194.開眼の儀
「ふむ、新人育成とは難しいものです」
せわしなかった日々をどうにか乗り切り弟子の育成に戻った日の夕食後、そんなつぶやきを漏らしてしまいました。
「どうかしたのかね、スヴェイン殿」
「ああ、コウさん。錬金術師ギルドで人材募集を行った件はご存じですか?」
「この街で商売をやっているのだ。知らないはずもない」
「それで、新しく人を雇ったのですが……その新人たちの熱意に押され指導にも熱が籠もり、想定していたよりも講義内容が進みまして」
「うむ、それで?」
「……指導計画を変えるなと一般錬金術師の皆様からお叱りを受けて帰ってきました」
「……それは、また」
コウさんもまた沈痛な表情を浮かべます。
やっぱり新人教育って難しいのでしょうねえ。
「うん? 予定よりも先に進んではダメなのです?」
「そうだよね。なにがいけないのでしょう?」
ニーベちゃんとエリナちゃんはなにが悪いのかはわかっていない様子です。
彼女たちに教える分には早く進めても問題ありませんからね。
「そうだな……ニーベよ。個人指導と集団教育は違うものなのだよ」
「そうなんですか? お父様」
「うむ。集団教育では全体のペースも大切になってくる。スヴェイン殿のことだ、想像以上に指導を行ってしまったのであろう?」
「はい。三日間で一般品質のポーションまでの予定がディスポイズンまで教えきってしまいました」
「……よく、その指導についてこられたものだ」
「今回の選考ではひたすらに厳選させていただきましたので」
「そうか。個人指導であれば早く進めてもさほど問題ない。講師の準備不足にならない限りな」
「はい。それはわかります」
「だが、集団教育では指導計画を守らなければいけない。進み過ぎても遅れすぎてもダメなのだ」
「一体なぜでしょう?」
「そうか、エリナも集団教育は受けてこなかった人間だったな」
「はい、申し訳ありません」
コウさんは少しどう教えるか考えたあと、言葉を紡ぎます。
「例えばだ。ニーベとエリナ、今は互いに同じペースで指導を進めているので問題はない。だが、ふたりの進捗に差が出てきた場合はどうなる?」
「それは……先生たちが大変になりますね」
「そういうことだ。今は互いに同じペースだから問題になっていないだけであって、今後は差も出てくるだろう。そうなってきたときにどうするべきかは今のうちから考えておくべきかも知れないな」
「今のうちから……先生たちはどのようにお考えですか?」
「そうですね。そろそろ、個人個人のペースで指導を始めてもいい頃合いだと感じています」
「どういう意味です?」
僕の返答に対するニーベちゃんの質問。
それに答えたのはアリアでした。
「そろそろそれぞれの職業適性にあった分野を先に伸ばすべき、という意味ですわ。ニーベちゃんなら魔法分野を、エリナちゃんなら錬金術分野をです」
「むぅ、エリナちゃんに後れを取るのは我慢できません!」
「それを言えばボクも魔法でニーベちゃんに後れを取るつもりはないです」
「……らしいですよ、コウ様」
「ふむ、負けん気が強いな。だが、こうして考えればエリナを同門の弟子に迎え入れることができたのは正解であったか」
「そうですわね。ニーベちゃんおひとりではここまでの成長はなかったかと」
「確かに。僕たちの想定を上回り過ぎるペースで成長していますからね」
「……先生たち、褒めてます?」
「なんだかちょっとバカにされているような」
「褒めていますよ。正直、今の時期に霊力水の高品質化がある程度できれば上出来だな、程度にしか考えていませんでしたからね」
「そうですわね。私としても、もう二段階ほど下位の魔法を教える予定でしたもの」
そう、コンソールが大変な事になっている間も弟子たちの成長は着実に進みました。
今ではふたりとも霊力水の高品質化は当たり前、ミドルポーションの一般品質も安定です。
アリアが指導している魔法の方も順調なようで、すでに魔法レベル二十のものを教え始めているのだとか。
このペースで行くと予定よりも一年ほど早い時期に仕上がってしまいますよ。
「むぅ……褒められてもあまり嬉しくないです」
「そうだよね。最近は伸び悩んでいるから……」
ふたりの抱えている課題は『ミドルポーションの高品質化』です。
これは普通にやってもダメなのですが、ふたりともなかなかそれに気がつきません。
さすがにそろそろ僕の出番でしょうか。
「ふたりとも、そろそろ僕が……」
「スヴェイン先生はまだ手を出さないでください!」
「もう少しだけ待ってください!」
「はい……」
ふたりとも負けん気が本当に強くなってしまい大変です。
今回の滞在はシュベルトマン侯爵が領都に出発するくらいまでを想定しているのですが、それまでにふたりの課題は解決するのでしょうか?
スキルレベルはぐんぐん上がっているだけに焦りの色も見え始めていてちょっと困りますね。
「ふたりとも、この国の錬金術師の水準はとっくに超えているのだ。少しくらいスヴェイン殿の力を借りても恥にはならぬぞ?」
「恥とかそういう問題ではないのです!」
「ボクたちの頑張りを見てもらいたいんです!」
「……困ったな」
コウさんでもお手上げですか。
マオさんやハヅキさんの方を見ても首を横に振るだけですし、どうしたものか。
「ははは。まるで昔のスヴェインを見ているようだ」
「そうですね。セティ様の指導に反発し始めた頃のお兄様とそっくりです」
ここで会話に加わり始めたのはセティ師匠とシャルでした。
そんなに僕も反発した頃がありましたかね?
