362.家族の宴

「それでは、我が孫エリナの無事と里帰りを祝って」


「「「乾杯!!」」」


「えっと、ありがとう……」


「関係ない私まで入り込んじゃって申し訳ないのです……」


「エリナの同門なんだろう! 気にすんな!」


 ボクがヴィンドに戻ってきたその日、食堂の経営が完全に終わったあとボクの兄姉揃ってのお祝いが開催されました。


 コリーナお姉ちゃんは結婚していたのにお婿さんを無理矢理引き連れて、フレッドお兄ちゃんも婚約相手を連れての宴です。


「しっかし、お前、本当にあの〝泣きべそエリナ〟か? まるで別人のように貫禄があるんだが……」


「そうだよね。私なんかより、ずっと大人びちゃってるよ。最年少のはずなのに」


 ボクを持ち上げるのは宝飾師になったベルトランお兄ちゃんと服飾ギルドで下働きをしているというサリナお姉ちゃん。


 上の兄姉に持ち上げられるのがこんなに恥ずかしいだなんて……。


「お前たち、よさないか。エリナの顔が真っ赤だぞ」


「そうだよ。今日はエリナが約二年ぶりに帰ってきてくれたことと、同門のお仲間を連れてきてくれたことのお祝いなんだからさ」


 お父さんとお母さんが止めてくれますが……お兄ちゃんやお姉ちゃんたちの勢いは止まりません。


「でもよお。二年前の秋までは魔力水すらろくに作れなかった妹が、今じゃ金翼紫を超えたって聞くぜ? お祝いしたくもなるし、耳を疑いたくもなるだろう」


「そうね。そこのところ本当はどうなの、エリナ?」


「ええと、ポーション作りの腕前だけなら本当にアトモさんを抜かしてた」


「私たちも知らなかったのです。金翼紫なら高品質のミドルポーションくらい当然安定して作れるだろうって考えていて」


「ふーん。安定ってどれくらいを指すんだ?」


「『新生コンソール錬金術師ギルド』、少なくともその本部では作れて安定だよ」


「どんなに悪くてもを超えないと安定とは呼ばせてもらえないし、誰も呼ばないのです」


 その言葉に皆が静まりかえってしまいました。


 あれ、ボクたち変なことを言った?


「コンソールの錬金術師ギルドが厳しいとは聞いていたが……」


「まさかそこまでだなんて……」


「旧国家の安定なんて鼻で笑うようなお話じゃない」


「まったく笑えませんな」


「でも、お前たちってその基準で高品質のミドルポーションを作れるんだろう?」


「うん。ゴミが入ったりとか気を抜いたりとかしなければ」


「はいです。少なくともアトリエ内で作ったり、結界内で作る限りでは失敗することなんてありません」


「それって、余興代わりに見せてもらっちゃっても大丈夫?」


「秘伝とかなら諦めるけど……」


「まったく構わないよ」


「先生も言ってました。『この程度の知識なら積極的に広めたい』って」


 その言葉にまた場が凍りつきます。


 そんなに変なこと言っているかなあ?


「……よし、ともかく、ふたりの技を見せてもらおう」


「そうよね。まずはみてみないと」


「わかったよ。あっちのテーブルを使っていい? 錬金術を使うには設備を置かなくちゃいけないから」


「ああ。構わないぞ」


「ニーベちゃんはどうする?」


「エリナちゃんのあとに実演するのです。


「「「え?」」」


 うーん、ボクたちの腕前じゃ先生たちみたいにゆっくりとなんてできないんだよね。


 まだまだ練習しないとわかりやすい実演なんて夢のまた夢。


 本当に先生の背中は近くにあるのに遙かに遠い。


「ええと、準備ができたから始めるね。さすがに素材の説明は秘密にしたいから内緒だけど」


「いや、俺たちも職人だからそこまで聞き出したりはしねえよ」


「ああ。職人が手の内をすべてさらけ出すなんて弟子にすべてを渡すときくらいなもんだ」


「よかった。じゃあ、始めるね」


 さて、集中しないと……。


 魔力をこの順番でこれだけの勢いでこの量を通して……。


「……できたよ。今瓶詰めするね」


「あ、ああ」


「すごい、本当にエリナ?」


「ボクはボクだよ。はい、瓶詰め終わったよ」


「……間違いねえ。高品質ミドルポーションだ」


「目の前で作られたから疑いようもないよね……」


「いやはや。我が孫がたった二年でここまでの職人に育つとは」


「そんなことないよ。先生の背中はまだまだずっと先なんだから」


「いや、そんなことないぞエリナ。お前がポーションを作り始めようとした瞬間の顔、怖気が走った」


「ああ。俺たちが弟子入りしている師匠たちの指導風景や本気の作業なんてお遊び……いやおままごとだって感じたぞ?」


「私は下働きだから全然機会がないけれど……本物の職人ってこれだけ気迫がすごいんだって感じちゃった」


「そう……かな? いつも通りだったんだけど」


 そんなに気迫に満ちていたんだろうか?


 ボクは普通にやっただけなんだけど……。


「エリナ。今のがあなたのなのですね?」


「うん。そうだよ、お爺ちゃん」


「まさか、私の子供たちや孫たちの中において本当の意味でを決めたものが末孫だったとは……私は誇り思います」


「わ!? お爺ちゃん!?」


 お爺ちゃんはよくわからないけど泣き始めてしまった。


 こんな時どうすれば!?


