267.セティ師匠のあいさつ回り 錬金術師ギルド編

 冒険者ギルドを出たあとも各ギルド巡りは続きます。


 正確には味を占めた師匠がギルド評議会の話を知り、『是非ともすべてのギルドにあいさつせねば』などとのが悪い。


 例えば鍛冶ギルド。


「スヴェイン錬金術師ギルドマスターの師匠!?」


「はい。いまはただのしがないエルフですよ? 鍛冶場を見学させていただいても?」


「ええ、どうぞ」


「セティ様!?」


「ああ、鍛冶ギルドに来ていた講師陣はあなた方でしたか」


「アタシらのことまでご存じで?」


「さすがに冒険者ギルド講師は人数が多すぎるので顔と名前が一致しませんが、生産系ならば」


「ありがとうございます!」


「あなた方ならば、そうですね……この本くらいでいいでしょう」


「この本は?」


「新しく書き記した教本です。まだ本国の講師陣に確認作業をしていただいている最中のものですがよろしければ」


「ありがとうございます! 大切に扱わせていただきます!!」


「教本とは言え所詮は本ですよ。十分に理解して頭と腕に刻み込んだらご自由にどうぞ」


「そんなわけには参りません!?」


「あはは。それでは、鍛冶ギルドマスター殿、彼女たちの働きぶりを聞かせていただいても?」


「いや、直接見ていただいた方が……」


「他人の口から語られる内容というのも重要です。お話を伺ってもよろしいですか?」


「は、はい。私でよければ」


「よろしくお願いいたします。あなた方も精進を忘れずにね」


「「「はい!!」」」


 例えば医療ギルド。


「賢者セティ……まさか『大賢者』セティ様!」


「私などただの賢者ですよ。大賢者などとおこがましい」


「いえいえ! 私どものギルドでよければどうぞ視察を!」


「お手数をおかけします。……おや、あの薬は?」


「スヴェイン殿に教えていただいた配合薬ですが……問題がありましたか?」


「いえ。あの知識はスヴェインにはまだ早いと考え伝えておらず、弟子に教えていないものをシュミットの講師に教えるわけにも行かないのでこの国に伝わっていないと考えていました。そうですか、スヴェインが独自で編み出しましたか」


「はい。講師たちも驚いておりました」


「当然でしょう。何百年も前に失われた技術です。医療には役立ちますが、配合比率を誤ればただの毒。上位の配合薬になればなるほど、比率は細かく種類も多くなる」


「ええ。スヴェイン殿からお教えいただいた技術を発展させようとサブマスターが日々頭を悩ませておりますが、いまだスヴェイン殿から教わった配合薬以外の薬が完成いたしません」


「そうでしたか。もしよろしければ僕の知っている薬のレシピをいくつかお譲りいたしましょう。弟子が大嵐を巻き起こし、街に迷惑をかけたお詫びを込めて」


「ありがたいお話ですがお断りいたします」


「ほう。それはなぜ?」


「私どもも医療従事者といたしましては喉から手が出るほどほしい。ですが、いただいてしまってはサブマスターの努力を無にしてしまいます。それではあまりにも彼女が報われない」


「……ふむ。あなた方も研究者としての信念を忘れていませんか。実に素晴らしい」


「不甲斐ないことに私もまだ後進の育成ができていない状況でしてな。いまは日々、看護と医療技術の発展だけで終わってしまいます」


「それでは、その彼女の研究が無駄にならないようヒントだけ残していきましょう。あてどなくさまよい技術を蓄えるのもよろしいですが、ここは医療ギルド。治療のためには少しでも早く成果が求められるでしょう?」


「その程度でしたら。彼女も喜ぶでしょう」


「では、この本を。必要な医薬品はすべてシュミットで取り扱っております。シャルや公王には僕からお願いし、医療ギルドへの販売価格を値引きさせますので存分にお使いください」