「僕も昔はこうでしたか?」
「うーん、もっと違う意味でだったけどね」
「お兄様、スキルレベル的に絶対不可能だってわかっている霊力水を必死に作ろうとしていた時期があったじゃないですか。あの頃とそっくりですよ」
ああ、そういえばそんな時期もありました。
なるほど、そういうことですか。
それでは僕が手を出すのは不可能でしょう。
「スヴェイン殿、一体どうすればよい?」
「困ったときの聖獣頼みです。明日は久しぶりにワイズを呼びましょう」
********************
『久しぶりじゃの、ニーベや。それから、エリナとは初めてか。ワイズマンズ・フォレストのワイズという。よろしく頼むぞ』
「お久しぶりです、ワイズ先生!」
「あの、初めまして……」
翌朝、ニーベちゃんは本当に久しぶりの再会、そしてエリナちゃんにとっては初対面となるワイズを呼び出しました。
さて、森の賢人にすがるといたしましょう。
「ワイズ、すみませんが力を貸してください」
『スヴェインの頼みとあれば。なにをしてほしい?』
「ニーベちゃんとエリナちゃんがミドルポーションの高品質化ができずに困っています。あなたの力でどうにかできませんか?」
『ふむ? そのようなこと、お主が手本を数回見せれば終わるのではないか?』
「どうやらふたりは僕の力をまだ借りたくないらしく」
『ほう、師匠に対する反抗期と言うやつか。スヴェインも昔はあったのう』
やはり僕にもありましたか。
弟子は悪い側面まで師匠に似るのでしょうかね。
『だが話は理解した。微力だが儂の力と知恵を貸そう』
「お願いします、ワイズ」
ワイズは僕の腕から羽ばたくと、ニーベちゃんとエリナちゃんの目の前に浮かびます。
そして、その目を見開きふたりのことを凝視していますね。
『……ふむ。研鑽を怠っていないようで素晴らしい。さすがはスヴェインとアリアの弟子』
「ありがとうございます! ワイズ先生!!」
「あの、ありがとうございます」
『よかろう。開眼の儀を行う』
「「開眼の儀?」」
『ふたりはそのままにしておればよい。ケット、シャルについてきているのであれば手を貸せ』
『仕方がないにゃ。でも悪い人間ではないし、シャルも厄介になっていることだし力を貸すにゃ』
なにもなかった空間がゆがみ、猫が姿を現します。
シャルについて歩いていたわけではないのですね。
「わ! 猫さんです!」
「どこから!?」
『ワイズマンズ・キャットのケットだにゃ。普段は姿を隠してシャルと一緒にいるにゃ。よろしくにゃ』
「はい、よろしくです」
「よろしくお願いします」
『さて、ケットよ。開眼の儀を行う。準備はよいな?』
『話はさっきから聞いてたので大丈夫だにゃ。お嬢さん方、力を抜くにゃ』
「はい」
「わかりました」
『よろしい。では、始める』
ワイズとケットから魔力がほとばしり、それがニーベちゃんとエリナちゃんに吸い込まれていきます。
それが数秒間続いた後、ふたりが一瞬光って儀式は終了したようですね。
『よろしい。もう終わったぞ』
「もう終わりですか?」
「なにが変わったのでしょうか」
『星霊の石板を取り出して確認するといいにゃ』
「星霊の石板……あ! 【鑑定】が【神眼】になっています!」
「【付与術】も【付与魔術】に変わってる!」
『スキルのランクを上げる儀式。それが開眼の儀じゃよ』
『ワイズマンズにしかできないので秘密にゃよ』
「はいです!」
「わかりました!」
『さて、スキルも進化したことじゃ。それでミドルポーションを確認をせよ。お主たちの答えはそこにある』
『それじゃ、またにゃ~』
気の抜けた声を出してケットが消え去っていきました。
またシャルの護衛に戻るのでしょう。
「ミドルポーションの確認? ……あ!? 必要な属性が水と土、それに光と聖と回復になっているのです!」
「今までわからなかったのに! どうして!?」
『それが【鑑定】と【神眼】の差じゃよ。今後も精進するのじゃぞ』
「はいです! 聖と回復! 聖と回復の錬金触媒!」
「ボクたちの手元にはないよ! まずは触媒を作製するところから始めないと!」
「はい! でも、必要な魔石が足りません! 冒険者ギルドまで買いに行くのです!!」
「うん! ああ、でも、先生にもらったローブを着ていかなくちゃ!」
「そうだったのです!! スヴェイン先生、ワイズ先生!! またなのです!!」
「それでは失礼いたします!!」
弟子たちは嵐のように駆け去って行きました。
よほど嬉しかったんでしょうね。
『スヴェインや。彼女たちは聖と回復の錬金触媒を作るために必要な魔石の属性を知っておるのか?』
「師匠の教本をくまなく読んでいるので覚えているはずです。わからなければまた戻ってきますよ」
『暢気じゃのう』
「弟子の成長とは嬉しいものです」
『確かに』
ふたりは二種類の錬金触媒に必要な魔石の属性を忘れていなかったようで、しっかりと必要な魔石を大量に買い込んできました。
午後に錬金術師ギルドへと遊びに来たティショウさんによると、『カーバンクルふたりが飛び込んできた』と冒険者ギルドが一時騒然となったようですけどね。
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