったのか?」


「いえ、数年前にヴィンドに来たときお世話になったからと」


「先生はコンソールの街で錬金術師ギルドのギルドマスターになっているのです。なので、簡単にほかの街まで行けないから代わりにお礼を言ってきて欲しいそうです」


「義理堅いやつだ。散々世話になったのはこっちなのによ」


「そうなんですか?」


「多分、先生はそう感じてないのです」


「まあ、礼は礼として受け取っておくよ。その様子だと俺だけじゃないだろう?」


「はい。可能ならギルドマスターのマルグリッドさんにもごあいさつをと」


「そうか。じゃあ、今から面会の許可を取ってきてやる。少し待ってな」


「いいのですか?」


「子供が気にすんな。おとなしく待ってろ」


 タイガさんの計らいでギルドマスターのマルグリッドさんともすんなり面会の許可が取れました。


 タイガさんってすごい方なんですね。


「あんたらがスヴェインの弟子かい。しかも、ひとりはイナの妹、つまりはエルドゥアン師匠の孫だって言うじゃないか」


「はい。イナの妹でエルドゥアンお爺ちゃんの孫、エリナと言います」


「エリナちゃんの同門のニーベなのです」


「あいさつもしっかりしてるね。とりあえず席に座りな」


「先生からは礼節は欠かさないように指導されていますから」


「特に初対面の人の前では大事だと言われているのです」


「……アイツの弟子がねえ。まあ、ともかく座りなよ。アイツがこの街を最後に訪れてからもう二年近くが経つ。その間のことを教えてくれ」


「構いませんが……あまり楽しい話でもないですよ?」


「それに話せないことも多いのです」


「話せる内容だけでも構わないさ。それで、あの破天荒なふたりはどんなことを成し遂げてきたんだい? 隣街とは言え聞こえてくる噂は信じられないようなものばかりだからね」


「あはは……」


「多分その噂は全部あっているのです……」


 そのあとはマルグリッドさんに聞かれるまま、ボクたちが知っている範囲で先生たちの話をしました。


 さすがに竜の帝だとか聖獣郷の主だとかは話せませんが。


「はあ、聞こえてくる噂も人を使って調べさせた話も全部真実かい。いろいろ波乱を巻き起こすふたりだね」


「はい。でも、ボクたちにとってはとても素晴らしい先生です」


「ギルドマスターになったりシュミットに帰ったりしたときは指導時間が減って残念だったのですが、その分次に会ったときは褒めてもらおうと頑張ったのです」


「その結果、頑張りすぎだと言われるようになりましたが……」


「先生方には年相応の遊び方を覚えろと言われるのですが、研究をする方が楽しいのです」


「根っからの研究者で職人を育てちまったね。そういえばヴィンドの錬金術師ギルドはもう見たかい?」


「午前中に見てきました」


ていたのでたっぷりと熱量を加えてきたのです」


「十三歳にケツを叩かれる大人どもか。形無しだね」


「できれば特級品くらいは作れるようになっていてもらいたかったのですが……」


「最高品質ですら安定していなかったとは想定外だったのです」


「『コンソールブランド』じゃ最高品質も当たり前だからね」


「はい。ボクたちが普段顔を出しているギルド本部では、もう皆さんが最高品質を作り続けています」


「……そういえば第一位錬金術師の皆っていつになったら昇級試験を受けるのですかね?」


「さあ……? ボクたちから見ても絶対に不合格にならないはずなんだけど」


「ギルド本部の皆は昇級したがらないから不思議なのです」


「先生からしてギルドマスターの椅子を適任者に渡したがっているからね」


「そういえばミライさんもサブマスター候補を一生懸命育ててるのです」


「……大丈夫なのかい? コンソールの錬金術師ギルドは?」


「皆さん上のポストに就きたがらないのは研究時間が減るのを嫌っているからです」


「お給金は皆もらいすぎている感覚があるらしいので、少しでも研究を進めたがっているのです」


「ちなみに今研究している内容って教えてもらっても大丈夫なのかい?」


「問題ないと思います。ギルド本部なら皆さんが知っていますし、外でも話していますから」


「皆、頑張っているのですがが足りないのです。それさえクリアできればあとはスムーズに進むはずです」


「それで、研究内容って?」


の研究ですよ」


「はい。ミドルポーションを量産できるように日夜努力しているのです」


「……前言撤回だ。コンソールの錬金術師ギルドに敵う錬金術師ギルドはしばらく現れないよ」


 そのあとも、イナお姉ちゃんが帰る時間になるまでマルグリッドさんと会話を楽しみました。


 先生はこんなところでもいろいろやっていたのですね。

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