363.ヴィンド新規錬金術師ギルドからの依頼

「……見たところ家族の間でパーティをやっていたようだな。本当に、本当にそんなところに部外者が割り込んでしまって申し訳ない」


 ヴィンド新規錬金術師ギルドの講師だというアルデさん。


 今はテーブルに額を擦り付けるほどに頭を深く下げています。


 今日は錬金術師のローブも着ていませんし装備も申し訳程度にしか刃のついていないショートソードだけ。


 服にシュミット公国の国章が刺繍されていますし、僕の家族も何回か顔を見たことがあるらしいので間違いないそうですが……ボクたちに何の用事でしょうか。


「あの、頭を上げてください。これでは話もできません」


「はいです。一体どうしてしまったのですか?」


「すまない。まずはローブを着てきていない理由だが、俺たちのローブはそれそのものが武器でもあるんだ。それから、マジックバッグも持ってきていない。俺も〝シュミット流〟を扱えるからショートソードだけでも戦えるが、これくらいは勘弁してもらいたい」


「ええと、それくらいでしたら構いません。家族に危害が及ぶのは困りますが、ボクたちの防御力ならなんともありませんから」


「それよりも用件を話してほしいのです。こんな時間にこっそりとくるのですから大事なお話ですよね?」


「もちろんだ。用件だけを伝えるのと、背後にある事情も伝えるのどちらがいい?」


 困りました。


 ボクたちではまだまだ経験不足です。

 

 それでもシュミットの方がローブを脱いでまで会いに来てくれるなんて、それもあれほど頭を下げてくださったのです。


 よほどの事情があるのでしょう。


 ボクたちも先生の弟子として未熟であってもできる限りのことをしないと。


 一瞬だけニーベちゃんと目線で会話をして答えを確認します。


「まずは用件からお願いします。そのあとで事情の説明も」


「先生だったら事情の説明は必要ないかもしれないのですが、私たちは未熟者なのでわからないのです。お手数をおかけしますがよろしくです」


「いや、時間を割いていただくのはこちらの方だ。まず用件だが、おふたりにヴィンド新規錬金術師ギルドで腕前を披露してもらいたい。内容はなんでも……いや、安定しているものでなくても構わない。一番難しいお題に挑戦してほしい」


 一番難しいお題……そうなると高品質ミドルマジックポーションなのですが。


「申し訳ありません。一番難しいお題は無理です」


「とてもじゃありませんが人前で披露できる腕前ではないのです。失敗したら素材も残らずに消えてしまうような錬金術を他人にお目にかけるわけにいきません」


「それなら次点で構わない。そうなるとなにになる?」


「高品質のミドルポーションです。これなら安定しているので失敗しません」


「作る時はカーバンクルに結界も張ってもらいます。邪魔は入らないのです」


「高品質ミドルポーションか。十分過ぎる内容だ。お願いできるだろうか。それもできる限り早く」


 ……どうやら、かなり切羽詰まっている状態です。


 先生だったら『これはよろしくない』というでしょう。


「事情をお聞かせ願えますか?」


「……実は今回のヴィンド訪問時にはいくつかあいさつ回り先を指定されているのです。ヴィンドの冒険者ギルド、宝石商のシャルムさんとパムンさん。それから……」


「俺らヴィンド新規錬金術師ギルドの視察か」


「はい。状況確認してくるように言われています。その上でボクたちの目から見てダメだったら、シュミットから派遣している講師を引き上げさせても構わないと」


「本当は『コンソールブランド』の対抗馬を先生は待ち望んでいるのです。ただし、そのためにはとも言っていました」


「本当にあのお方は『努力の鬼才』だ。ご覧になってもいないのに現状をよく理解している」


「その様子だとダメなんですね?」


「……残念なのです」


「すまない。俺の力不足だ。俺が来る前は……それなりに、本当にそれなりにだが回っていたらしい。だが、俺がきたあとは段々歯車が狂い始めた。『シュミットから講師が派遣された』という勘違いからを持つ連中が出てしまったんだ」


「それは……」


「苦しいのです……」


「俺が来る前の状況だと、とてもじゃないが『コンソールブランド』に太刀打ちなんてできなかった。俺がきたあとは甘えが出始めて品質にブレが出始めた。冒険者ギルドに納めている分は特に問題ないが、この分だとそのうちそれすらも怪しくなる。噂にしか聞いていないが、以前のヴィンド錬金術師ギルド並みまで落ちぶれさせはしない。それでも、誇りは失い始めている」


 本当に由々しき事態になってしまっているようです。


 でも、そんなところにボクたちのような部外者がお邪魔しても問題ないのでしょうか?


「あの、私たちが乗り込んでもいいのです? 完全な部外者なのですよ?」


「構わん。コンソール錬金術師ギルドはスヴェイン様のお背中を見て、その遙かに遠い背中を追いかけ続けて誇りと自負を胸に宿したと聞く。スヴェイン様の愛弟子、それもまだ十三歳の子供に頼むのは申し訳ないんだが君たちの背中を見せてやってほしい。それでも心が奮い立たないようなやつは破門か一から根性を鍛え直すかどちらかにする」


「ボクたちにそんな大役が務まるでしょうか……」


「……裏事情を話す。スヴェイン様には話してもいいと言われていたんだが、今回のヴィンド視察でおふたりに技術披露をしていただく許可は取り付けてあったんだ。断られたときは諦めろ、とも言われていたが俺としてはまだ見捨てたくはない。やる気のある連中もまだ多いんだ。今のうちに病巣を取り除けば根腐れを起こす心配もない。大の大人が子供に頼む筋合いじゃないのは百も承知だ。なんとかよろしく頼む!」


 アルデさんはまたテーブルに頭を強く打ち付けながらお願いをしてきました。


 どうしよう、ボク、


 となりのニーベちゃんも同じような目をしているし……覚悟を決めよう。


 先生だって十三歳で大嵐を巻き起こしたんだ。


 弟子のボクたちだって小さなつむじ風くらいは吹かせてみせる!


「頭をお上げください、アルデさん」


「私たちのできる限りでよければ力を貸すのです」


「本当か!?」


「はい。でもボクたちに先生のようなは期待しないでください」


「私たちに起こせるのなんてせいぜいがせいぜいなのです。あとはアルデさん次第です」


「それでも十分過ぎる内容だ! それで、いつ来てもらえる!?」


「明日の午前中にはお伺いします。早ければ早いほうがいい」


「です。私たちも覚悟を決めました」


「本当にすまない! 感謝する!」


「いえいえ、同じ錬金術師仲間ですから」


「困ったときはお互い様なのです。私たちはまだまだ未熟者ですけど」


「それでは俺は明日の準備をする。これは少ないのだが、明日の手付金として……」


「お金は受け取りません」


「同じ錬金術師仲間だと言ったのです。どうしてもお礼がしたいのでしたら、実演後においしいお茶を飲ませてほしいのですよ」


「……本当にすまない。さすがは『努力の鬼才の弟子』だ。シュミットの皆の集まりで自慢できる」


「それは恥ずかしいのでやめてください」


「自分の未熟を話されるのはいやなのです」


「未熟なものか! それだけの心構え、十三歳ならばシュミットでもなかなかいない! それでは失礼する!」


 アルデさんは入ってきたときとはまるで別人のように去って行きました。


 元気になってくれてよかったです。


「エリナちゃん、明日は失敗できないのです」


「うん。先生の名前に泥を塗らないようにを巻き起こそう」


 このあとは申し訳ないけれど家族に後始末を頼んで部屋で休むことにしました。


 明日の大勝負、負けてなんてやれませんからね!

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