「ま、こんな分厚い本を!?」


「ええ。薬草の基礎知識や衛生観念、医療道具の取り扱い注意事項なども載っているためその厚さです。どうぞお納めください」


「いや、その……本当によろしいのですかな?」


「ええ。私も努力を続けるものは大好きですので」


「……スヴェイン殿、アリア嬢」


「諦めてください」


「こういう御方ですの」


「……では遠慮なく」


 ……とまあ、こんな具合でして。


 他人のことをとやかく言えないくらいの嵐を一日で巻き起こして歩いています。


 本人はすべてのギルドを見て回るんだと言って聞きませんし、勝てません。


 そして最後に残ったのは……。


「ここが今の。錬金術師ギルドですか」


「正式には『新生コンソール錬金術師ギルド』だそうですわ」


「先日急に名称変更を要求されまして」


「なるほど。彼が原因ですね」


 師匠が視線を向けた先には丸くなって眠る虎の聖獣が一匹。


「彼? ……アーマードタイガーですか?」


「はい。彼がなにも語っていないのであれば、あなたが関与する必要のないことなんでしょう。案内していただけますか?」


「わかりました。では」


 ギルドの門をくぐり来客用の手続きを済ませると、師匠は勝手に歩き始めます。


「ちょ! 師匠、どこへ!」


「いまはただの客人ですよ。?」


「ああ言えばこう言う!」


 師匠は歩いて行くとそのまま第二位錬金術師のアトリエへ。


 そして、ノックもせずに扉を開けます。


「あ?」


「来客? それに、アリア様にギルドマスター?」


「ギルドマスター、お知り合いですか?」


「ええ、この方は」


「ただのゲストです。皆様の腕前を見学させていただきたく」


 この師匠、白々しい!


「……わかりました。俺がやるがいいか?」


「お前がいまは一番の腕利きだ。頼む」


「おう。……霊力水をご覧ください。品質は一般品質ですがなんとか安定しました」


「……ほほう」


「あら」


「へぇ」


 これは僕も驚きです。


 一番の腕利きらしいですが、もうそこまで。


 実際、彼の手際はまだおぼつかないとはいえ霊力水を作るに十分でした。


「いかがでしたでしょう」


「いや、驚きました。一ギルド員が霊力水の作製に成功するとは」


「恐縮です。まさか、にご覧いただけるとは」


「……なぜ僕が師匠だと?」


「普段は誰に対してでも敬意を払うギルドマスターが、ギルドマスターや『カーバンクル』様方、アリア様以上に魔力の質が高いことです」


「スヴェインの態度についてはいつものことなので僕は気にしません。ですが、僕の魔力はそこまでわかりやすいでしょうか?」


「はい。。ギルドマスターから魔力操作を直接ご指導いただき、魔力感知も人並みにはできると自負しております。私どものような未熟者では到底及びもつかない努力と研鑽の賜物かと」


「……いや、実に素晴らしい。これはスヴェインがギルドマスターを務めているだけの価値はあります。あなた方、将来的にはどこまでたどり着く予定ですか?」


。自分たちの代では、ひとまず高品質ミドルマジックポーションの安定化と技術確立が目的です」


「目標ではないと?」


「目標はハイポーションですが、そこまではたどり着けないと愚考しています。もちろん、諦めではなく現実的な道程を見据えての話です」


「……惜しい。実に惜しい。あなた方のような考え方ができる子供がいれば、スヴェインと同格……は無理にしても将来的には歴史に名を残す偉大な錬金術師へと育てられるのに」


「それでしたら是非とも『カーバンクル』様方にご指導を」


「ダメです。あのふたりはすでに弟子たちのもの。僕が代わりに教えると言ったところでやる気を失うだけでしょう。ああ、シュミット家の子供たちは実に素晴らしかったが、もっと弟子を育てたくなってしまった!」


「……ギルドマスター、この方はどうすればいいのでしょうか?」


「感動から冷めるまで少し待っていてください。申し訳ありません、研究の時間を奪ってしまい」


「いえ、俺たちとしてはありがたかったのですが……」


 師匠が感動から冷めたのは十分後、これ以上余計な事を言い出す前に部屋から連れ出しました。


「師匠、茶目っ気が過ぎます」


「失礼。あまりにも熱意にあふれかえっていたものでつい」


「セティ師匠。つい、で皆様の研究を邪魔なさってはいけません」


「いや、申し訳ない。……それで、奥のアトリエは?」


「一般錬金術師のアトリエです。見学するのでしたら、先に僕の師匠だと紹介しますよ?」


「仕方がありません。それでも構わないので案内してください」


 一般錬金術師のアトリエで師匠は全員の腕前を確認して歩きます。


 そして、一般錬金術師の中でもエレオノーラさんを始めとした若い錬金術師を四名選抜し、『修行はキツいが半年以内にミドルマジックポーションを作れるようになってみないか?』などと誘い始めました。


 選ばれた四人は大喜びでその誘いを受け入れ、選ばれなかった者たちは嫉妬……ではなく大歓声で送り出していますし。


 終いには『修行から帰ってきたら絶対に作り方を教えろ』などと言いだし……なにが起こっているのでしょうか?


