268.ギルドに咲くカーバンクルの花

「よう! 色男!! モテすぎるとつらいな、おい!?」


「ティショウさん……」


 セティ師匠が余計な大爆弾を爆破させてくれた数日後、僕は冒険者ギルドの訓練場観客席で黄昏れてました。


 最近、行き場がなくなるとここにばかり来ています。


 席も同じ気がしますよ?


「で、師匠が話していたことは本当か?」


「あんの師匠。どこまで言いふらして回ってるのか」


「お前の言葉遣いが乱れるのなんて聖獣農園以来だな。少なくとも全部のギルドマスターは知ってる。サブマスターが知ってるかまでは知らん。街中の噂にはなってないから大丈夫だろう」


「……自らの無知から招いたとは言え、お恥ずかしい限りです」


「さすがに弟子のことを言えないぞ?」


「まったくです……」


「そんで、弟子たちにこのことは?」


「コウさんのお屋敷に戻ったらすでにアリアが伝えていました。コウさんの家族からは慰められ、二歳年下の弟子からは同情され、シャルからは説教をされました」


「公太女様は潔癖か?」


「いえ、側室を娶るなら先にアリアの確認を取れ、と」


「違いねえ」


「……僕にそんなつもりはなかったんですけどね?」


 どこをどう間違ったのか……。


 ミライさんを『試練の道』へ行かせたのが間違いだったんでしょうか。


「ま、俺らの間じゃ賭けの対象だったがな」


「は?」


 賭けの対象?


 なにがでしょう。


「ミライの嬢ちゃんが爆発するのが先か、お前が錬金術師ギルドマスターから去るのが先かって話だ」


「……ミライさんってそんなにバレバレだったんですか?」


「ギルドマスターの間ではな。サブマスターどもは知らん。お前が気さくとは言え、ギルドマスター相手にあそこまでづけづけものを言うサブマスターなんていないぞ?」


「ミライさんだから普通だと考えていました」


「……お前もお前で大概だな」


 いや、だって普段はギルドマスターと思われているかどうかすら怪しいんですよ?


 それなのに恋心どころか結婚願望まであるとか……。


「で、どうするんだよ? アリアの嬢ちゃんの機嫌は直ったのか?」


「アリアの機嫌は一晩抱き枕になることで直りました。ミライさんとの結婚は……考えたこともないのでわかりません」


「だろうな。そもそも、アリアの嬢ちゃんが婚約者なんだろう? この国、ああいや、この街? まあ、どっちでもいいか。十五歳になったら成人で結婚できるようになる。つまりは来年だろう? 結婚して新居に引っ越すのか?」


「本来でしたら結婚どころか秋から長居をすると決めた時点で、どこかにアトリエ兼住居を買うか借りるかする予定でした。ですが、コウさんとニーベちゃん、それからエリナちゃんからの願いでコウさんのお屋敷でお世話になっています」


「ああ、他人の家じゃもできないもんな」


 またその話ですか。


 皆さんその話題が好きですね……。


「……冬の始まり頃にもそれでミライさんにからかわれました。でも、そんな事をしている時間も考えている時間もありません。僕たちの野望が進んでいる以上、弟子の育成はともかく子育ては無理です」


「そんなに難しく考えるなよ? 十年や二十年遅れたって……」


。ウィル君に技を継承していただき、ウィル君に残っていただくこともできなくはないでしょう。ですが、他人の子供の将来を決める権利は僕にありません」


「律儀だな、おい」


「礼節は守らねば」


「……まあ、そんなお前だからこそ全員集まったんだろうがよ」


「そう信じたいですね」


 はい、今回僕が集めた皆さん。


 僕とアリアが名付けたところの『賢人』たち。


 彼らには是が非でも学園都市構想に乗っていただきたい。


 さすがに目的を隠して呼び寄せてしまったので、断られても仕方がありませんが。


「それで、話は戻るがミライの嬢ちゃんとは結婚しないのか?」


「そもそもアリアと結婚した上でミライさんと結婚など許されるのですか?」


「国の法律では平民は重婚禁止だ」


「じゃあ、無理でしょう」


「だが、各ギルドのギルドマスターの役職を担ったものには男爵相当の地位が与えられ『た』」


「じゃあ、早々に後釜を見つけてギルドマスターを降ります」


「まあ、結論を急ぐな。俺たちの街は国から完全独立しちまった。本来ならこの一帯はビンセント……シュベルトマン侯爵の治める地方だったが、そうじゃなくなっている。街の法律は街で変えられる」


