214.あいさつ回り
コンソールの街に戻ってきて一週間ほどは弟子の指導につきっきりでした。
状況が状況だけに非殺傷系の魔法、セイクリッドブレイズの濃縮版も教えなければなりませんし通常の錬金術指導もあります。
アリアはアリアで魔法指導に余念がないため、弟子ふたりも外出する暇がありませんでした。
そんなある日。
「あら、スヴェイン様。コンソールの街に戻っておいででしたの?」
「ああ、ミストさん。……今日はカーバンクルの買い取り日でしたか?」
「はい。ニーベ様とエリナ様は?」
「アリアの魔法指導を受けています」
「魔法指導を? 午前中から?」
「錬金術指導の方が一区切りつきました。いまは魔法指導をメインにやらせています。僕もあのふたりに非殺傷系の魔法を教えているところです」
「……よかったですわ。冒険者ギルドから内密で護衛をつけていましたが、あのおふたりはあまりにも無防備で」
「すみません。自覚させるのが遅くなってしまい」
「ご自覚されたのでしたらよろしいのです。買い取りを行いたいのでおふたりを呼んでいただけますか?」
「はい。少々お待ちを」
魔法修行中だったふたりを呼び寄せてカーバンクル印のポーションを受け取ってもらいます。
「ごめんなさいです、ミストさん。今日が買い取り日だって事を忘れていて」
「申し訳ありません。先生たちが帰ってきて指導が楽しくなってきたもので……」
「いえ、こちらこそ指導の途中で申し訳ありませんわ。……それにしても、魔法指導が中心と伺いましたが納品数は減らないのですね」
「最低数は作るのです」
「少なくなったら困りますよね」
「困るのは事実ですが……スヴェイン様、アリア様。指導に差し障りは?」
「大丈夫ですよ。ふたりともかなり素早くポーションを作れるようになっていますので」
「はい。私たちが見ていなかった一カ月半でものすごく成長していました」
「それでしたらよろしいのですが。……スヴェイン様、錬金術師ギルドには顔を出していますか?」
「申し訳ありません。弟子の指導が忙しかったもので無理でした」
「そうですのね。ティショウにも戻ってきたことは伝えますがよろしいですか?」
「いえ、僕もミストさんと一緒に冒険者ギルドへあいさつに伺います。いまの状況も確認したいですし」
「かしこまりました」
「それではふたりとも、僕はおそらく一日戻れないと思うのでアリアからしっかり指導を受けてください」
「わかりました!」
「お気をつけて」
ふたりにしっかり言付けをしてから屋敷をあとにします。
最初の行き先はミストさんと一緒に冒険者ギルドですね。
「よく来た、スヴェイン。お前がいない一カ月半、結構しんどかったぞ?」
「弟子ふたりの事でしょうか?」
「あー、そっちもあるが、基本的にはユニコーンが目を光らせてたから安心してほしい。問題はシュミットの講師陣だな」
「講師陣? どうしましたか? やる気をなくしたのでしょうか」
「逆だ、逆。今度お前が来たときにいい結果を見せるんだって更にはりきりだしたんだよ」
ああ、それはまた……。
「一番被害を受けてるのは鍛冶と服飾だな。もっとも遅れてたこともあって、かなりのスパルタ指導になってるぞ」
「それは弟子からも聞いたくらいなので理解しています。そうですか、そこまでですか」
「おう。ほかのギルドも大なり小なり影響を受けている。影響がないのはジェラルドの爺さんのところ、医療ギルドくらいだ」
「ということは冒険者ギルドも?」
「おうよ。講師陣がめちゃくちゃはりきってるぞ。ほかの街から来た冒険者どもなんて、あれに怯えて逃げ帰る始末だ」
