師匠の技、弟子の技

269.花のその後とギルド運営、弟子たちの学習

 僕とミライさんの正式な結婚……いえ、婚約が決まってまた数日が経ちました。


 僕たちふたりの様子はセティ師匠のでギルド中に広がり、それが各ギルドへそして街中へと三日経たずに広まったのです。


 皆さんこういう話が好きですね……。


 そのとき、僕とアリアがすでに婚約している事も一緒に伝わってるはずなのですが……なぜか歓迎ムードですし、なぜでしょう。


 噂が広まってからは街中をウィングで走り抜けるといつも以上に人目を集めるため、空を飛んで錬金術師ギルドに通うようにしています。


 空を飛ぶ聖獣が一匹増えたくらいで騒がれませんし、ウィング以外のペガサスもたまに飛んでますから。


 なにが言いたいのかというと、一番の被害者は……。


「スヴェイン様……じゃなかった、ギルドマスター……街中を歩くと皆の視線を集めて恥ずかしいです」


 今回の騒動、もうひとりの主役であるミライさんです。


 彼女、馬には乗れますが空は飛べませんから。


「諦めてください。元を正せばあなたが撒いた火種。自分で後処理をしましょう、大人なんですから」


「でもぉ……」


「でもじゃありませんよ。僕だって恥ずかしいんです。アリアなんて、完全にコウさんのお屋敷に引きこもってしまいました」


「あぅぅ」


「それから仕事中も名前呼びで結構ですよ。僕だっていままでずっと名前で呼んでますし」


「それは私が気にします。公私の切り替えはしっかりしないと……」


「わかりました。それで、今日は泣き言を言いにきただけですか?」


「日常業務の報告です」


 ああ、ようやくしゃっきりしてくれました。


 こうでないと張り合いがありません。


「まずギルド本部から。こちらは順調としか言いようがありません。皆さんのやる気が爆発しているため毎日生産数が上がっています。商業ギルドからは大助かりだと言われていますが……いいんでしょうか?」


「あちらがさばききれなくなったらストップがかかるでしょう。それまでは卸し続けていいのではないでしょうか」


「……なんだかあちらもあちらで買い取り価格の交渉をしたがっているんですよ。サブマスターが直接」


「……断ってください。これ以上の利益が出ると本当になにをどうすればいいかわからなくなります」


「はい。そう言われるのはわかっているのでずっとお断りしています。ただ……」


「ただ?」


「シュミットから輸入しているポーション。あちらの方が高いことが気になるそうなんです。品質はほぼ同質なのに『コンソールブランド』だけ買値が低いのは商人として見過ごせないと」


「そういえば錬金術師ギルドも高品質以上のポーションを売り始めてから長いですよね……」


「はい。昔こそ今の第二位錬金術師の方々しか作れませんでしたが、高品質ポーションまででしたら第一支部の見習いでも作れちゃいますからね……」


「この街ってポーションだぶついていないんですかね?」


「余ってないそうです。街中で売っている『コンソールブランド』のポーションですが、いまではほかの街からキャラバンを組んでまで買いに来るほど有名となってしまいました。近隣で売れ行きが鈍いのはヴィンドの街くらいだそうです」


「あそこの街は僕がまだ一冒険者だった頃、ポーション作り講習をやってしまいましたからね」


「それが響いてるようですよ? いまは開催できなくなって久しいですが、例の講習会にはヴィンドからもたくさんの受講生が来ていたそうですし」


 うん?


 あの街には僕の残してきた手引き書があるのに?


「なんでも国から独立した新しい錬金術師ギルドを作るため、超特急で『錬金士』や『錬術士』を育てなければいけなかったとか。受講生の一部はすでにヴィンドの新規錬金術師ギルドに取り込まれたようです」


「それはよかったじゃないですか。僕たちの街で受け入れきれなかった方々を受け入れてもらえたのですから」


「はい。ヴィンドの街でもできればシュミットの講師を呼びたいそうですが……」


「ああ、お金が足りない。と」


「はい。何分、古い錬金術師ギルドの資産はシュベルトマン侯爵に差し押さえられ、新規錬金術師ギルドはその資産の譲渡を拒んだそうです」


「それはなぜ?」


「『そんな汚れた金は必要ない。俺たちの街の錬金術ギルドは俺たちで作り直す』そうです」


 素晴らしい意気込みです。


 これは是非とも支援してあげたいですね。


「ミライさん、報告が終わったあとで構いません。ひとつ頼まれごとをお願いできますか?」


「ヴィンドの新規錬金術師ギルドの支援ですよね?」


「はい。ただ単に『新生コンソール錬金術師ギルド』の名前では断られるでしょう。冒険者ギルドを介してスヴェインの名前を使ってください。それでも断られるときは……無理矢理にでもシュミットの講師を何名か派遣しましょうかね?」


「それはそれで軋轢を生むのでやめてください。ですが、もう一押しほしいです。シュベルトマン侯爵の名前を出したら逆効果でしょうし……なにかあてはありませんか?」


 あて……あて。


 そうだ、申し訳ないのですがあの方々にも動いていただきましょう。


「宿屋『潮彩の歌声』オーナー、エルドゥアンさんにもご協力を願いましょう。それから、動いていただけるかはわかりませんが、宝石商のシャルムさんとパムンさん。エルドゥアンさんはエリナちゃんのお爺さま。シャルムさんとパムンさんは冒険者の時に宝石を買いに行かせていただきました」