 確かに一般錬金術師は礼節と熱意で選びましたが、ここまで熱意にあふれていましたっけ?


「最後はサブマスターさんにごあいさつですね」


「ほんっとうに迷惑はかけないでくださいね? それじゃなくてもミライさんにはいろいろ負担を強いているんですから」


「そう感じるのでしたらもっと錬金術師ギルドマスターの仕事をしては?」


「弟子の育成に差し障ります」


「なるほど、それはよろしくない」


 サブマスタールームのある三階へと上がると部屋からミライさんが出てきました。


 ミライさんって僕が三階に来るたびに顔を出しますけど、どうしてでしょうか?


「あれ、ギルドマスター。今日はお休みですよね?」


「はい。ほんっとうのほんっとうに連れて来たくはなかったのですが、セティ師匠があなたにごあいさつをしたいというので連れてきました」


「セティ師匠……ああ、ギルドマスターとアリア様のお師匠様ですか。初めまして、サブマスターのミライです。ギルドマスターにはいろいろお世話になったりお世話をしたりしています」


「あっはっは。はっきりものを言うお嬢さんでいいじゃないか、スヴェイン」


「本当にこのサブマスター、僕をなんだと思ってるんでしょうか」


「ギルドマスターですよ?」


「疑わしいです」


「ところでミライさん。あなたの肩に乗っているのはカーバンクルですか?」


「はい。カーバンクルのココナッツです。『試練の道』を通り抜けたらなぜかカーバンクルの卵をいただいてしまって……」


「ふむ。スヴェイン?」


「はい。ミライさんは去年の冬に僕のつけていた聖獣の護衛に気がついていたらしいのです。それで『試練の道』に挑ませてみたらああなりました」


「なるほど。『試練の道』は熟練冒険者でも踏破が厳しい。いい勘をしている」


「……すごい。あの説明だけで通じ合ってる」


「まあ、それは置いておきましょう。スヴェイン、念のために聞いておくけど彼女のしているカーバンクルの指輪は君が作って贈ったものだよね?」


「ええ。シュミットの講師に渡しても僕のところに戻ってくるのはわかってましたから」


「エンチャントをかけたのも?」


「はい。【生命力上昇】【回復力上昇】【負傷急速回復】【生命力急速回復】【運気超上昇】をかけておきましたが?」


「このマセガキ! 私の指輪になんて高価な……」


「ふむ、スヴェイン。君は右手の中指の意味を知っているのかい?」


「え?」


「あ?」


 いつものように怒ろうとしたミライさんがいきなり止まりました。


 そういえば作ったときにとお願いされましたが、なにか?


「この地方では右手の中指に……」


「あーあー、私はなにも聞こえない!!」


「ミライさん?」


「ミライ様?」


「ああ、そっか。彼女の指に指輪をはめたのもスヴェイン、君だね」


「はい、そうですが……なにか?」


「この地方ではね。女性の右手の中指に指輪をはめることは結婚を示すことなんだよ」


「え?」


「な!?」


「あーあー!!」


 困惑する僕、怒り始めるアリア、聞こえないふりをするミライさん。


 完全にパニックです。


「スヴェイン、君は本当にそういうことに疎いね」


「……ミライ様?」


「申し訳ありません、アリア様!! 私も結婚を夢見るお年頃なんです!! スヴェイン様ってまだまだ子供だけど憧れるなって思って知識がないことを利用してついやってしまいました!! 指輪は別の指にはめ直しますのでどうかご容赦を!!」


「……」


「……アリア、様?」


「ミライ様、覚悟はおありですか? 例えひとりでも子供を大切に育てられる覚悟が」


「え? は、はい……」


「よろしい。では、スヴェイン様と私が結婚したあとでならスヴェイン様との結婚を認めます。子供を成してもらっても結構。その代わり途中で投げ出すような真似、絶対に許しません」


「え、あの?」


「スヴェイン様。責任は果たしてください。女性にとっては知らなかったではすまない問題もあります」


「は、はい。アリア、怒ってます?」


「ええ、とても。ですが、ことは大変喜ばしいです。子供ができたら確実に錬金術師として大成させてください」


「ええ、その程度でしたら。シュミットの名にかけて」


「言いたいことは以上です。私は先に帰ります」


 アリアは本当に帰って行ってしまいました。


 取り残されたのは当惑する僕とミライさん、面白そうに微笑むセティ師匠の三人。


 え、どうするのが正解なんですか、これ?

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