「ギルドマスターひとりのために法律を変えるなど横暴も甚だしい」


「俺もそう考える。だがな、お前さんはひとつ忘れていることがある」


「なんでしょう?」


「ここが『仮称【スヴェイン地方】』だってことだ。お前さんはここの領主みたいなもの。発言権は今でこそギルドマスターのひとりでありギルド評議会のひとりでしかないが、本来なら俺たちなんかよりずっと上だ」


「僕は為政者になる気はありません。なるなら……」


「シュミット公国に残った、だろう?」


「はい。なので……」


「そもそも、お前さん。この都市に残る気自体がないだろう?」


「は?」


「いや。お前、学園都市ができてもこの街に居続ける気か?」


「さすがにそのときは学園都市に移ります。錬金術師ギルドマスターは……なんとか後釜を」


「ああ、後釜は無理しなくてもいい。さっきそのことが気になって錬金術師ギルドを訪ねてきた。お前さんが抜けたら、今の第二位錬金術師の中でもっとも腕が立つやつが一年間だけギルドマスターになるそうだ」


 ん?


 一年間だけ?


「そのあとは毎年選抜試験を行い、一番だったやつが一年間だけギルドマスターの役職になるんだと。今の『新生コンソール錬金術師ギルド』らしいだ」


「彼らは彼らなりに成長してるんですね」


「誰かさんの背中が遠すぎるせいで走っても走っても遠くなる一方だそうだがな」


「……申し訳ない」


「心にもないことを言うな」


「さすがにばれましたか。技術者として後進に後れを取るわけにはまだまだいきません」


「まあ、そういうわけだ。後釜は最悪なんとかなる」


「そうですか……ん? アトモさんと門下生は?」


「この話が出たとき一番最初に持っていったが、一門揃い断固として拒否されたそうだ。もう二度と不相応な名前を背負うわけにいかない、と」


「わかりました。時が満ちればアトモさん一門は学園都市が引き抜きましょう」


「そうしてやれ。でだ、アリアの嬢ちゃんが叫んでいたことによれば、ミライの嬢ちゃんとの間にできた子供にはお前の錬金術を受け継がせるそうじゃねえか」


「……どこまで話が回っているのか」


「アリアの嬢ちゃんの声が一階まで聞こえていたそうだ。その声が聞こえていた連中から錬金術師ギルド内全部に話が知れ渡り、錬金術師ギルド全体が沸いたそうだ」


「そうでしょうね。ギルドマスターとサブマスターの情事など……」


「違えよ。が生まれたことに大歓喜したんだよ」


「はあ?」


「『新生コンソール錬金術師ギルド』最大の課題はお前の技術を受け継げないこと、だそうだ。『カーバンクル』もお前からの借り物、いつかはいなくなっちまう」


 まあ、そうでしょう。


 最高品質ミドルポーションを自分で作ることを夢見るふたりが、に閉じこもっているはずもない。


「そんな中に生まれた今回の騒動だ。お前の技術をお前自身の指導方針で幼い頃から仕込んだ子供。そんなをあいつらは期待している」


「僕の技術を教え込んだところで錬金術師ギルドに入るとは限りません。ましてや、入った時点では見習いです。僕の子供だからといって飛び級など僕が許さない」


「それも全部織り込み済みでだ。。その輝きを全員が夢見ている」


「……皆さん気が早い。僕の野望がちっぽけに感じる程、遠大な話です」


「それだけの希望なんだよ。お前、将来子供ができたとしてどこまで自分の技術を教えるつもりだ?」


「そんなの決まってます。


「なら十分だ。……そうそう、帰るときお前さんに『面会希望者がいるから戻ってきてほしい』と伝言を頼まれてたんだわ」


「そうなんですか? ギルドマスター業務がないからって追い出されたのですが……」


「お前、また追い出されてたのかよ……」


「僕がいるとミライさんがポンコツ化して使い物にならなくなり業務が滞る、って……」


「……お前、錬金術師ギルドのギルドマスターだよな?」


「……そのはず?」


 ともかく、面会希望者とやらを待たせてもいけないので早くギルドへ戻りましょう。


「ああ、ギルドマスター。お帰りなさいませ」


「ただいま戻りました。それで、面会希望者というのは?」


「はい。でお待ちです」


「はあ? わかりました」


 あれ?