「わかりました。お三方ともにギルドマスター名でご協力をお願いすればいいのでしょうか?」


「はい。ギルドからではなく僕個人からとしてで。……本当でしたらシャルムさんとパムンさんのところには直接顔を出したいのですが……」


「この街以外に聖獣で乗り付けるのはまだ早いです。それにいくらギルドマスターとアリア様がお強いとは言われてもお立場があります。ほかの街へ使としていく際には供もつけていただかないと」


「……邪魔ですね。錬金術師ギルドマスターの椅子」


「いまは我慢してください。ともかく、それ以外の街では『コンソールブランド』のポーションが飛ぶように売れています。国が一時禁止令を発令しましたが、冒険者からの激しい抗議により一週間経たずに取り消しとなりました」


 ……ひょっとして、商業ギルドの仕込んでいた間者でしょうか?


 いや、冒険者だけなら自然発生もありえますか。


「次に報告すべきはセティ様が連れ出した一般錬金術師四名ですね」


「ひょっとしてついていけませんでしたか?」


「いえ、ほかの一般錬金術師に比べて三段階は上のポーションを毎朝届けに来るそうです。一週間に二日休みを強制的にとらされているようですが……事務員が言うには本当に休んでいるのか怪しいと」


 セティ師匠が自ら選んで連れ出した人材ですからね……。


 休んでいたとしても効率は段違いでしょうし、ひょっとしたら休みも自習している可能性があります。


 どうしたものか。


「セティ様の英才教育ってどこまですごいんでしょうか?」


「さすがに半年ですし第二位錬金術師を超える程度で収まるはずです、多分」


「……それ、金翼紫レベルですからね?」


「この街が元所属していた国のレベルが低すぎました」


「どうしよう。いまでは言い返す余地がない……」


 本当にお願いしますよ、セティ師匠。


 あなたが教えるとシュミット講師陣なんて目じゃないんですから。


「あとは第一支部の状況について。あちらはあちらで問題なく稼働していると報告を受けています。問題があるとすれば学習状況に差ができていることですが、それは集団教育である以上仕方がないとシュミット講師陣からも報告されています」


「確かに仕方がありませんね。落ちこぼれ層のすくい上げは?」


「補講は毎日開催しているようですが……参加者は減りつつあるようです」


「補講の必要が無くなった訳ではないですよね?」


「一部は必要が無くなったのですが、大半は諦めたらしいです」


「では春を楽しみにしていましょう」


 さて、足元に火が付いた状況でどう立ち回るか見物ですよ?


「ギルドとしての報告は以上です。あと、個人的な質問なんですが……」


「答えられる範囲なら答えますよ?」


「最近、『カーバンクル』様方ってなんの勉強をなさっているのでしょう? ずっと難しそうな書物を読み込んでいますが……」


「ミライさんなら教えても大丈夫でしょう。時空魔法の魔術書です」


「時空魔法の魔術書!? そんなものどこで! ギルドマスターかアリア様のお手製ですか!?」


「いえ、あのふたりがセティ師匠からものです。ものがものなので、彼女たちにしか開けない、読めないなど様々な封印が施されていますが」


「……すごい方なんですね、セティ様」


「はい。セティ師匠が本国から来てくれたおかげでふたりに時空魔法を教える時間を短縮できました。僕としては先日の騒ぎの分をあの魔術書と引き換えにしたいと考えています」


 本当にあれだけはセティ師匠に感謝です。


 僕たちが教えては『ストレージ』だけでも三週間以上必要でしたでしょう。


「もうひとつ質問いいですか、ギルドマスター」


「はい。なんですか?」


「……私も目立たずに移動する手段がほしいです。スヴェインさまぁ」


 急にお仕事モードが抜けました。


 そこまでですか、そこまでですよね。


「わかりました。今度一日休日を合わせてください。アリアも連れて僕たちの拠点へ連れて行ってあげます。そこであなたの移動用手段になる聖獣を見つけましょう」


「……そんな野山にウサギを探しにいくみたいに」


「姿を隠していますが、空の聖獣たちは何度もこの街へやってきています。陸や水の聖獣たちもほかの聖獣に混じって暮らしています」


「スヴェイン様の拠点が怖い」


「あなたのこともすでに聖獣たちにばれています。あなたの移動手段、と言う名目で僕のそばにいたい聖獣は山ほどいますよ」


「……本当に怖い」


「すでに街まで出てきている聖獣たちは選ぶことができないのですが……先走った結果です。諦めてもらいましょう。ともかく、なんとかギルドマスター、サブマスター両名不在でも回る日を一日作ってください」


「わかりました! その日を楽しみに待っています、スヴェイン様!!」


 ふう、女心は僕にはまだ早いですね。


 楽しみなのが移動手段を手に入れられることなのか、アリアを含めてとはいえ僕と一緒にいられることなのかわかりません。


 女心ではないですが、弟子たちも時空魔法を覚えてしまいましたしあとはアリアの魔法授業が仕上がるのを待つだけ。


 本当は早すぎるお題ですが……彼女たちにまったく新しいものを伝授してもいいでしょう。


 師匠ではないですが、僕も弟子たちの熱気にあてられてしまいましたかね。

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