「それは……よかったのでしょうか?」
「根性なしをたたき出す手間が省けた。しかし、シュミット流ってのは奥が深いな。ようやく〝シュミット流〟で相手をしてもらえるようになったが、一分経たずに一本折られて終わりだ」
なるほど、ティショウさんはすでにその域にまで達しましたか。
想像よりも三カ月は早い。
「ティショウさん以外で〝シュミット流〟ができる冒険者は?」
「【ブレイブオーダー】がわずかにできる程度だ。三合も打ち合えば一本折られるがな」
「なるほど。それでは冒険者ギルド全体の進捗はどうでしょうか?」
「意識改革はかなり進んだ。腕っ節の強さだけが自慢だった連中もそれだけじゃ生き残れないと思い知らされた。おかげで特殊技能講師のエリシャは予約だけで一カ月待ちだ。いま公太女様に頼んで追加の特殊技能講師を派遣してもらうように要請している」
それはそれは……。
僕の想像を遙かに超えています。
「ですが、エリシャさんほどの講師は来てくれませんよ?」
「それも知っている。俺らとしても予算があるからな。特殊技能講師に習う場合、金貨五枚を取っている。今のペースなら今回依頼した講師代以上の金がギルドに流れ込んじまうよ」
「それって冒険者ギルド的にどうなんですか?」
「微妙だな。来年度の予算を取れるのはいいが、現在の投資が少なかった結果とも取れる。だからこそ、追加の特殊技能講師だ」
「それはよかったです。それと、弟子の護衛ありがとうございます」
「気にするな。『カーバンクル』がいなくなると街中が大騒ぎになっちまう。名目上は冒険者ギルドからの護衛だが、実際はギルド評議会からの護衛だ」
「弟子の自覚が足りず、申し訳ない」
「まったくだ。もう少し防衛意識を身につけさせろ」
「装備も意識も一新しましたのでご心配なく」
「……装備の部分が怖いな」
冒険者ギルドへのあいさつはこれくらいでした。
次は商業ギルドですが……。
「錬金術師ギルドマスター。せっかくいらしていただいたのですが、あいにく当ギルドマスターは不在でして」
「そうでしたか。どこかにお出かけでしょうか?」
「王都の商業ギルドと商談に。『コンソールブランド』を買いたいと遂にあちらから申し入れがありましたもので」
「そうでしたか。護衛は大丈夫ですか?」
「護衛のためだけにシュミットから人材を派遣願いました。これでダメでしたら、錬金術師ギルドマスターか聖獣の皆様のお力添えが必要だったと諦めがつきます」
「そこまでですか」
「『白金貨一万枚以上の取り引きだ』とだけギルド評議会の皆様には通達がいっております」
「そこまで。有名になったものです」
「王都は頑として『コンソールブランド』を仕入れようとしてきませんでした。なのでギルドマスターも強気の値段を提示してくるそうです」
「それはそれは……本当に僕がいれば僕の聖獣を貸し出したのですが」
「何もかも錬金術師ギルドマスターに頼るのはよくない、そうも申しておりました」
「それもそうですね。失礼いたしました」
「いえ、こちらこそ」
商業ギルドは儲かっている様子です。
いえ、商業ギルドが儲からないと街が潤わないのですが。
そのあともいくつかのギルドに顔を出して様子を伺います。
どのギルドも『シュミットの講師は厳しいけどやりがいがある』という事でした。
さて、お次は……。
「お兄様。戻られているのでしたら、もう少し早く来てもいいのでは?」
「弟子の指導で手一杯だったのですよ」
シュミット大使館です。
そこではシャルが出迎えてくれました。
はて、もうひとりがいないのですが……?