「……失礼。本当は二年前にあなたを送り出した時、本当に不安でたまらなかったのです。スヴェイン殿は本物の錬金術師。そのような方のつける修行、それに耐えられるのかと」


「お爺ちゃん……」


「その孫がたった二年で大成して姿を見せに来てくれた。これほどの喜びはありません」


「……そんなことないよ? ボクだってつらいと感じることはあった。でも、そこにいるニーベちゃんに負けたくない思いだけで必死だったんだから」


「む。そんな事はありません! 私だってエリナちゃんに置いていかれないように必死でした! 私は『魔術士』で【錬金術】はあまり得意ではないのです! それなのに先生は『錬金術師』のエリナちゃんを送ってくるんですから、絶対に負けるなって意味だと考えました!」


「先生方はそんなこと絶対に思ってないよ? ボクたちが宿題を一気に終わらせた時だって体の心配を常にしてくださっていたし、ある程度修行の段階が進んだらそれぞれの特性にあった修行を優先することを勧めてくれた。それを拒んで同じ道を同じスピードで突き進むって決めたのはボクたちじゃない」


「むう。その通りなのです……」


「それにボクが弟子入りを志願したときだって本当は断られたんだよ? それをマオさんの取り計らいで弟子入りさせてもらえる事になったんだから」


「むうう」


「だから、今はお互いに切磋琢磨していこうよ。ひとり立ちできることを認めてもらえるまでさ」


「わかったのです。私たちは『カーバンクル』なんて呼ばれてもてはやされていますが、実際にはまだまだ未熟。先生たちから吸収しなくちゃいけないことは文字通り山のようにあるのです。それを吸収し終わるまでは負けませんからね!」


「ボクだって負けるつもりはないよ?」


「……うらやましいぜ。同門で同期。しかも実力も伯仲していて切磋琢磨しあえる仲間がいるなんてよ」


「まったくだ。俺たちにはそんな相手いないもんな」


「兄さんたちはまだいいよ。私は『お針子』。服飾系最低職で服飾ギルドの下働きに滑り込めたのだって奇跡なんだから」


 ああ、サリナお姉ちゃんって『お針子』だったっけ。


 あれ、でも?


「ねえ、サリナお姉ちゃん。はある?」


「え、覚悟?」


「はいです。です」


「それって、どういう意味?」


「サリナお姉ちゃんさえよければ一緒にコンソールに行こう? コンソールなら職業の上下なんて本人の努力だけでいくらでも吹き飛ぶから」


「その代わり、シュミットから来ているっていう先生方は非常に厳しいらしいのです。指導についていけなくなってやめる人もいると聞きました」


「でも、私、まったく蓄えが……」


「住む場所なら先生の家があるよ。事情を話せばしばらくの間、住ませてもらえるよ」


「はいです。先生たちは努力家がとっても大好きなのです。今は下手っぴさんでも努力を忘れなければ、絶対に追い出したりなんてしません」


 サリナお姉ちゃんは少しだけ迷うそぶりを見せたあと、しっかりとした目つきでお父さんとお母さんに向き直りました。


「……お父さん、お母さん。このチャンス、かけてもいいのかな?」


「ああ、行ってこい。一生下働きで終えるのはいやだったんだろう?」


「年下の妹に負けているのは悔しいかもしれないけれど、見せてもらったとおりその子はお父さんすら認める立派な職人だよ。このチャンスを棒に振ったらもう二度と機会はないよ」


「エリナ。お願いしてもいいの?」


「うん。念のため、先生たちには聖獣を使って許可をもらっておくけど、多分断られないはずだよ」


「先生の奥さんにはユイって言う凄腕の服飾師さんもいるのです。その人から基本を学んで服飾ギルドに推薦してもらえれば、きっとやっていけます」


「ただし、さっきも言ったけど努力は忘れちゃダメだよ? 努力することを忘れたら先生はともかく、使用人のリリスさんが容赦なく追い出すと思うから」


「リリスさん、先生方より厳しいのです」


「わかった。いつまでに支度を済ませればいいの?」


「今日を含めて五泊するように言われてきたからそれまでにかな」


「用意するものは最低限の仕事道具と着替えだけでいいはずなのです。居住環境に必要なものはリリスさんが揃えてくれるはずです」


「……エリナ、ニーベちゃん。ごめんなさい。年上が年下を頼るなんてみっともないけど、一生下働きなんていやなの。ゆくゆくは私のお店も持ちたいって野望もある。あなた方についていかせて」


「うん!」


「はいです!」


 このあとはニーベちゃんも技術を披露することになり、私たちの歓迎会とサリナお姉ちゃんの送別会を兼ねた宴に。


 そして夜も更け、そろそろ終わりにしようと考え始めたそのとき、食堂のドアが控えめにノックされました。


 こんな時間に、それも食堂のドアをノックするなんて普通のお客様ではありません。


 ボクとニーベちゃんはすぐにローブと杖を取り出し臨戦態勢を整えます。


「……どなたですかな?」


 お爺ちゃんがドアに向かって尋ねると、ドアの向こうから応じたのは若い男性でした。


「シュミットから派遣されている錬金術講師、アルデだ。ここにスヴェイン様の弟子が滞在していると伺ってやってきた。本当に短い間でいい。話をさせていただきたい」

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