 普通の鍵はかけたし……魔法錠をかけ忘れましたかね?


 普通の鍵のスペアならミライさんも持ってますし。


 自分の部屋にノックして入るもなんですが、お客様がいるのでしたらノックしなければいけないでしょう。


「ど、どうぞ!」


 中からしたのはミライさんの声。


 あれ、やっぱり魔法錠を忘れましたか。


「お待たせしました……あれ? セティ師匠」


「はい、セティです。腕を上げましたね、スヴェイン」


「なんの話ですか?」


「この部屋の魔法錠、開けるのに三十分もかかりました。いや、弟子の成長をこんなところでも実感できるとは」


「……セティ師匠。お客様としてきたのに弟子の魔法錠を解錠して遊ばないでください」


「お客様は僕じゃありませんよ? 


「お嬢さん?」


 セティ師匠が指した方にいるのは……ミライさん?


「それでは、あとは当事者同士でごゆっくり。老骨は立ち去ります」


「あ、セティ師匠!?」


 セティ師匠はドアを開けてさっさと立ち去りました。


 本当にマイペースな……。


「ギルド……いえ、スヴェイン様」


「はい、ミライさん。どんなご用件でしょう」


 あらためてミライさんを見れば顔どころかエルフの耳まで真っ赤に染まってます。


 なんというか、今日はかわいらしいですね。


「スヴェイン様、カーバンクルの指輪、いったんお返しします」


「いえ、それはあなたの……」


「申し訳ありません。受け取ってください!」


「……わかりました」


 ……そういえば、普段は常に肩に乗っているココナッツもいません。


 一体なんでしょうか?


「スヴェイン様、先日はだまし討ちをする真似をして申し訳ありません。あらためてお願いします。私、ミライと結婚してください!」


「ミライさん、僕は……」


「スヴェイン様がお忙しいのはこの一年近くご一緒だったので重々承知しております! 今すぐ、とか、来年、とか無理は言いません! 十年二十年くらい平気で待ちます! 私、エルフですから、まだまだ若輩者ですからその程度の年数が経っても若いままです、お買い得です!」


「いや、お買い得とかそういう問題ではなく……」


「先ほどアリア様とシャルロット公太女様の元へ伺い、あらためてお願いとお許しをいただいて参りました! どうか結婚をお考えください!!」


 弱りました。


 これは弟子たちの時と一緒、絶対に引かない気迫です。


「もしお考えいただけるのであれば、! ダメな場合は机の上に指輪を置いてお帰りください! これでダメでしたら諦めがつきます!!」


 困りましたね。


 どうも僕はこう言うのに弱い。


 はあ、帰ったらまたアリアに怒られシャルにお説教でしょうか?


「わかりました。……どうぞ」


 僕はカーバンクルの指輪を


 はあ、女性って怖い。


「え、あ?」


「本当に十年二十年待たせるかもしれませんよ? あと、僕は弟子の育成も含めやることが多すぎる。ふたりきりの時間も作ってあげられる自信がありません。それでも待てますか?」


「はい! もちろん待ちます!!」


「わかりました。……このあと少しくらいなら時間を作れますがどうしますか?」


「ええと、抱きしめてもらっていいですか?」


「……身長差を考えると僕が『抱きつく』だけなんですが?」


「構いません!」


「はいはい。……これでいいですか?」


「はい。……はあ、満たされます」


 ……女性ってよくわかりません。


 なお、この日帰ったあとアリアとシャルにこのことを報告したら『よくできました』と褒められました。


 ……本当に女性ってよくわかりません。

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