「セティ師匠は?」
「セティ様でしたら本国に戻りました。聖獣のイメージ作りも済んだし孫弟子の様子も見たので用はない、と」
「奔放ですね」
「セティ様ですから」
確かにそういう人でした。
世俗とは縁遠い方です。
「それで、シャルの方はどうしていましたか?」
「予定通りです。この国の首都でお父様が追い返され、シュベルトマン侯爵と契約を結びました。最初は冒険者ギルドと宝飾ギルドのふたつだけでしたが、その後しばらく経ってから調理ギルドと製菓ギルドも名乗りを上げてくれましたよ」
「ふむ。四つだけですか」
「はい。この国は本当にカビの生えた古くさい風習で染まりきっています。お兄様のような大嵐でも起こさない限り、わずかずつそぎ落とすしかないかと」
「そして取り残された側は後悔する、と」
「その程度でないと、わざわざ高いお金をいただいて講師を呼んでいただいている意味がありません」
「本当にこの国はシュミットに乗っ取られるかもしれませんね」
「その前にお兄様が乗っ取るでしょうね」
失礼な。
僕は教育の場を作りたいだけです。
「ところで、商業ギルドで聞いてきたのですが、商業ギルドマスターの王都行きに護衛をつけたとか」
「はい。依頼がありましたので腕利きを。ひとりあたり白金貨十枚で十人以上雇われるとは豪気ですよ」
「それだけ今回の取り引きは本気なのでしょう」
「ですね。ところでお兄様、シュベルトマン侯爵とはもうお会いに?」
「いえ、まだですが」
「シュベルトマン侯爵も一カ月近く前からこの街に滞在中です。ただ、あちらはあちらで忙しく飛び回っているみたいですので機会があっていないのかも知れません」
「僕が帰っていることに気がついていない可能性は?」
「ペガサスが飛び回っているのに気がついていないはずはないでしょう」
「ですよね」
シュベルトマン侯爵とは『スヴェイン』として会わなければならないのでシャルの方から面会の申し込みをしてもらうことにしました。
ギルドを通してしまうとややこしくなりますからね。
最後は錬金術師ギルドです。
「お帰りなさい。ギルドマスター」
「ただいま戻りました、ミライさん。なにか変わったことは?」
「そうですね。いろいろとありますが……私の予想が的中したことが一番でしょうか」
「予想?」
「ギルドマスターが街に戻ってからこちらに来るまで一週間はかかると予想していたことです。どうせ、弟子の指導で忙しかったのですよね?」
「……いや、申し訳ない」
「一週間で来てくれただけよかった、と考えておきます。まずは依頼事項ですが、アトモさんとそのお弟子さんたちより半日でいいので講師をしていただけないかと」
「うーん、しばらくは難しいです。弟子に自衛手段を仕込まなければなりませんし事務仕事もたまってますよね?」
「もちろん。山になっています」
「そういうわけなので、しばらくは無理です。このあとシュベルトマン侯爵と会い、土地が本当にいただければいろいろと工事も始めなければいけませんので」
「はい、なので私の方からお断りさせていただいております。どうしても講義をしてほしければ『カーバンクル』様方の許可を取り付けてほしいと」
「……あの子たちは許可しないでしょうね」
「実際無理だったようです。次に一般錬金術師の方々から。魔力操作スキルの指導本を用意していただきたいと要望が出ております。これについては私も同意いたしますので、冬になる前までにご準備を」
「魔力操作スキルの指導本?」
「……このギルドで錬金術師が魔力操作スキルをマスターするのは前提条件ですよね?」
「はい、そうですね。それがなにか?」
「それ、アトモさんたちに教えましたか?」
「……アトモさんたちってマスターしていませんでしたか」
「普通この国の錬金術師、いえ、すべての職業において魔力操作スキルは軽視されています。それが前提条件なんて誰が考えると思います?」
「ですが、それは……」
「ギルドマスターが基礎講義を行える間は問題ありません。ですが、それ以外の方々が魔力操作スキルを一から教えることになった場合、指導本と講義を受けるものに配るテキストが必要となります」
なるほど、そう言われるとそうかも知れません。
僕たちの間では当たり前過ぎてすっかり抜け落ちていました。
「わかりました。ギルド支部が稼働し始める前までに完成させます」
「それでは遅いです。できれば半月以内に完成させてください」
「なるほど。教える側も練習が必要だと」
「わかっていただけたならよろしくお願いいたします」
「了解しました。できる限り速やかに作成いたしましょう」
「次に、見習い錬金術師の様子を。いま現在の状況ですが、全員高品質ディスポイズンまで完了しており、早いものは最高品質魔力水まで手をつけ始めています」
「……なるほど。それは一概にいいとは言えませんね」
「やはり本人たちの熱意と努力が非常に高くてもギルドマスターでなければ進捗にムラが出てしまいます。こればかりは今後も発生すると考えられますのでどうしようもありません」
「となると問題はエリート意識から来る努力の停滞と落ちこぼれ層のすくい上げ、ですか」
「人数が少ないいまなら対処できますが、今後のことを考えると難しくなっていきます。かといって給金の歩合制をやめるのも不満が出るでしょう」
「ままなりませんね」
「人生そういうものです」
ふう、やはりギルドマスターの椅子は重圧が激しいです。
任せられる人材が見つかるまでは我慢いたしましょう。
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